第十九話 港湾拠点化計画
「――乾杯!」
新界開発区、第四区の大きな居酒屋。
そこで、『淡鏡の海』調査を行ったアクターたちを集めた打ち上げ会がユニゾン人機テクノロジーとシトロサイエンスグループの提供で行われていた。
ユニゾン人機テクノロジー傘下のクラン『ユニゾン』の隊長を務める物辺祐磨は、水中作業のインストラクターとして参加した早瀬久士と会場を見回す。
「こうしてみると、大所帯ですね」
「そうね。十八人でしょう? 不参加の二人を入れたら二十人で作業していたわけよね。事故らなかったのは奇跡かも」
中性的な顔立ちをしているものの、立ち姿は男性で、口調は女性、声質もどっちつかずな早瀬は鋭い目つきで会場のアクターの顔を一人一人見つめている。
いまいち、どう付き合えばいいのか分かりにくい、気難しそうな人だな、と思いながら物辺は早瀬の視線の意味を察して声をかけた。
「うさぴゅーさんは不参加者ですよ」
「そう……」
心底残念そうに、早瀬はビールをあおった。口元についた泡を親指でグイッと拭い、ジョッキをテーブルに置く。
「あの立ち回り、衝撃的だったわ」
「同感です」
物辺は深く頷いて、唐揚げを口に放り込む。
うさぴゅーが操作するわらべの挙動を思い浮かべ、その異質さに感心する。
「すげぇですよ。スプリンター系とはいっても、水の中じゃせっかくの小回りも利かないし、せいぜい小さいだけが利点の機体です。それが、レチキュリファーを爆殺とはね」
レチキュリファーはアクタノイドの兵装が役に立たない危険生物だ。
レチキュリファーが海域に出現してしまったあの時点で、淡鏡の海の利用を断念する方向で話が始まるほどだった。
せっかく、海底ケーブルを設置したとしてもレチキュリファーに頻繁に切断されてしまったら意味がない。
だが、そのレチキュリファーに遭遇し、数分観察しただけで海藻を避けることに気付き、その習性を利用して爆殺する異様な立ち回りをしてのけたのが、うさぴゅーである。
「ふざけた名前のアクターに切れモノがいるのは知ってますけどね。メカメカ教導隊長とか」
「オーダーアクター代表よね。切れ者というか、キレてるというか。何とかと天才は紙一重ってことね。でも、おかげで大きく前進したでしょう?」
「そこはなんとも。上の方々の結論待ちですね。まぁ、通るでしょう」
布を海藻に見立ててレチキュリファーに忌避させて海域から遠ざける。
うさぴゅーが発見した方法は淡鏡の海のガレージ化に大きく貢献した。海藻の養殖もすれば、新界資源の開発と利用も両立できるかもしれない。
早瀬がビールのお代わりをもらい、サラダを摘まむ。
「つくづく惜しいわ。あのボマーとぜひ、話してみたかった」
「ボマー、ですか。ボイスチェンジャーで声も分かりませんでしたけど、うさぴゅーよりはしっくりきますね」
「ユニゾン人機テクノロジーが直接声をかけて雇ったアクターだって聞いたけど、素性も分からないの?」
「かなり上の方で声をかけるのを決めたらしいです。現場に降りてきた指示は、あのボマーに独自裁量権を与えて単独行動をとらせることでした」
「何者よ、いったい」
「まぁ、ボマーなんでしょう」
答えにならない答えを返して、物辺は肩をすくめる。
そんな取り留めもない話をしていると、タヌキ顔の女が打ち上げ会場に現れた。
ちらりと目を向けた物辺は、その女性がシトロサイエンスグループ代表、簾野ショコラだと気付いて思わず立ち上がる。
物辺の反応に気付いて、アクターたちが静まった。
簾野ショコラはにこにこと明るい笑みで会場を見回して、自分が来た方を見る。そこからユニゾン人機テクノロジーの代表、厚穂澪が颯爽と歩いてきた。
企業代表が直接、この打ち上げ会場にやってきた。単なる労いにしては、その装いは気合の入ったスーツで、登場も芝居がかっている。
何か、重大な発表があるとみて、物辺は身構えた。その隣で、早瀬も見極めるように企業代表の二人を見つめている。
簾野ショコラが間延びした独特の口調で話し出した。
「ここにいる皆さんに、お知らせしまーす。我々シトロサイエンスグループはΩスタイル電工、ユニゾン人機テクノロジーとの共同で『淡鏡の海』を港湾拠点、つまりガレージ化しますー。この場にお集まりの皆さんにー、作業や防衛などの依頼を出したいと考えてますー」
やはり来たか、と物辺は両手を強く握る。
新界の勢力図に一石を投じる大事業だ。
新界における土地は日本国領土とされているものの、まだ測量が済んでいない上に全貌が明らかになっておらず、国民の共有資産としての法的な見方があった。
個人資産としての所有権が曖昧なのだ。
しかし、実態としては各勢力が活動拠点を構え、ある種の縄張りを形成することで所属の設備やアクタノイドを保護している。それがガレージと呼ばれるアクタノイド基地だ。
これらのガレージは穏便に売却される場合もあるが、度々野生動物の群れや所属不明のアクタノイドによるテロに晒されて設備維持ができずに放棄されたり、輸送路に別勢力が拠点を構築して通行料を請求されることがあった。
いわば、新界では各勢力による領土争いが展開されており、日本政府は優秀なアクターの育成やアクタノイド関連製品の開発に寄与すると見て放任状態だった。これらの領土争いは度々、編集検閲の上でネットに公開されてある種の娯楽にもなっており、広告費がまるっと新界資源庁に入って活動費になっていた。
物辺は淡鏡の海周辺の勢力図を思い浮かべ、会場のアクターを振り返る。
十八名。ガレージ化を行うには心もとない数ではあるが、Ωスタイル電工が味方にいるのが強みだ。
淡鏡の海が通信事業最大手のΩスタイル電工のガレージとなった場合、周辺地域の通信状況が劇的に改善する。つまり、Ωスタイル電工と協力的な勢力が持つ周辺地域のガレージや勢力の拠点は高額なランノイドの配備数を減らすことができる。
反面、敵対的な勢力は特定を避けるために独自の回線や暗号通信が必要になるため高額で自衛もできないランノイドを前線に持っていかなくてはならない。
周辺地域の安全性が上がるのは、敵対勢力にとって面白くないため、淡鏡の海周辺は激戦になると予想された。
物辺は隣の早瀬を見る。
「どうします?」
ガレージ化が軌道に乗るまでの激戦を戦い抜くには相応の資金力がいる。三企業がついている以上、資金面でのサポートをしてくれるとは思うが、どこまで当てにできるか分からない。
なにより、海援重工やオーダーアクターなどの強力な戦闘力を持つ勢力を相手にしなくてはいけない。これらの勢力との取引が今後望めない可能性もある。
反面、今回の淡鏡の海ガレージ化で恩を売れるのならば、周辺地域での活動に大きなアドバンテージとなる。地域をほぼ占有できるだろう。
早瀬が端正な顔に笑みを浮かべる。
「当然、参加するわ」
早瀬だけではなく、水中作業のインストラクターを務めていたアクターたちが一斉に参加を表明する。
物辺は盛り上がる会場を見回してここにいないアクターを思う。
「あのボマーは可哀そうだな。こんなでかいバックを取り逃がすなんてよ」
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