第九話  測量妨害者

 ラーメン屋の一件の翌日、千早は恐る恐るオールラウンダーに接続し、転げ岩ガレージを出て現場に向かった。

 測量が進んだこともあって、森に入って数時間で現場に到着する。


 すでに参加者たちがアクタノイドを軽く操作して、昨日の花粉の影響が出ていないかを確かめていた。無償でフィルターの掃除を行うとの知らせもあり、何機かが順番待ちをしているのが見える。

 依頼開始の時間となり、『新界ツリーハウジング』の代表、大隈建一からメッセージが一斉送信された。


 測量を行う場所を指示するそのメッセージを見て、千早は嫌な予感がしていた。

 露骨に、他のアクタノイドの持ち場から離されているのだ。


「せ、先行調査って……。ふへっ、物は言いよう……」


 持ち場は森がかなり深かった。

 千早はバックカメラを確認する。


「……ふひっ」


 緊張のあまり気持ち悪い笑いがこぼれる。


 後方七百メートルほどの盛り上がった地点に、重ラウンダー系のアクタノイド『重甲兜』を始めとした重装機体が配置されていた。その後ろには広域索敵能力の高いコンダクターなどのランノイド系が控えている。

 重装甲の機体で壁を作って狙撃に備えつつ、背後の機体で索敵、狙撃手を発見する。そんな布陣だ。


 重ラウンダー系アクタノイドは燃費が悪く、本来はこのような辺境に持ってくる機体ではない。

 だが、戦闘能力は折り紙付きの機体だ。半端な銃器ははじき返し、重機関銃を保持して撃つことすら可能な馬力を誇る。

 中でも、重甲兜は積載量もピカ一の機体で、単独で六百キログラムにもなる重迫撃砲を運搬し、使用できる。


 その積載量から、『新界ツリーハウジング』の代表である大隈建一が愛用する機体でもある。

 そう、千早の後ろに布陣しているのは、有名民間クラン『新界ツリーハウジング』の代表が指揮する戦闘特化のアクターたちだ。


「怖ぁぃ……」


 ラーメン屋で盗み聞きしてしまった通り、千早は完全に襲撃者一味だと疑われ、睨まれていた。

 契約を解除しないのは泳がせているからだろうか。あれほどあからさまな布陣をするのだから、警告の意味合いの方が強いかもしれない。

 まったくの無関係である千早にはいい迷惑だった。


 だが、自分が疑われていると知っているのはラーメン屋で盗み聞きした情報が根拠だ。自分は無関係だと言おうものなら、『何で知っているんだね?』とますます怪しまれるか、個人特定されかねない。

 コミュ障以前に、千早は否定することもできないのだ。


 後ろめたいこともないのだからと、千早は黙々と作業を進めて誠実さをアピールするしかない。

 後ろからじっと見つめられているような錯覚を覚えて背筋がぞわぞわする千早だったが、作業そのものは実に丁寧に進めていく。

 元々一人で作業するのが得意。というよりも、コミュ障故に一人で何でもこなしてきた千早である。むしろ、救援要請が絶対に来ない今の状況の方が性に合っているくらいだった。


「ふっ、皮肉なモノ、だな……」


 軽口を叩く余裕も出てきたお昼過ぎのことだった。

 藪に隠れた動物の脚の骨を見つけた千早は、オールラウンダーの動きを一瞬とめる。

 カメラで拡大してみると、藪の中に見覚えのある双葉の植物が隠れていた。


 ――マキビシ草だ。


 危ないな、とマキビシ草を踏み抜かないようにオールラウンダーを横にずらしたその瞬間、腰に装着している大口径拳銃が吹き飛び、真後ろの木の幹が弾けた。


「ひっぇあっ?」


 慌てて近くの木の裏に滑り込み、大口径拳銃『穿岩』を引き抜く動作をしながら、千早は弾けた幹を見る。

 剥がされたばかりの木の皮が消し飛び、中の白い樹肌が見えている。自然現象ではない。

 ――狙撃だ。


 引き抜いたはずの穿岩はグリップから引き金部分までが破壊され、使い物にならない。

 千早は心臓をバクバクさせながら救難信号を発する。


「ふふっ、わ、私の後ろにはなぁ。せ、戦闘、態勢のアクタノイドが、控えてんだぞぉ……」


 虎の威を借ろうとした狐の千早は、虎が動かないことに気付いて言葉に威勢を失っていく。

 控えているはずの重ラウンダー系アクタノイドたちが動かない。


「な、なんで? 見捨てられた? あ、ま、まだ、疑われてる……?」


 あわあわとモニター映像を見て、千早は目に涙を溜め始める。

 背後の味方が動かない以上、狙撃者はゆっくりと千早を狙い撃てる。

 救援がないのなら、もはや――自分でどうにかするしかない。


「……ふひっ」


 絶対に無理だ。

 相手は狙撃をしてきた。射程が違い過ぎる。しかも、千早がたまたまマキビシ草を避けたおかげで弾が当たらなかったということは、命中精度を高めることができる高性能の機体を使っているはずだ。

 相手の位置すら分からないのに、勝負になるはずがない。


 だが、戦わなければオールラウンダーを破壊される。赤字になる。

 一か八か、やるしかないのだ。


「ふふひっ……」


 緊張から来る気持ちの悪い笑い声を上げて、千早は考えを巡らせる。

 背後に控えて動かない重ラウンダー系アクタノイドたちを戦闘に引っ張り込めれば御の字だ。そうでなくても、襲撃者が重ラウンダー系たちに注意を払うしかない状況に追い込めればいい。

 だとすれば、重ラウンダー系アクタノイドの出方を襲撃者が気にしているはずのこのタイミングが一番重要だった。


 千早は右手を動かし、オールラウンダーの腰に準備してある手榴弾を取る。


「もうやだぁ」


 足元に手榴弾を転がしながら、千早は救難信号の発信を解除した。

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