第二十話 間が悪い娘

 最近、間食が増えたなぁ、と思いつつ、千早は芋ケンピをポリポリと齧っていた。

 感圧式のマットレスの上で長時間立ちっぱなしな上に、モニターの変化に注意しつつ不測の事態に備え続ける。なんだかんだで腕も動かすので、そこそこの運動量があった。


 もっとも、今は深夜の新界の海にオールラウンダーで船を出している。機体も船も借り物で、失えば数百万円が吹き飛ぶ。

 そんなストレスもあって、間食が増えてしまうのだろう。

 自己分析をしつつ、緑茶をチビチビ飲んで、システム画面の救難信号を見る。


「この、あたり?」


 千早は現在、レチキュリファーとの戦いで手放した水中スクーター『ドルフィン』の捜索に当たっていた。

 一台二百五十万円の品である。試作品でもあり、使用後の状態を確認したいと依頼にあった。

 そうでなくても、可能な限り依頼人の負担を少なくしたい。できれば、クランに招待してほしい。

 だが、戦闘は断る。


 我がままな願望を抱きつつ、千早は淡鏡の海から大分北上してきていた。

 景色もかなり変わっている。マングローブ林のような場所だ。


「あ、見つけた!」


 サブカメラに映った白い光に、千早は船を止める。

 オールラウンダーにオールを持たせ、慎重に海底をついて船を進める。

 電波状況が悪く、ときおりモニターに乱れが生じた。救難信号が良く届いたものだ。

 水中スクーター『ドルフィン』をオールですくい上げ、船の上にあげる。


「よかったぁ。二百五十万円は、高いもん。ふぃー」


 一仕事終えた解放感を束の間味わって、帰還するべく船首を南に向ける。

 ゆっくりと漕ぎ出して電波状況がいい場所まで進める。深夜まで仕事することになってしまったと、千早はお腹を押さえた。

 間食が増えるもう一つの理由がこれだ。想定以上に依頼遂行に時間がかかってしまって食事の時間がずれ込むのに慣れてしまう。用意していたお菓子を食べるから、余計に時間がずれてしまうのだ。


 よくないなぁ、と思いながらも、千早は作業の手を止めない。どんな魚がいるかもわからないこんな海上だ。早いうちに陸に上がりたい。

 海流に流されて遭難しようものなら、数百万円の赤字になるのだ。

 船を陸地につけた千早はほっとして、サブモニターに地図を表示させる。


「うーん。どこがいい、かな?」


 淡鏡の海に届けようかとも思ったが、まだ現地はガレージ化していない。駐留している機体もないだろう。

 ならばと、千早は一番近いガレージである『森ノ宮ガレージ』に向かうことにした。

 森ノ宮ガレージならば、すぐ横に静原大川と呼ばれる川があり、船で遡上できる。時短にもなるのだ。

 そうと決まれば、と千早はオールラウンダーに船を持ち上げさせ、静原大川に走らせた。


 静原大川に到着し、船を浮かせるとオールラウンダーを乗り込ませる。

 船のエンジンを起動して静原大川の上流目指して進めた。

 ほどなくして、大量の倉庫とアクタノイド、兵装の整備工場を内包する巨大ガレージ、森ノ宮ガレージが見えてきた。

 深夜にもかかわらず煌々と灯る文明の光が安堵を誘う。

 森ノ宮ガレージに入り、借りていた船を返却して個人用の貸出倉庫にドルフィンを預ける。


「よし、あとは、連絡して……」


 ユニゾン人機テクノロジーにドルフィンの回収成功のメールを送り、個人用貸出倉庫の番号とパスワードを伝える。

 これで、後はユニゾン人機テクノロジーが回収してくれる。千早の仕事は正式に終わりだ。

 ガレージにオールラウンダーを入れて、千早は接続を切った。


「あとは、報酬を待つだけ。……夜も遅いし、明日、かな」


 軽く夜食を食べて寝てしまおうと、千早は地下のアクタールームを出る。

 一階のリビングで動画でも見ようとパソコンの電源を付け、台所で作り置きの野菜スティックを取ってきた。

 何の気なしに見たパソコン画面。そこに表示されたネットニュース一覧にでかでかと書かれたユニゾン人機テクノロジーの文字を見て、千早は硬直する。


『淡鏡の海、ガレージ化計画を始動。ユニゾン人機テクノロジー、シトロサイエンスグループ、Ωスタイル電工の三社が提携』


 人参スティックをポキッと折って、千早は記事を閲覧する。

 ばっちり書かれていた。淡鏡の海の調査や実験作業に参加したアクターの多くを雇い入れてガレージ化の作業を進める新規クランを立ち上げると、ばっちり、書かれていた。

 戦闘系ではない、新規クランの設立である。千早は膝を折った。


「ど、どこかのクランに所属して平和に依頼をこなす目的が……なんでぇ?」


 水中スクーター『ドルフィン』を探しに行く名目で、打ち上げに参加しなかったのがいけなかったのだ。

 コミュ障で人見知りゆえに、見知らぬアクターが多数参加する打ち上げに気後れして逃げてしまった。

 痛恨の判断ミスだ。


 千早は嘆いた。間の悪さに涙を流した。そっと、野菜スティックが入ったタッパーの蓋を閉じた。


「やけ酒、してやる。ノンアルコールで!」


 兎吹千早、十八歳は決意する。

 間食が増えたからなんだというのだ。体重が増えたのは筋肉がついたからだ。

 やけ酒にはつまみが必要だ。タンパク質を取ってやる。

 さらなる筋力をつけるために。

 つけた筋力で理不尽を殴りつけるために。


「飲んで、やるんだから、な!」


 千早は覚悟を決めて、陰キャ御用達の帽子を深くかぶり、マスクをつけ、夜の街へと肩を縮こまらせ、人目を忍んで出陣した。

 ノンアルとはいえ、未成年の千早は手を出すのに背徳感があったのだ。

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