第二話 指名手配
風呂上がりにぐっすりとベッドで眠り、千早は夕方ごろに目を覚ました。
夢見は悪かった。昨晩に見た、オールラウンダーの頭が吹き飛ぶ光景をそのまま夢で見たのだ。
普段、貸出機でオールラウンダーをよく使うからかもしれない。
昼夜逆転して夕方なのに朝食の準備をして、千早はふとした思い付きからネットニュースを探す。
リビングのソファに座ってフレンチトーストを食べながら、千早はパソコン画面をスクロールする。
「あ、あった」
新界開発区内での事件をまとめているニュースサイトに、短い記事があった。
海援重工のオールラウンダーが爆発事故を起こしたという記事だ。現場の住所も記憶とあっている。
だが、情報は少ない。ただの事故として処理されていることもあって、追加の情報を探してもなかった。
「銃声……」
酔っ払い女は、はっきりと銃声がしたと言っていた。発言の後にオールラウンダーが爆発して空に頭が飛んだのだから、空耳にしては順序がおかしい。
しかし、素面の千早は銃声を聴いていない。
千早は酔っぱらい女の言葉を思い出す。
「ニンジャ=サンって、銃だよね」
アクタノイド用の突撃銃に『ニンジャ=サン』と呼ばれるものがある。
新界で他の猛獣を呼び寄せないように静粛性に注目して制作された突撃銃だ。静粛性は非常に良好とアクターにも評価されている。
「……え、もしかして、銃撃戦、してたの?」
アクタノイドは人とそう変わらない大きさで、市街地戦でも十分に威力を発揮する。
だが、新界ならともかく日本国内でアクタノイドによる銃撃戦などしたら大問題だ。一面記事を飾って国内から批判殺到だろう。
「ふひっ、も、もみ消された?」
恐ろしい想像を振り払い、千早はネットニュースを閉じて見なかったことにした。
「……銃撃事件は、起きない」
ここは日本なのだから、と自分に言い聞かせて、千早はフレンチトーストを食べきることに集中した。
あの酔っ払い女については忘れた方がいいかもしれないと思いつつ。
時間のおかしい朝食を終えて、千早は思考を切り替える。
「お仕事……」
千早はスマホでアクターズクエストの依頼掲示板を開く。
「……ですよね」
戦闘系の依頼がずらりと並ぶ依頼掲示板を見て、千早は落胆する。
戦闘系の依頼を避けているにもかかわらず、なぜか戦闘に巻き込まれてばかり。そのせいでいまだに掲示板は汚染されている。
それでも、測量依頼のおかげもあって戦闘系は全体の七割ちょっとだ。これでもまだ多いのだが、戦闘を想定していない依頼も表示されているだけマシである。
画面を即座にスクロールして戦闘系の依頼を無視する。
めぼしい依頼がない、と千早は一度依頼掲示板を開いたままパソコンで検索をかける。
戦闘系ではない採集依頼や調査依頼の中には、実質的に戦闘を避けられない危険地域での依頼もある。現地の生物を知らないとひどい目に遭うのだ。
「うん?」
大破した機体の回収依頼の現場を調べていた千早は、動画にたどり着いて興味を引かれる。
アクターが意見を交わすような掲示板にならばよくたどり着くが、動画にたどり着くのは初めてだったのだ。
どうやら、新界で狩猟や野生動物の生態調査を主に活動する民間クラン『がっつり狩猟部』による投稿動画らしい。
再生してみると、突然緊迫した音声が流れた。
『――サイコロンの装甲を抜かれた。弾幕を張って時間を稼げ!』
『ランノイド、残り三機。――いえ、二機!』
戦闘映像らしい。
それも、ゲリラ戦や遭遇戦では国内有数の戦力を有する『がっつり狩猟部』が押されている。
映像の端で、サイコロンの腰に矢が突き刺さった。
千早は目を丸くする。
新界での戦闘で矢が飛ぶのは初めて見た。それも、軽ラウンダー系であるサイコロンの装甲を抜くほどの威力だ。
狙撃銃ですらラグの影響で当たらないというのに、弓矢での攻撃など酔狂どころの話ではない。まして、命中させるのは常軌を逸した技量だ。
新界の生物が矢を放ったのかと思ったが、どうやら、映像でがっつり狩猟部と戦闘をしているのはたった一機のアクタノイドのようだ。
そのアクタノイドが、撤退戦に移るがっつり狩猟部の部隊側面から襲撃をかけた。
――刀で。
千早は目を疑い、映像を巻き戻す。
やはり、刀を掲げて部隊に殴り込みをかけていた。しかも、異様なまでの静粛性で、アクタノイドだというのに金属がこすれる音や駆動音が聞こえない。
全体的に黒塗りのアクタノイドだ。肩から肘にかけて日本の鎧に見られる当世袖に似た装甲を持ち、腰には同様に草摺がある。頭部はキツネ面を模した顔に兜を被った独特の形状だ。
剛腕で振り抜かれる刀は撤退中のサイコロンの脚を一撃でひしゃげさせ、返す刀でリーフスプリンターの板バネの脚を強引に切断する。それらを走り抜けながらやってのけて、黒塗りのアクタノイドは森へと消えた。
かと思うと、森から矢が放たれ、映像を撮っていた機体に突き刺さる。
そこで映像は途切れていた。
「……こ、怖ぁ」
あれが世に聞く盗賊アクターか、と千早は怯えて動画説明文を読んでさらに戦慄する。
動画説明文にはがっつり狩猟部の名義で黒いアクタノイド『野武士』に対しての警告が書かれていた。
『映像のオーダー系アクタノイド『野武士』のアクターに告ぐ。この度の一方的な襲撃は看過できない。機体の弁償及び賠償金が支払われない限り、我々『がっつり狩猟部』はこれ以上の被害を防ぐため、『野武士』の破壊を行うことを宣言する。また、これを妨害するアクタノイドは区別なく排除する』
警告と題しているが、実質的な宣戦布告。それも全面戦争だ。よほど怒っているのだろう。
がっつり狩猟部とオーダー系アクタノイド『野武士』、さらには『野武士』を支援する勢力の戦争である。個人アクターである千早が巻き込まれれば無事では済まない。
当然ながら、千早はそんな危険な場所に首を突っ込む気はない。
「……き、危険地域は避けて、良い依頼はないですかー? お?」
千早が見つけたのは、太陽光発電用のパネル交換の依頼だった。
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