第十五話 秘密の計画
千早が勉強会にリモート参加している頃、新界開発区の、高級ホテルや料亭が点在する第六区画にて、とある勢力の代表同士による会合の場が設けられていた。
片や、サイコロンなど新界に送り出した新進気鋭のアクタノイド開発企業、ユニゾン人機テクノロジー代表、厚穂澪。
もう一方は、科学、工学分野の中小ベンチャーが集まり新界資源の開発に多大な貢献をする新興企業グループ、シトロサイエンスグループ(SSG)の代表、簾野ショコラ。
共に二十代の女性社長として、そして勢力の長として、存在を知ってはいた。ある種の共感もあった。
しかし、こうして顔を合わせ、二人きりで会食することになるとは厚穂も思っていなかった。
簾野ショコラがその丸顔に甘い笑みを自然に浮かべる。
「時間を作ってくれてーありがとーございますー」
間延びした、ともすれば馬鹿っぽい口調だったが、自然と耳に馴染んで聞き取りやすい声だ。
ノンアルコールカクテルが入ったグラスを掲げる簾野に応じて、厚穂もグラスを掲げて乾杯する。
「こちらこそ、ありがとうございます。一度お会いしてみたいと思っていました」
にこやかに応じながら、厚穂澪は簾野ショコラの表情を探った。
お互いに暇ではない。会食を名目にこうしてまとまった時間を作るくらいだ。単なる世間話ではないだろう。
こういった場合、正式に商談に入る前の事前調整の意味合いが強かった。
世間話にかこつけて現在の新界の勢力図について探りを入れあい、協調路線を取れるかをお互いに見極めていく。
のんびりした口調に騙されそうになるが、簾野はかなりのやり手で情報通だ。
仲間にできれば心強いと自分も評価してもらえていればいいのだけど、と厚穂は愛想笑いの裏で考えた。
「ユニゾンさんは、鉄鉱石とか欲しいですよねぇ」
簾野がわざとらしく雑な探りを入れてきた。
ここから話題を広げたいという簾野の言外の申し出を受けて、厚穂は頷いた。
「えぇ。新界で直接アクタノイドの部品が製造できればコストをかなり抑えられますから」
新界への輸送には除菌作業など様々な手順を踏む必要があり、時間と費用がかさむ。
鉄鉱石の安定供給と精錬や加工を新界で行うのは、アクタノイド関連企業の目下の課題になっている。
簾野がカクテルグラスをテーブルに置き、居住まいを正した。
「『淡鏡の海』を調査しませんかー?」
新界の大陸、東に位置する海。それが淡鏡の海だ。
鉄鉱石が取れる弧黒連峰、そこからの輸送路として活用できる静原大川が付近に流れる。穏やかな海流と海運が可能な深度を持ち、港湾化に適した要地の一つ。
地理と勢力図を脳裏に浮かべて、厚穂はこれが本題だと確信する。
同時に、これはかなりの大仕事になると瞬時に理解した。
これまで、新界の勢力図の話をしていたのも、淡鏡の海の重要性を共有するためだったのだ。
弧黒連峰は鉄鉱石を目当てに『海援重工』や『オーダーアクター』が狙っていた。だが、弧黒連峰の前に広がる群森高低大地に角原グループが勢力圏を築き、鉄鉱石の輸送路を妨害しているため、利用が進んでいない。
弧黒連峰そのものもいまだ電波が届きにくい場所で、開発が難しい。
だが、淡鏡の海をガレージ化できれば、状況が一変する。
電波強度、回線の安定性を背景に、淡鏡の海から出撃して弧黒連峰を奪取できる可能性が高い。
当然、様々な勢力が妨害してくるだろう。新界での大規模な戦闘もありうる。
そして、この絵図を簾野だけでは描かないはずだ。
簾野が代表を務めるシトロサイエンスグループには通信会社が入っていない。淡鏡の海を有効に活用するのなら、通信会社が背後にいなくてはならないのだ。
「Ωスタイル電工ですか。会ってみたいですね」
「あららー。頼もしいですねぇ」
簾野が頬に片手を当てて薄っすらと笑う。どうやら、厚穂の読みは正解らしい。
頼もしい、はこっちのセリフだと厚穂もうっすらと笑う。
これは乗るべき賭けだ。シトロサイエンスグループだけでも手を結べればありがたいというのに、Ωスタイル電工とも同盟関係を築けるのだから。
「では、海洋、海底の調査から入るべきですね。耐水性のアクタノイドならばすぐに都合できますよ」
ユニゾン人機テクノロジー開発のアクタノイド『サイコロン』『わらべ』『フサリア』は水中活動用のマイナーチェンジが可能だ。
特にわらべは身長一メートルの小型機であるため水の抵抗を受けにくく、水中スクーターを用いれば移動もスムーズになる。
サイコロンも視野に優れ、海水の透明度にもよるが海底の調査が可能。フサリアは大型のランノイドであるため水の抵抗を受けやすいものの、無線機を背負う形であるため水中で生物に襲われても抵抗できる。
説明すると、簾野が嬉しそうに微笑んだ。なんとなく甘やかしたくなるような笑みだ。
「お話が早くて助かりますー。アクターはどうしましょう? 水中での立ち回りは水の抵抗もあって、ラグ以上にアクターにストレスがかかると聞きましてぇ、いい人を探しているんですー」
水中に対応できるアクタノイド自体はいくつか存在している。
どちらかといえば、水中作業を経験したことのあるアクターを見つける方が難しい。ラグと水の抵抗で動きにくく、水中銃なども癖がある。そもそも、銃が効かない海洋生物が新界には多くいる。
数人のアクターを思い浮かべつつも、厚穂が最初にあげたのは水中での作業経験がない初心者アクターだった。
「一人、心当たりがあります。初心者ですが、オールラウンダーでオーダー系アクタノイドを単独撃破してのけた野良アクターです」
「いわゆる戦闘屋、ということでしょうかー? 海洋生物との戦闘も想定しないといけませんし、初心者さんは資金的にも、負担が大きいと思いますー。無理をさせるのは可哀そうですよー?」
有望な芽を資金難に追い込んで潰すのはいただけないと、簾野が釘をさす。
当然の意見だと厚穂は案を出した。
「なかなか過激な立ち回りをする方でして、わが社としても付かず離れず、決して敵対しない方向で調整したいと思っています。ですので、このアクターに関してはわが社がスプリンター系アクタノイド『わらべ』を貸し出しましょう」
それなりに高価な機体だが、ボマーとのかかわりを作るにはいい機会だ。厚穂は先行投資と割り切って壊されても不問に付すつもりであると付け加える。
簾野が目を丸くして驚く。
「とっても目をかけていらっしゃるんですねー。ユニゾン人機テクノロジーのアクタノイドに慣れさせて、他の社に飼われないようにしたいのですかぁ?」
「あのボマーを飼えるのなら、飼ってみて欲しいですね」
手を噛まれるどころでは済まない。やけどで終わるかもあやしい。
厚穂が本気で言っていると分かったのだろう。簾野は小さく笑いながら、答えた。
「ではー、その方にお願いしてみますー」
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