第十一話 歩く爆弾

 モニターを前に、狙撃手、猪塚は諦めのため息をついた。

 重ラウンダー系アクタノイド重甲兜などが陣形を整えている時点で嫌な予感がしていたが、襲撃者を警戒している。


「この距離で重ラウンダーの装甲は抜けないな。まったく、昨日、伴場さんが弱い者いじめしたから向こうも気が立っちゃってるじゃん」


 伴場さんはこういうところあるよなぁ、とぼやきながら、重ラウンダーの背後に立ったコンダクターがドローンを展開するのを見てげんなりとした顔をする。

 距離は十分に取っているため、発見されるまでかなり時間がかかるはずだ。だが、もう狙撃を狙える状況でもない。


 猪塚が使っているランノイド系アクタノイド『シェパード』は高価な機体だ。単機での運用を前提に開発されたランノイド系であり、特殊な機構で狙撃銃『与一』の反動を軽減する。

 ランノイド系の御多分に漏れず衝撃には弱く、この狙撃銃しか使えない典型的な遠距離アタッカーだ。重ラウンダー系との正面切っての戦闘はもちろん、コンダクターが展開したドローンを相手にするのも避けたい。


 まだ一機も破壊できていない上に襲撃を確信されてしまったが、機体を失うよりはずっとマシだ。


「あの一人ぼっちのオールラウンダーだけ潰して引き上げるかな。囮にされちゃって可哀そうに――あれ? どこ行った?」


 猪塚はサブモニターを見て、目を疑う。


 アクタノイドでの狙撃は一般的に二種類のやり方がある。相手が通る位置を見越して銃口を向けておく置き撃ちと、ラグを現場で修正する進路予測AI搭載の狙撃銃による偏差射撃だ。


 狙撃銃『与一』はAI搭載型の狙撃銃であり、ランノイド系アクタノイド『シェパード』はその処理能力で画像データから対象を認識、追跡してAIにフィードバックし、命中率を高める。その特性上、データが集まるほど、つまり標的を長く追いかけるほど命中率が向上する。


 しかし、猪塚が重ラウンダーの動きを確認している間にAIで追いかけさせていたはずのオールラウンダーの姿が消えていた。


「AIが欺かれた? いやいや、オールラウンダーだぞ? 見失うはずが――爆薬!?」


 AIの映像データを遡っていくと、件のオールラウンダーは木の陰に隠れた後、手榴弾を足元に転がして爆煙に姿を消していた。

 猪塚のシェパードがいる狙撃ポイントからオールラウンダーまでの距離はかなり遠い。爆発音がシェパードまで届かなかったのだろう。


「足元に転がすもんじゃないだろー。無茶するなぁ」


 オールラウンダーが木の陰にずっと隠れていても、猪塚はシェパードを射線が通る位置へ回すつもりではあった。結果から言えば、爆煙に紛れる無茶な行動は正解だったともいえる。

 呆れ半分感心半分で、猪塚は各種のモニターを見回してオールラウンダーの姿を探す。


 カメラの拡大をやめて、森全体を映した直後だった。

 森の一画から葉がついた枝が大量にワイヤーで巻き上げられ、森の上、空中にばらまかれる。

 異質な変化に、猪塚は即座に目を向けた。

 狙撃銃『与一』に搭載されたAIが、空中に散る枝葉を拡大し、赤い標的マークを付ける。よく見ると、枝葉に紛れてオールラウンダーの姿があった。


 木の間に張ったワイヤーを足場に無理やり上に跳び上がったらしい。着地の際に脚部を痛める可能性がある。これも無茶苦茶な行動だ。

 だが、猪塚が悪態吐いたのは別のこと。


「――やられた!?」


 狙撃銃『与一』のAIがオールラウンダーを認識し、跳び上がったオールラウンダーが重力に引かれて落ちる寸前の位置を予測、自動での偏差射撃を敢行した。

 放たれた弾丸はオールラウンダーへと音速を越えて突き進む。弾丸はオールラウンダーが盾のように構えていた突撃銃『ブレイクスルー』を破壊し、オールラウンダーの肩装甲を吹き飛ばした。

 しかし、この一発で仕留められなかったのは致命的だ。


「ちっくっしょう! AIは融通が利かねぇな。撃つ場面じゃねぇえんだよ!」


 映像解析の機能がないオールラウンダーだが、曲がりなりにも全方向にカメラが配置されている。奥に控えたサイコロンに映像を共有していれば、マズルフラッシュを特定された可能性が非常に高い。

