第二十一話 地球は安全だと思った?

 打ち上げ会場を一足早く出た簾野ショコラは厚穂澪と車に乗り込んだ。

 運転手にホテルを告げて、簾野はスマホでネットニュースをチェックする。すでに公式発表がなされ、界隈がざわついているようだ。

 打ち上げ会場を思い浮かべて、簾野は少し残念そうに眉を下げる。


「ボマーさんがいらっしゃらないのはー、ちょっと寂しいですねぇ」


 記録映像を見た限り、なかなか見つからないタイプの人間だった。

 困難に対して受け身に回らず自己解決を図りつつも、最善手と考えれば他者の協力をピンポイントで要請する。


 人手が足りなくなりがちな新界事業の中でも、新界で活動するアクタノイドはさらに頭数を揃えにくい。

 そんな状況で、無駄な人手を要請せずに最大戦果を挙げる道筋を短時間で導き出して率先して動くボマーという人材は貴重だ。


 せめてどんな人物なのか、直接会って話してみたかった。簾野の想像では無駄を省いた朴訥な印象の若者だ。

 実態とはまるでかけ離れていることなど知る由もない。


 隣に座る厚穂がスマホを取り出しながら言葉を返した。


「私はこれでよかったと思いますね」

「独自裁量権を与えて自由に動かす使い方はー、正解だと思いますよー。でもー、もうちょっとくらいお近付きにならないとー」


 言葉の途中で、厚穂がスマホの画面を見せてきた。

 なんだろうと簾野は覗き込んでみる。厚穂が代表を務めるユニゾン人機テクノロジーの社内メールだった。


 部外者に見せていいのかと思いつつも、代表の厚穂が直接向けてくるのだから自分にも関係があるのかもしれない。

 そう思って文面を読み、簾野は珍しく乾いた笑い声を上げた。珍しい反応に運転手がバックミラーをちらりと確認する。


「ようやく分かりましたー。想像とは少し違ってぇ、やんちゃな方のようですねー」


 厚穂に届いた社内メールは水中スクーター『ドルフィン』がボマーによって発見され、それが『森ノ宮ガレージ』の貸倉庫に預けられているとの報告メールだった。

 この森ノ宮ガレージはアクタノイド開発最大手、『海援重工』の影響下にある。同時に、クラン『オーダーアクター』と付近を流れる静原大川の水利権で衝突。さらに、『角原グループ』が裏で暗躍して一触即発の地域だ。


 ユニゾン人機テクノロジーはアクタノイド開発で海援重工やオーダーアクターと覇を競っている。ドルフィンの回収程度で問題は起きないだろうが、森ノ宮ガレージの東にある淡鏡の海のガレージ化を目指すと発表した直後だけあって警戒されるだろう。

 海援重工たちはこう考えるはずだ。森ノ宮ガレージを手中に収めるため、淡鏡の海をガレージ化し、電波基地局を整え、拠点にするつもりではないか、と。


 ボマーはドルフィン一つを預けることで、アクタノイド開発企業やクランによる大規模な戦争を煽っているのだ。

 もっとも、ボマーとてこの程度で戦争に発展するとまでは考えていないはずだ。このドルフィンには別の理由がある。


「ボマーを取り込むつもりなら、この鉄火場に首を突っ込む覚悟が必要。きっと、そう言いたいのでしょう」


 厚穂が予想を語り、簾野は苦笑する。


「食わせ者ですねー。ボマーは傭兵でしょうかー?」


 勢力間の抗争を煽り、戦闘技能を売り込んで金を稼ぐ方針のアクターは実際に存在する。

 厚穂はスマホをポケットにしまいながら、考えを口にした。


「あるいは、戦場を泥沼化させる愉快犯。もしくはそう思わせて自分という危険な爆弾を抱え込む勢力を探す戦闘屋」

「それともー、あえて浮いた駒として振舞い他の勢力に襲わせるためのどこかの策略、ということもありそうですねー」

「飼いたいですか?」

「ふふっ、遠慮しまーす」


 手元に引き込めば、手元で爆発するかもしれない。それがボマーだと考えを改めた簾野は両手を振っていらないアピールをする。


「同感ですよ。敵に回したくもありませんけど」


 簾野ショコラの返答に厚穂澪は苦笑しつつも同意し、探るように簾野ショコラに質問する。


「それに、『森ノ宮ガレージ』関連かは分かりませんけど、海援重工、オーダーアクター、角原グループ、そこにがっつり狩猟部の四勢力がどうにも慌ただしく動いています」


 角原グループだけは動きが妙だが、他の三勢力の動きはかなり恐ろしい。

 新界において、海援重工、オーダーアクター、がっつり狩猟部は戦闘系の最上位クランだ。

 簾野は深く頷く。


「その情報は掴んでますよー。だからこそー、少なくとも今はボマーを飼えないですー」

「同じ価値観の人で安心しました」


 厚穂澪は呟く。


「生身でドンパチは時代錯誤ですから」



 同じころ、やけ酒を買いに行った千早は酔っぱらい女に絡まれていた。


「聞き上手だね、きみー! 大好きかもしれんわー!」


 酔っぱらい女の光り輝くような明るい雰囲気に完全に気押された千早はただ黙って震えているだけなのだが、なぜか聞き上手扱いで気に入られていた。

 酔っぱらいの謎テンションによるものか、それとも元から破天荒なのか、名前すら知らない女は千早の肩に手を回して逃げられないようにする。


「よっしゃ、お姉ちゃんが奢っちゃう!」


 千早にとっては絶望的な申し出だった。


「あ、い、いえ、帰りたくて……」

「遠慮しなくていいって! そだ、ガールズバー行こう! うぜぇナンパおっさんと距離取れるし、周りは可愛い女の子ばっかりだし、防音しっかり個室のとこ知ってるから! きまりー!」

「うぇ……」


 うぜぇナンパなら今まさにお前がやっていると突っ込む勇気が千早にあるはずもない。抗議にも拒否にもならない、はっきりとしない言葉を口からこぼすだけだ。

 元気溌剌なよく通る声を持つその女性の耳に入るはずもない。

 ダンスでも踊るように千早の重心を捉えてくるりと進路を変更させ、繁華街へと歩き出す。


「そんでなーっと……あっ、向こうはダメだ。銃声がした」

「へっ? 銃声?」


 急に方向転換した酔っぱらい女に引っ張られた直後、進行方向の巨大駐車場で爆発音が響き、オールラウンダーの頭が空高く打ち上がった。

 茫然とオールラウンダーの頭を見上げる千早の横で、酔っぱらい女はけらけら笑いながら空を飛ぶ頭を指さす。


「ニンジャ=サンなんて玩具で遊んでるからだ。銃声は響かせてなんぼだろーがよー。海援重工は美学を分かってないんだよな、マジ。私にお祈りメール送るような企業は滅べやー!」


 吹き飛んだオールラウンダーの所属が海援重工である根拠がないのにもかかわらず、確信しているらしい酔っぱらい女。

 この事件について何らかの情報を持っているとしか思えなかったが、そんな酔っぱらい女は千早を離すことなく、遠回りでガールズバーがある繁華街に引きずっていく。


「ナンデェ……」

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