第六話 ホテルニート
交番に駆け込んだ千早はそのまま警察署で事情聴取を受けた。
防犯カメラの映像や部屋の惨状から、千早が被害者であることは明らかで、警察も同情的だった。
「メカメカ教導隊長というのは、民間クラン『オーダーアクター』の代表ですね。技術力が高いので国の内外から身柄を狙われているという話は聞いていますが、兎吹さんは無関係ですよね?」
刑事の質問に千早はコクコクと何度も頷いた。
結論として、メカメカ教導隊長を狙った犯行に無関係の千早が巻き込まれたものとして、警察は犯人を捜すらしい。
ちなみに、千早を襲って熱暴走を起こしたオールラウンダーは警察が押収した。シトロサイエンスグループのオールラウンダーがハッキングされたとの話だった。
淡鏡の海の調査で仕事を振ってくれた企業の一つだ。文句の一つも言いたいところだが、戦闘系ではない依頼を振ってくれる相手である。
「あ、あの、部屋……」
「あぁ、部屋ですけど、しばらくは捜査のために立ち入り禁止です。ホテル代は出ますので、しばらくはそちらで寝泊まりしてください。期間中の護衛もありますから、しばらくはホテルから出ない方がいいでしょう」
「あ、はい……。あ、補修とか、あ、あの」
「部屋の補修ですか? 犯人が捕まっていませんし、自腹で出していただくことになるかと思います。もしかしたら、シトロサイエンスグループから見舞金のような形で出るかもしれませんけど」
自腹と聞いて落胆する千早を気遣い、刑事は手早く事情聴取を終わらせてホテルに送ってくれた。
ホテルの一室に入った千早は疲れ切った体でベッドに倒れ込む。走り回ったせいで足の裏の皮も剥け、しばらくはアクターとしての仕事もできそうにない。
「なんでぇ……」
人違いで襲われ、しばらく仕事ができない怪我をさせられ、しかも自腹で部屋の補修をしなくてはならず、近所の噂の的にもなった。
そもそも、なぜメカメカ教導隊長と間違えられたのかも不明である。
気晴らしにと部屋に備え付けのテレビをつけてみる。
なぜか、不鮮明な防犯カメラ映像が放送されていた。走り抜けていくのは背格好からして千早に間違いなく、直後に追いかけていくオールラウンダーが映ったことから事件の報道をしているらしい。
気晴らしにならなかった。
テレビを消して、スマホを見てもネットニュースもまとめブログも千早とオールラウンダーの追いかけっこでもちきりである。警察が被害者の千早に配慮して個人名こそ出ていないが、個人特定しようとする動きもあるようだ。
不自然なまでに知り合いが名乗り出ないことから、本当にメカメカ教導隊長なのではないかとの憶測まで出てきていた。
知り合いが名乗り出ないのは、千早に知り合いがいないからである。そんな単純な事実をネットの住民は想像もしていないようだ。
注目されることに慣れていない千早は顔を青ざめさせてベッドの上に突っ伏す。
しばらくはこのホテルでニート生活をすると心に固く誓った。
そうして数日が経ち、足の傷も癒えてきた頃、ネット上でメカメカ教導隊長による発表が行われた。
オーダーアクターの公式ホームページ上に出された声明文による発表だ。
ホテルのベッドに横になりながらポテチを食べていた千早は声明文に目を通す。
まとめると、事件には無関係で、追いかけられていた少女はクランのメンバーですらない完全な人違いであることが書かれていた。
警察からの任意同行などの捜査協力は新界にてアクタノイドを通し、他のアクターが同席することを条件に行うとも書かれている。
個人特定がよほど嫌なのだろう。殺す気でオールラウンダーが襲ってくるのだから、当然の心理ではある。
だが、世間はこの声明を警察に対する全面協力ではないと見て非難の声を上げているようだ。
被害者の少女の墓を前に言えるのか、との声も書きこまれている。
「死んで、ないし……」
勝手に死んだことにされた千早はツッコミを入れつつ、書き込みを見ていく。
非難の声もあるが、おおむねメカメカ教導隊長に同情的だった。
事件の夜、警察の到着が遅かったこと。ここ一か月ほどの爆発や火事といった事故が多かったことが理由らしい。
どういうことかと首をかしげた千早は、とある書き込みを見て青い顔をした。
新界にてアクタノイドを監視しつつ新界開発区の各所で騒ぎを起こす。監視対象のアクターが騒ぎを確認するために操作を中断したり、音声マイクに入る爆発音などから住所を調べる目的があったのではという推測だ。
心当たりがある。太陽光発電パネルの交換依頼の最中、振動を感じてオールラウンダーの操作を中断し、千早は部屋を出て火事を目撃した。
今回の犯人が火事を起こしたとは限らない。
だが、メカメカ教導隊長を狙った事件とは別に、千早自身がアクタノイドを多数撃破して恨みを買っている。
メカメカ教導隊長と同じ様に、千早自身が狙われていてもおかしくないのだ。
さらに、この推測が正しければ、千早の生活圏とメカメカ教導隊長の生活圏は被っていたことになる。
国の内外から身柄を狙われるような人間がご近所さんかもしれない。
「……引っ越そう」
居ても立ってもいられず、千早は引っ越し先を探し始めた。
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