第十三話 得体が知れない奴って怖いのよね
部下の猪塚から提供された録画映像を見て、角原グループ代表、角原為之は机を指先でトントンと叩く。
一定のリズムで机を叩きながら考えをまとめて、机の前で直立する猪塚に声をかける。
「損失の穴埋めはどのようにする気だ?」
「狙撃ポイントを吟味している最中、ククメルカの群生地を発見しています。渡りをつけていただければ」
「ククメルカか。まぁ、いいだろう。渡りだけはつけてやる。だが、後のことは猪塚、お前が勝手にやったことだ」
「心得ています」
角原は指を三本立て、無言で猪塚に突き出した。
ククメルカを海外に流す代わりに、売り上げの三割をよこせ、という意味だ。
猪塚が深く頷いた。
角原は興味を失ったように部屋の扉を指さす。
「失礼します」
「以後は金だけの付き合いだ。顔を見せるな」
猪塚を追い払い、角原は隣に立つ伴場を見た。
「これはボマーか?」
「借り物のオールラウンダー、爆発物を多用する戦い方、向こう見ずなまでの凶暴性、ボマーに見えます」
伴場は自信をもって答える。
角原も同意見だったが、アカウント名が違う以上は断言もできない。
自爆も恐れずに手榴弾を多用するアクターがそう何人もいるとは思えないが。
これがボマーだとすれば、不可解なこともあるのだ。
角原は指先ではなく爪で机をたたき始める。鋭く耳障りな音が部屋に響き、伴場が何か言いたそうに角原の指を見た。
視線に気付いて、角原は伴場を睨む。
「なんだ?」
「いいえ。なにも」
ニヤニヤと笑みを浮かべ始めた伴場を呆れの視線で見て、角原は続ける。
「奪われたブラックボックスの来歴は?」
「鹵獲品です。修理歴もないので、足は付きません」
「全面衝突にはならないな」
政府系である『甘城農業開発総合グループ』と有名クラン『新界ツリーハウジング』を相手に戦争するのは避けたい。確実に勝てるが、利益がない。
自惚れではなく、確実に勝てるのだ。
だが、一政治家である角原が政府系のグループとアクタノイドを使って代理戦争をするのは外聞が悪すぎる。
外国との裏取引や密輸といった探られて痛い腹がある以上、注目される事態は避けるべきだ。
この一件からはもう手を引くべきだと、角原は結論を出す。
何かを決めたことを察したらしい伴場がニヤニヤ笑いのまま角原に質問する。
「ボマーを潰すんで?」
今回の作戦はボマーに台無しにされた。八儀テクノロジーもボマーに潰されている。
排除を考えるのも当然ではあったが、角原の考えは違う。
「バックが見えない。資金の底が分からないのが気にかかる。貸出機でシェパードを正面から潰すような奴だぞ? あのボマーにゾンビ戦法でゲリラ戦なんてされてみろ。考えるだけで頭が痛くなる」
角原グループに所属する冴枝組や尾中製作所を使う手もあるが、ボマーの背後関係を洗ってからでなければどれほど長引く分からない。
伴場が角原の言葉を否定する。
「自分と『EGHO』ならボマーを一方的に叩き続けることもできますが?」
伴場に与えているオーダー系アクタノイド『EGHO』ならば可能だと、角原も思う。
だが、角原はあくまでもボマーとの直接対決は避けるべきだと首を横に振った。
「伴場、お前には別の仕事がある」
「緊急で?」
「Ωスタイル電工の跳ねっ返りがこそこそ動いている。あの小娘が動いている以上、戦略的に重要な土地を見つけたんだろう」
新界における電力会社、通信会社の最大手。それがΩスタイル電工だ。
戦果が目立つが、ボマーはあくまでも個人戦力。戦場に影響を与える要素でしかない。
しかし、通信回線を担保するΩスタイル電工はアクタノイドの活動範囲に、すなわち戦略に影響を与える。
Ωスタイル電工がどこの土地を押さえるのかはまだ不明だが、場合によっては全力で妨害しなくてはならない。
最高戦力である伴場と『EGHO』を長期間拘束するボマー退治をいま始めるのは悪手だ。
「適当に、アクタノイドを鹵獲して戦力を整えておけ。少々大規模な戦闘もありうる」
「了解。ですが、ボマーも参加している測量のせいで鹵獲できそうな機体は少ないんで、バンドくらいしか調達できませんよ?」
「壁にはなるだろう。何のためにお前に『EGHO』を与えたと思っている?」
「了解」
機体を鹵獲するために伴場が部屋を出ていく。このままアクタールームで『EGHO』を使い、弱い者いじめに精を出すだろう。
角原は椅子から立ち上がり、壁に張ってある新界の地図の前に立つ。まだまだ測量データも少ないため縮尺がおかしくなっていたり、未踏破で黒塗りの部分も多い。
赤鐘の森と転げ岩ガレージの間、ボマーがシェパードを仕留めた戦場に指を突き付ける。
「ボマーめ。輸送路を戦場にする気だったか? 戦場にすれば、レッドベルの輸送もできなくなる。となると、政府関係ではないのか?」
どうしても、ボマーの背景が気になっていた。
「動きは傭兵だが、取る戦術はアクタノイドを消耗品にする金満の爆破戦術。資金力に乏しい傭兵の動きではない。バックがいるはずだ」
バックがいる。それが結論のはずだが、角原は思考に引っかかりを覚えていた。
「バックがいて、あれだけの腕があって、なぜ、借り物のオールラウンダーで武装も最低限なんだ? ちぐはぐだ」
論理的に答えが導き出せない気持ち悪さに、角原は顔をしかめる。
どうにかして、資金力を調べない限り手が出せない。結局はこの結論に落ち着いてしまう。
まさか、襲撃してくるアクタノイドを場当たり的に次々と返り討ちにしては、もう次の襲撃はないだろうと高をくくる個人アクターがいるなどと想像しなかった。
角原は思考を切り替える。
「ボマーがあの場にいた経緯も気になるな。こちらの襲撃を読めるはずがない。……スパイがこちらに潜んでいるのか?」
スパイがいてもおかしくないと、人望の無さを自覚している角原は心当たりを思い浮かべる。
「マスクガーデナーが裏切ったか?」
マスクガーデナー、覆面庭師。本来、他国が管理する新界への侵入は条約で禁止されているが、資源略奪を目的に侵入する外国の工作部隊を示す隠語だ。
その素性から、信が置ける取引相手ではない。
角原は窓の外を横目でにらむ。
「少々、引き締めが必要か」
いま情報をリークすれば、数週間後には国際問題だ。
問題の落としどころまで考えて、角原はリークする情報を吟味する。
「……セカンディアップルでいいな」
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