第七話  人違いだったらしいわ

 角原グループ代表、角原はテレビ報道を冷めた目で見ていた。

 メカメカ教導隊長を狙った襲撃者が別人の少女を追い掛け回したという間抜けな事件だ。

 その間抜けが自分の部下だというのだから、頭が痛い。

 角原はかたわらの伴場粋太に訊ねる。


「それで?」

「消しました」

「痛ましいことだな」


 鼻で笑って、角原は夜景を振り返る。


「人違いなのは確かか?」

「監視に当たっていた者が同時刻にトリガーハッピーの移動を確認しました。なにより、年齢が合いません。なぜあれとメカメカ教導隊長を勘違いしたのか甚だ疑問ですよ」


 伴場も呆れた様子で肩をすくめる。


 民間クラン『オーダーアクター』の代表にして創設者、メカメカ教導隊長。

 新界に関わるものならば知らぬ者はいないほどの卓越した技術力を持つアクターだ。

 企業に所属せず、スピーカーを通した声からおそらく女性であるということ以外、年齢も経歴も一切不明。海援重工やユニゾン人機テクノロジーなどのアクタノイド開発企業を嫌っているくらいで、趣味嗜好も不明。

 とはいえ、クランを創設した時点でアクターとして登録していることから、年齢は二十代の半ば以上であると推定されている。


 今回、部下が追い掛け回したのは二十歳にもなっていないだろう少女だ。年齢が合わない。

 角原はパソコンのモニターを横目で見る。そこには、今回の事件に対するメカメカ教導隊長の声明が出ていた。


「警察相手にも姿を見せないあたり、かなり慎重だな」


 警察署に出頭してくれれば、角原も伝手を辿って個人を特定できた。


「……手詰まりか」

「殺してもいいとの命令でしたが、そんなに欲しかったんで?」

「誘拐できるならその方が良い。だが、手に入らないなら殺した方がいい。そういう危険人物だ」


 オーダーアクターだけでも非常に強力なクランだ。

 所属機体は全てオーダーアクター内で製造された特注の機体、オーダー系アクタノイドである。そのどれもが非常に強力かつピーキーな仕様が特徴だ。


 中でも、代表であるメカメカ教導隊長が操るアクタノイド、通称『トリガーハッピー』は常軌を逸した技術力の塊である。

 ラウンダー系を凌駕する火力を持つ両手の専用重機関銃『トドロキ』に、並のスプリンター系を越える驚異の走行時速二百七十キロメートル、ドローン中継器による電波でランノイド系なしに驚異の行動範囲を誇る。バク転すらも可能にする運動能力と安定性まで備わった、世界中を見回しても最高の機体だ。


 あまりにもスペックが高すぎるため、ラウンダー系やスプリンター系などの分類にも縛られない。スプリンター系アクタノイドである『ベルレット』は『トリガーハッピー』のコンセプトをパクった機体だが、曲がりなりにも企業が製造したにもかかわらず大幅な劣化コピーになっている。

 なによりも、現在民間クラン『がっつり狩猟部』が追っているオーダー系アクタノイド『野武士』の製造元がオーダーアクターだと考えられている。


 角原が一番欲しいのは、トリガーハッピーの情報ではなく、野武士の情報や設計図だ。

 角原の目的を知っている伴場が質問する。


「新界開発区で動かせる貴重なアクタノイドを使ってまで、『野武士』が欲しいんですか?」

「当然だ。静粛性やラグを全く感じさせないリアルタイムの反応性は他を凌駕し過ぎている。あれがアクタノイドの新世代だ。あの技術を得た者が、次世代のアクタノイド業界をけん引する」


 第一目標は野武士だが、数年先の技術力を持っているとされるメカメカ教導隊長の身柄を確保できれば、角原グループは政治力と合わさって新界事業を独占できるかもしれなかった。

 失敗した今となっては絵に描いた餅でしかないが。

 伴場が顔をしかめるのを見て、角原は小馬鹿にしたような目をする。


「不満そうだな?」


 伴場の心理を見抜いて、角原はちょうどいいストレスのはけ口を見つけたとばかりに続ける。


「野武士はおそらくは自動制御だからな。直接の戦いが好きなお前にはつまらないだろう」


 角原の指摘を受けて、伴場の表情はしかめ面からニヤニヤ笑いに変わった。

 伴場の表情の変化を見て、角原はつまらなそうにテレビを指さす。防犯カメラ映像に少女とオールラウンダーの追いかけっこが映っていた。


「心配せずとも、自動制御では人間の立ち回りにはまだまだ敵わん。あの陰気な娘ですら、生身でオールラウンダーをオーバーヒートに追い込む頭の回転を見せた。人間の臨機応変さには驚かされるな」


 スーパーでの防犯カメラ映像や部下の家から押収した記録映像には少女の立ち回りが一部始終、収められていた。

 武器を手にする暇もない完全な奇襲だったにもかかわらず、逃走経路の選択からオールラウンダーを熱暴走させるまでの動きなど、感心させる立ち回りだった。

 珍しく人を褒める角原を怪訝そうに見た伴場が口を開く。


「総帥は、自分の計画を邪魔する人間を無条件に嫌うものと思っていましたが、意外と評価するんですね?」

「限られた手札で勝負して勝つ人間には親近感を覚える。同時に、同族嫌悪も覚えるものだが、あの娘は同族とは思えなくてな」


 不思議なものだと角原自身も思う。権力志向が強い自分はその地位を脅かすものに容赦をせず、だからこそ同族嫌悪も強く覚える質だ。

 しかし、防犯カメラに映る少女には同族嫌悪よりも感心の念が強い。年齢的に、自分の地位を脅かす存在ではないと思えるからかもしれない。

 角原の自己分析など知らず、伴場が困惑したように呟いた。


「ロリコンでしたか?」

「口に気を付けろ」

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