 猪塚はシェパードを反転させ、オールラウンダーに背を向けて走らせる。


「なんだよ、あのオールラウンダーは!? 普通、自分の身を晒してまでこっちの位置を特定するか!? 銃に弾が当たらなかったら大破だぞ? 戦争映画の恋人ペンダントか、あの銃は!」


 ランノイド系のシェパードは速度があまりでない。時速七十キロメートルが限界だ。

 だが、重ラウンダー系や他のランノイド系に比べれば単独行動を前提している分速度は優位。開始距離もあって十分に逃げ切れる。

 幸いなことに、オールラウンダーの武装である、大口径拳銃と突撃銃は破壊してある。追いかけてくることはない。


 問題は、と猪塚はバックカメラに映る大型ドローンを睨む。

 銃器を搭載した大型ドローンが三機、狙撃ポイントに急行していた。まもなく、シェパード本体も発見されるだろう。

 ドローンとの追いかけっこになる。通信範囲の外までシェパードで逃げ切れれば勝ちだ。


 事前に考えていた逃走経路をなぞって逃げる。

 ドローンが上空から接近してくるが、高度を下げて森の中に入って来ない。木々の葉で通信が途絶えるのを嫌ったのだろう。

 一時はどうなるかと思ったが、ギリギリ逃げ切れそうだ。そう思った猪塚がほっと息をついた瞬間、木々の隙間に並走するオールラウンダーの姿を捉えた。


「――追いかけてきやがった!?」


 壊れた突撃銃の銃床を振り被り、シェパードに横から殴り掛かってくるオールラウンダーに虚を突かれ、シェパードは横っ飛びに地面を転がって自動制御により受け身を取る。


「嘘だろ、おい。武装無しの骨董品でシェパードを追いかけてくるか、普通!?」


 地面を転がった影響で衝撃に弱いシェパードのセンサーが壊れた。メインカメラやサイドカメラは無事だが、バックモニターはノイズだらけで見えない。

 一瞬で被害状況を確認した猪塚だったが、オールラウンダーはその間にも動く。


「――くっ!?」


 オールラウンダーが壊れた突撃銃を思いきり投げつけてきた。衝撃に弱いと見て、とにかく当てることを考えているらしい。

 シェパードのAI制御で突撃銃を避けたが、猪塚は突撃銃にワイヤーが括りつけられているのに気付いた。

 咄嗟に狙撃銃『与一』をオールラウンダーに向ける。シェパードは格闘戦のできない機体だが、単体での活動を想定しているため機敏に動く。


 ワイヤーで何をするつもりか知らないが、この距離で狙撃銃で撃たれればオールラウンダー程度は一撃で戦闘不能だ。

 しかし、オールラウンダーは止まらない。近寄ってすら来ない。至近距離とはいえ、真正面から向かってくる相手でなければラグの影響で外してしまう。


 こんなことなら散弾銃を持ってくるべきだったと後悔しても遅い。

 オールラウンダーは突撃銃に括りつけられたワイヤーの逆端を持ってシェパードの周りを走り出した。


「――こンの野郎! 次から次へと!」


 ワイヤーで絡めとろうとしているのに気付き、猪塚はすぐにシェパードをオールラウンダーの進路へ走らせる。

 その瞬間だった。


 オールラウンダーが手榴弾を足元に転がし、シェパードから距離を取る。

 ワイヤーで逃げ道を限定し、手榴弾で仕留める。古典的だが、この近距離でやる戦法ではない。


「それは仕掛け罠でやる奴だろおぉぉ!」


 猪塚のツッコミ絶叫は手榴弾の爆音にかき消され、シェパードとオールラウンダーは爆炎に巻き込まれた。

 ただでさえ衝撃に弱いシェパードがこの近距離で爆破を食らって動けるわけもない。ノイズだらけのメインモニターに装甲が吹き飛んだオールラウンダーがぎこちない動きで映り込み、手を伸ばしてきた。

 バキバキと、胸部の装甲をはぎ取る音の直後、ブラックボックスを奪われたことを示す『NO SIGNAL』の文字がモニターに浮かび上がる。


 猪塚はアクタールームで脱力感から膝をつき、上から回ってきていた連絡を思い出す。


「……今のが、ボマーか?」


 正体に気付いて、猪塚は引き攣った笑みを浮かべた。


「何が爆弾魔、ボマーだ。歩く爆弾じゃねぇか。イカレてる」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る