第十話 容疑者が変な動きしてる……
オールラウンダーからの救難信号を受け取っても、『新界ツリーハウジング』の代表、大隈健一は顔色一つ変えなかった。
他のアクターからの測量の進捗報告を受け取りながらずっと監視していたからこそ、先ほどのオールラウンダーの動きの不自然さにも気付いていた。
一瞬わざとらしく動きを止めた後、何かを避けるような動きをしたオールラウンダーに合わせたような狙撃。
仲間の狙撃手と示し合わせて狙撃が逸れたように見せたのだろうが、ラグが発生して不自然さが際立ったのだ。
そう解釈した大隈は胡散臭そうにオールラウンダーが潜んだ木を見る。
限りなく黒に近い灰色だ。
「救難信号にかまうな。我々をつり出そうとしているだけだ」
大隈が操る重ラウンダー系アクタノイド、重甲兜は狙撃銃でも簡単には撃ち抜けない。対物ライフルでも持ち込めば話は別だが、先ほどの木の幹のはじけ方からして狙撃銃として一般に使われている『与一』によるものだ。
そもそも、ラグの関係でアクタノイドでの狙撃は至難の業である。需要が少ないため、一般に狙撃銃に類するものは数が少なく、対物ライフルに該当するアクタノイド用の装備は開発されていない。
とはいえ、オーダーメイド品の可能性もある。不用意に近づくのは愚策だ。
大隈は専用の回線で新界ツリーハウジングの仲間に聞く。
「狙撃手の位置は?」
前日にも狙撃手に数機のアクタノイドが破壊されたため、警戒網を広げてある。
特に、背後に控えるランノイド系の中には索敵に優れた機体を配していた。
「こちらコンダクター組、付近にアクタノイドの姿はなし。索敵を継続」
「こちらサイコロン組、コンダクターのドローン映像を解析していますが、迷彩仕様の可能性を含めて検討しました。付近七百メートルに姿はなしです」
七百メートル内に姿がないとなると、完全に長距離狙撃だ。AIによる行動予測とアクタノイドの自動狙撃を使わなければ、通信ラグで絶対に命中しない距離である。
ダメ押しに、もう一組のランノイド系が答えた。
「こちらジャッカロープです。発砲音は感知できません。各種索敵にも反応なし。長距離狙撃ですね。静粛性の高い狙撃銃、おそらく『与一』でしょう」
海援重工も面倒な銃を作ってくれたものだと恨みつつ、大隈はドローンを上空にあげるように指示をする。
発砲煙やマズルフラッシュを確認できれば対象の位置を割り出せると判断してのモノだ。
大隈の機体の横に並んでいる重ラウンダー系アクタノイド『キーパー』のアクターが軽機関銃『雑賀=カウンターウェイト』を構える。
銃口は不自然な動きをするオールラウンダーが隠れている木にさりげなく向いていた。
「撃ちますか?」
「あのオールラウンダーをか? 冗談を言うな。スパイの可能性が濃厚とはいえ、正規に依頼を受けたアクタノイドだ。背後から撃てば賠償ものだぞ。オールラウンダーが撃ってくるまでまて」
気に食わないのは大隈も同意見だが、いま撃つのは信用問題にかかわる。
念のため、あのオールラウンダーの装備は事前に確認済みだ。突撃銃と大口径拳銃、手榴弾とワイヤーという貸出機にありがちなセットだ。
現在のオールラウンダーの位置から大隈達を狙うにはどの装備も射程外で、仮に接近してきてもピアシング弾を撃てる大口径拳銃の射程まで近づいてこなければ大隈達の機体を破壊できない。
いないものとして考えても問題はない。
「接近してきたら警告を発すればいい。いまは狙撃手への対応が先だ」
「ですが、救難信号が途絶えています」
部下からの報告に、大隈はシステム画面を見る。いつの間にか、オールラウンダーからの救難信号が消えていた。
スパイだとバレたことに気付いて逃げ出すつもりか、と大隈は眉間に皺を刻む。つくづく、邪魔な動きをしてくれる。
オールラウンダーを警戒していたのか、部下のサイコロンが報告した。
「あいつ、変な動きをしています。手榴弾を投げた……?」
「なに?」
ボンと、かすかに音が聞こえた。
サブカメラでオールラウンダーの地点を確認すると、爆煙が立ち昇っている。
煙に紛れて姿を晦ましたのだ。
「あのオールラウンダー、奇襲してくる気か」
こちらから一発目が撃てないのをいいことに、側面か背後に回って奇襲を仕掛ける。状況を考えれば最善手だろう。
嫌な動きをするアクターだと、敵ながら感心してしまう。
「サイコロンを側面に配置する。あのオールラウンダーの奇襲を警戒しろ。ランノイド系は陣の内側に入れ。お前らが真っ先に狙われるぞ」
ランノイド系を破壊し、回線へのダメージを与える。アクタノイドにおける集団戦の常とう手段だ。ラグやパケットロスはどんなに高スペックなアクタノイドも木偶の坊に変えてしまう。
奇襲を仕掛けたオールラウンダーはほぼ確実に大破するが、ランノイド系を一機でも持って行けば費用対効果に吊り合う。価格差に五倍近い開きがあるのだから。
なにより、民間クランである大隈達の資金に大ダメージを与える一手だ。
「うさぴゅーなんてとぼけたアカウント名のくせして、盤面を正確に読んでいるな」
これで、大隈達は下手に動けなくなった。狙撃手が射程内まで近付く時間も稼がれてしまう。
いや、狙撃手を逃がすための時間稼ぎなのか。
大隈は脳裏で推論を重ねつつ、部下からの発見報告を待つ。
それらの推論のすべてが的外れだと気付かせたのは、他ならぬオールラウンダーの次の一手だった。
「――は?」
予想だにしなかった戦況の変化に、大隈は思わず口を半開きにした。
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