第四話 突撃! 陰キャの一人住まい!!
適当に聞き流していた報道番組がご当地グルメ特集を終えて新界開発区の事件事故を取り上げ始めた。
パスタを茹でていた千早は肩越しにリビングのテレビを振り返る。部屋に最初から設置されているそのテレビでは、しかめ面のアナウンサーが見出しを読んでいた。
新界開発区の各所で断続的に爆発事故や火災が起きているとの報道だった。
千早も見た、オールラウンダーの爆発事故を皮切りに一か月ほどで十五件もの事故が起きているらしい。いくらなんでも多すぎだ。
しかも、同日同時刻に連続で発生することが多いらしく、原因の究明が進んでいないのもあって事件性が疑われている。
「えぇ……」
酔っぱらい女が言っていた銃声という言葉が脳裏をよぎる。
新界開発区は本来、国内でも有数の良好な治安を誇っていた。警察署も新規に建てられて、全国で最も派出所や交番の数が多いことでも知られている。
他に比べて警官が多い理由は、他国による産業スパイなどを非常に警戒しているから。
新界は各国に一世界ずつ割り当てられているため、独占資源となっている。しかし、素直に条約を守る国ばかりでもなく、様々な方法で工作員が潜り込んでいるとされている。
そんな外国のスパイに対抗するべく集められているだけあって、新界開発区の警察は優秀な人材が多い。
そんな優秀な彼らでさえ、ここ一か月の事件で何の証拠も挙げていない。
単なる事故なら原因はすぐに判明するはずだ。となると、原因、あるいは証拠を隠した者がいるのではないか?
確たる根拠もなしにそんな無責任な推測を垂れ流すテレビに目を背けつつ、千早も心の中で同意した。
一連の爆発も火災も原因はいまだ特定されておらず、おそらく事故として片づけられる。死者も出ていないため、警察ももみ消しやすいだろう。
アクタノイドでの戦闘は起きないと誰かが言っていたことがある。起きてもそれは事故として処理される大人の事情があるのだと。
ならば、新界どころか民間人がいる新界開発区でアクタノイドを使った銃撃戦が行われたとして、素直に警察が発表するだろうか? 警察に発表する意思があっても新界資源庁や政府が全力で阻止するだろう。
「怖ぁ……」
身震いして、千早はゆで終えたパスタをざるにあげる。
インスタントのジェノベーゼソースをかけていた時、千早のスマホが着信を告げた。
アクターズクエストに依頼が入ったらしい。
戦闘系なら即お断りするつもりでスマホを手に取る。
「……あれ?」
予想に反して、届いた依頼は何の変哲もない物資の運搬依頼だった。
物資の搬入先は『森ノ宮ガレージ』であり、報酬は三十万円。海援重工のアクタノイドを貸し出し、破損しても修理費を取らない。失敗時の違約金もなし。
報酬金額自体は渋いものの、条件がかなりいい。千早側にリスクが一切ないのだ。
破格の条件だったが、千早は背筋に寒気を感じた。
海援重工には直轄の企業系クラン『海援隊』がある。
これほどの条件を出すくらいなら海援隊を動かせばいい。海援隊が忙しいなら、もっと付き合いのあるアクターに依頼するものだ。
千早は今まで、海援重工の依頼を受けていない。それでもこうして依頼が来たのは怪しい。
そもそも、海援重工のアクタノイドといえば、一か月ほど前に千早が酔っぱらい女と見上げた空に吹き飛ぶオールラウンダーの頭を思い出す。
「修理費を取らないって、戦闘があるからじゃ……?」
あまりにも怪しすぎて、色眼鏡で見てしまう。
修理費を取らないといわれても、オールラウンダーを破壊されては申し訳ないし、そもそも報酬がもらえないのではタダ働きだ。わざわざ首を突っ込む旨味がない。
戦闘系の依頼ではない点は魅力だが、戦闘が避けられないのであれば千早の掲示板の汚染が進む結果にしかならない。
「頼ってくれるのは、嬉しいけど、ごめんなさい……」
相手は大企業であり、今後は別の依頼が来るかもしれないからと、千早はお断りの文面を考えこむ。
推敲しながら文面を打ち終えて、送信しようとした時だった。
――リビングの窓が粉砕された。
驚きのあまり硬直した千早は窓に目を向ける。
「……ふぇ?」
金属光沢を有する白いオールラウンダーが窓を右拳で突き破っていた。事故などではないことは、オールラウンダーがそのまま窓を越えて部屋に侵入してきたことが示している。
オールラウンダーがリビングを見回し、キッチンに立ったままの千早に気付いて腕を上げた。
手が広げられている。何かを掴もうとするように指がわずかに曲がっていた。
そこまで視認した千早の動きは早かった。
即座にジェノベーゼパスタが入った皿を床に投げ落とし、玄関に走る。ついでとばかりにフライパンを片手で掴んでオールラウンダーに投げつけた。
ガンッと分厚い金属同士がぶつかる鈍い音がするだけで、オールラウンダーは気にした様子がない。
玄関へ走る千早を追おうとしたオールラウンダーが床にぶちまけられたパスタとソースに気付いて、足を滑らせないように大股に跨いだ。
その隙に玄関を開けた千早は裸足でアパートを飛び出す。長い髪をオールラウンダーの手がかすめてひやりとした。
意味が分からないが、異常事態が起きていることだけは分かる。ならば現場から逃げるが吉と、千早は全速力でアパートから逃げ出す。
ちらりと肩越しに振り返ると、アパートの玄関を出てきたオールラウンダーが全力疾走で追いかけようとしていた。
どうやら、逃がすつもりはないらしい。
「なんでぇ!?」
身に覚えがない千早は涙目で夜空に叫んだ。
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