第十二話 関わらんとこ

「……オールラウンダーが狙撃手『シェパード』を撃破しました」


 ドローン映像で戦闘を見ていたコンダクターのアクターが恐々と報告する。

 一連の戦闘を特等席で見ていたからこそ、信じられない気持ちでいっぱいだったのだろう。


 手榴弾以外の武装を破壊されたオールラウンダーが狙撃ポイントを押さえたシェパードに対し、位置を探り当てて撃破する。

 誰かが途中で呟いた「うわぁ……」という言葉にすべてが詰まっていた。

 送られてくる映像を見ていた大隈は険しい顔で眉間の皴を揉む。


「いくら骨董品なんて呼ばれて安価なオールラウンダーとはいえ、爆風に巻き込まれてでも倒しに行くなんて無茶苦茶だ。勝つために手段を選ばない危険人物だな」


 アクタノイドは消耗品ではないとツッコミの一つもしたくなる。

 確かに、自分たちが疑ったことでオールラウンダーは四面楚歌に陥っていた。

 陥っていたのだが――


「あの場面、追いかける必要ありました?」


 映像を共有されていた別の部下が困惑した声で質問する。

 誰一人、追いかけるべきだとは言わなかった。

 部下が正常な判断を持っていることを図らずも知ることができて、大隈の顔から険しさが取れる。


「ないな。ドローン映像で狙撃の様子は捉えた。ドローンがシェパードを追った時点でオールラウンダーのアクターも、無実が証明されたと分かったはずだ。あの時点で通話でもしてくるのが普通なんだが……」


 なお、当のオールラウンダーのアクター千早は分かっていなかった。

 いまもドローン映像に映し出されるオールラウンダーは敵機撃破と無実をアピールするため、シェパードのブラックボックスを片手に持って両手を振っている。コミュ障を極めている千早には、自分のことを疑っている上司へどう声をかけていいのか分からないのだ。


 敵機の基幹部品を振ってアピールするオールラウンダーに、大隈の表情が曇る。

 大隈の目には、オールラウンダーのアピールはこう見えていた。


 ――自分の腕は分かったか。今すぐ警戒を解かないと、貴様らの機体のブラックボックスもこうなるぞ。


 ボイスチャットで発言すれば録音で証拠を押さえられる。それを見越しての、裏の意味を含むボディランゲージ。

 つくづく、危険な奴だと大隈はため息をついた。


 ため息が聞こえたわけでもないだろうが、大隈のもとにオールラウンダーのアクターからメッセージが届く。

 開いてみると、『シェパード』のブラックボックスを『甘城農業開発総合グループ』に売却すると書かれていた。


 同じ文面のメッセージが甘城農業開発総合グループから来ているもう一人の現場監督のアクターにも届いたらしく、ボイスチャットで声をかけてきた。


「大隈さん、そっちにもメッセージ来てます?」

「売却するそうですね。我々は関与しませんよ。ドローンで追いかけたとはいえ、敵機の発見から撃破まであのアクターが個人でやったことですから」


 一応、現場監督であり、今回の布陣を作ったのが大隈だが、シェパードの売却金の分け前を要求するような恥知らずではない。

 一応連絡してくるあたり、あのアクターは筋を通そうとしているのだろう。


「疑った謝罪金も乗せるので、後で明細を送っておきます。あれに恨まれるのはごめんですから」


 新界ツリーハウジングは新界の各所に作品という名の拠点がある。一般に開放しているものがほとんどだが、中にはクランメンバーのみが使用する建造物もあった。

 そんな場所に、あの危険人物が地雷を仕掛けたら?

 背筋が寒くなる想定にため息をつきかけて、大隈はもう一つの可能性に気が付く。


「……そういうことか。戦闘屋め」

「そういうこと、とは?」

「この依頼の妨害者を特定して、『甘城農業開発総合グループ』との抗争を作り出すためにブラックボックスを奪いに行ったんだ。自分を傭兵として売り込めるからな」


 わざわざ大破する危険を冒してまで、オールラウンダーが逃げるシェパードを仕留めた理由を大隈はブラックボックスに見つけてしまった。

 しかし、大隈の勘違いを誰も正さない。それどころか、全員が納得してしまっていた。

 状況証拠が揃っているからこそ、誰もが納得する勘違いだった。

 大隈はドローン映像に映るオールラウンダーを睨む。


「あのオールラウンダーのアクターはまだまだ戦いたくて仕方がないんだよ。骨董品で戦闘屋、それも対アクタノイド戦をしようだなんて、どこまでもぶっ飛んだ危険人物だな」


 誤解を深めながら、大隈は部下たちに呼びかける。


「あのオールラウンダーとは関わるな。あんな歩く爆弾とお近づきになるなんて冗談じゃない。だが、敵対もするな。負けるとは思わないが、ゲリラ戦を展開されると被害が大きい」


 シェパードを撃破したのは事実なのだ。標的になるつもりはない。


「現時点をもって警戒態勢を解く。今後、奴の妙な動きを見つけたらあまさず報告してくれ。後、クラン名義でブラックリストに入れておこう」


 ブラックリストに入れたアクターとは依頼がかち合わないよう、システム側で調整してくれる。

 必然的に、あの爆弾魔の爆破に巻き込まれずに済むのだ。



 警戒態勢を解いて解散していく『新界ツリーハウジング』のアクタノイド達を見て、千早は笑みを浮かべた。


「うへへ……。無実は証明された……」


 シェパードをワイヤーで固定して背負い、千早のオールラウンダーはキャンプ地へ歩き出す。

 手榴弾の爆発を至近距離で受けたこともあり、オールラウンダーはボロボロだ。ギシギシと嫌な音も立てている。

 だが、シェパードを売却すれば黒字になるのは経験則で知っていた。千早にとってはまことに遺憾な経験ではあったが。


「こ、これで信用してもらえた、はず。今後も、測量依頼とか、回してほしい……」


 やむを得なかったとはいえ、シェパードを撃破してしまった。また戦闘系の依頼が浮上してしまう。

 今回の測量依頼は日当で支払われていることもあって一日ごとに契約を更新しているため、戦闘以外の依頼達成率がうなぎ登りの美味しい依頼だったのだ。

 また、長期にわたる測量依頼が来れば、戦闘系依頼を掲示板から駆逐できるかもしれないのだ。


 千早は必死だった。何とかして、『新界ツリーハウジング』に覚えて欲しかった。

 全く別の評価で覚えられたことなど、千早は知る由もない。

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