第三話  ガス爆発?

 Ωスタイル電工が発注した太陽光発電用のパネル交換の依頼を受注し、千早はマニュアルを読んでいた。

 電気工事の経験がないアクター向けのマニュアルである。本来、資格がなければ設置できないはずだが、新界に人間はいないのもあって安全基準を満たす必要がない。

 人手が足りないので開拓を進めるために安全基準を緩くしているという大人の事情もあるらしい。


 ともあれ、千早にとってはありがたい依頼だった。

 パネルが設置してあるだけあって、付近に大型の動物が出現したとの情報はない。電力の確保は盗賊アクターにとっても重要なので、依頼地を襲撃されることもない。依頼地は整備されているため、マキビシ草などの天然トラップを警戒しなくてよい。

 千早のアクター経験上、稀に見る高い安全性を有した依頼である。


 自然と口元が緩む千早だったが、今後も取引できるようにしっかりとマニュアルを読み込んでおく。

 資格は持っていないとはいえ工業高校の出身だ。初心者向けのマニュアルもスラスラ読めた。

 マニュアルを熟読した千早は、依頼開始時間を知らせるスマホのアラームを止めて貸出機のオールラウンダーにアクセスする。


 依頼主であるΩスタイル電工からメッセージが届いていた。作業場所の指示である。

 他の受注者と場所を区分けして作業するらしい。進捗度の管理や報酬の多寡にかかわるのか、他の受注者との接触は指示があるまで避けるようにとのお達しだ。


「願っても、ない。うへへ」


 感圧式のマットレスに体重をかけて、作業現場に向かう。

 広大な平地に太陽光パネルが並んでいる。環境に配慮してか、密度は低く、パネルの下にも光が届くようにプリズム体が配置されていた。

 作業マニュアルに沿ってパネルを取り外し、布を巻いて回収場所へと持って行く。清掃と検査の後、再利用されるそうだ。


 代わりの新品パネルをオールラウンダーで持ち上げる。システム画面でオールラウンダーの腕部や肩、腰などにかかる負荷を見る限り、かなりの重さだ。

 パーツが摩耗しないよう、負荷が最も軽くなる持ち方を模索した千早は他の受注者よりもてきぱきとパネルを交換していった。


 千早は周囲の視線や動線に敏感だ。人に話しかけられないよう息をひそめてきた小中高校生活で培った能力である。

 複数の人間がいる場において、千早は周囲の人間の動きを予測し、自分が視界に入らないように努めてきた。それがいま、人に一切邪魔されない動きを実現しているのだ。


 周囲を見ていなかったアクターが新品パネルの運び出しの順番を待つ間に千早は古いパネルの取り外しを済ませ、他のアクターがパネルの運搬をしている間にプリズム体の清掃を行う。

 周りと作業が被らないからこその最効率だった。


 もっとも、人込みを避けるのに慣れているアクターは、他のアクタノイドをひょいひょいと躱しながら千早と同じ効率で作業を進めている。

 こういうところにも、人間性が出るんだなと感心していた千早はふとモニターが揺れた気がして動きを止める。


「……揺れてる?」


 ラグなどで画面が揺れたわけではなく、実際に千早は振動を感じ取っていた。

 地震かと思ったが、他のアクターたちは作業を止めていない。

 千早のアクタールームは地下にある。地震だとすれば生き埋めが怖い。


 千早はオールラウンダーの動作を停止し、防音設備が整っているアクタールームを出た。

 その瞬間――爆発音と共に足元が上下に激しく揺れ、千早は慌てて階段の手すりにつかまった。


「……うぇっ!?」


 揺れはすぐに収まったが、アクタールームに戻れるはずもない。

 千早は慌てて地上へ階段を駆け上り、玄関の扉を開けた。

 目の前の通りを見回す。千早と同じように驚いて飛び出してきたらしい女性もいた。


 家の前の通りに変化はない。では、別の通りかと視線を上にあげると、再度の爆発音と共に三十メートルほど先に火の手が上がった。

 この辺りは住宅地だ。地理を考えると、二つ向こうの通りの家で火事が起きたらしい。


「ガス、爆発?」


 民家が爆発炎上するのはそれくらいしか思いつかない。

 しかし、この辺りはどの家もオール電化のはずだ。

 現場に行けば分かることもあるのだろうが、遠くから近付いてくる消防車のサイレンの音に気付いて考えを改める。

 作業の邪魔になるのは良くない。幸い、区画が分かれているので、ここまで火は回らないだろう。

 一緒に外を見回していた女性も家の中に引っ込んでいる。


「……怖いなぁ」


 呟いて扉を閉めようとした時、ふと視線を感じた気がして反射的に振り返る。

 通りに人影はない。どこかの民家から見ていた何者かがいたのか。

 不気味さを感じた千早は慌てて扉を閉め、鍵とチェーンをかけた。


 先日の銃撃戦疑惑があるオールラウンダーの爆発事故を思い出す。

 新界開発区はこんなに治安の悪いところだったろうか。


「……き、気のせい、だよね」


 千早はドキドキする胸を押さえつつ、家の戸締りを全て確認する。地下のアクタールームが防音仕様なため、一階で何かがあっても気付かない可能性があるからだ。

 一仕事終えて一階に戻ったら侵入者と鉢合わせ、なんて恐ろしい事態は避けたい。

 どうやら防犯は完璧らしいと、千早は地下への階段を降りる。


 スマホで検索をかけると、アクター用のアパートで爆発炎上事故があったとの速報を見つけた。住所も一致しているため、千早が見た事件だろう。

 現在、火元は不明。死者はなし。入居者がまだ入っていない部屋からの出火らしく、調査中のようだ。


「……火元の確認、しておこう」


 コンセントからの出火などもあると思いだして、千早は地下に降りかけていた足を戻した。

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