第七話 このチャフは天然素材です
意外と危険な依頼だったかもしれないと、千早はビビっていた。
今日も今日とて割り当て区画の測量に出向いていた千早は、全体で共有された一日目の損耗率を見て、思わずオールラウンダーを止めて周囲を見回すほどだった。
損耗率、二割強。あくまでも測量班の損耗率であり、野生動物に対処している遊撃班や裏で指揮監督をしている『新界ツリーハウジング』が含まれていない数字だ。
マキビシ草や野生動物の不意の襲撃で中破する機体が多いらしく、注意が呼びかけられていた。
特に、中破した機体の内訳は視野が狭く情報処理などのスペックが低い、貸出機のオールラウンダーが多い。逆に、広い視野と映像解析機能を持つサイコロンやドローンを使っているコンダクターは一日目を軽く乗り切ったようだ。
「索敵、ほしいなぁ」
サイコロンを借りてくるべきだったと後悔したが、ない物ねだりをしても仕方がない。
千早は発見したマキビシ草を木の棒で叩いて根果を飛び出させ、排除する。
地雷原を歩いているようなものだ。
前日に比べて慎重に動かしていることもあり、作業は遅々として進まない。
度々、野生動物の襲撃があったのか遠くで銃声が聞こえてくる。
いつしか、千早のオールラウンダーはピアシング弾が装填された拳銃と測量用のカメラ、マキビシ草を叩く木の棒の三つをローテーションして構えていた。
段々と作業に慣れてきた頃、参加者の共有ボイスチャットから怒声が響き渡る。
「――死ねや花粉!」
強い語気に気圧された千早は思わず仰け反り、動きを読み取ったオールラウンダーもまた仰け反って空を仰ぐ。
遠くの空を無数の何かが舞っていた。
なんだろうと、手元のカメラを構えて拡大する。
「……花?」
白や黄色の花がプロペラのように回転しながら風に流されて飛んでいる。無数の花のそれぞれから細かい粒子が散布されて、黄色い霧かカーテンのように空を染めていた。
正体に気付き、千早は作業の手を止めてオールラウンダーを風上の転げ岩ガレージ方面へと走らせた。
新界には『フォレンボーン』という植物がある。
花粉症を患うアクターによって発見されたその植物は、花粉をまき散らしながら回転して落ちる花を咲かせる。いま、空を舞っている無数の花のプロペラがそれだ。
この『フォレンボーン』、花粉症を患う第一発見者のアクターから腹いせにシネヤカフンと名付けられそうになるも、周囲から必死に止められて公的には今の名がついた。
だが、今でもアクターの大多数がこの植物をシネヤカフンの名で呼ぶ。憎悪と怨念を込めて――
「対象地区のアクタノイドはすぐに避難してください。空冷式のアクタノイドは花粉によりフィルターが目詰まりを起こして熱暴走します。特に、オールラウンダーやバンドを操作しているアクターは最優先で避難を急いでください」
大隈が珍しく焦った様子で全体に連絡する。
アクターがフォレンボーンを嫌う理由がこれだ。
まき散らされる花粉が空冷式のアクタノイドにとっての天敵であり、馬力のあるアクタノイドほど熱暴走で動かせなくなる。
質の悪いことに、舞い散る花も電波障害を引き起こす場合があり、アクタノイドの操作にラグが発生してしまう。
これらの悪質な特徴から、アクタノイドを操作不能に追い込まれた経験を持つアクターは多い。そのため、現場ではシネヤカフンの名で呼ばれるのだ。
叫んだアクターが操作していたアクタノイドはおそらく操作不能だろう。付近で作業していたアクタノイドも同様だ。
かなり離れていたはずの千早ですら、電波障害が起きたためモニター映像が乱れている。
「――ちょっ、重い、重い!」
千早は涙目になりながら悲鳴を上げる。
電波障害による盛大なラグの発生に、千早はオールラウンダーの操作にも不調をきたしていた。
走っていたはずのオールラウンダーがパケットロスで走行指示を受け取らず、妙な体勢で動きを止める。かと思うと、ナマケモノのような緩慢とした動きで右足を上げた。
正面の木を避けようと右側へ足を降ろしたはずが、中途半端な位置に足を降ろしてしまう。位置ずれを直そうと右足を再度上げようとしてもなかなか持ち上がらない。
こんなところを野生動物にでも襲われたらひとたまりもないだろう。
モニター映像の乱れで認識できなかった幹にオールラウンダーの肩がぶつかり、よろめく。姿勢制御が利いて自動で足を踏ん張ってくれた。
だが、バランスを取ったうえで千早の現在の体勢になろうとするオールラウンダーは、電波障害でデータを受け取れずにヨガのポーズで固まった。
「なんでぇ……」
とにかく、大きな動きをするとデータを反映できずに転倒や事故のリスクが発生すると見て、千早はすり足で慎重に電波障害の発生地域を抜け出した。急がば回れの精神である。
どうにか正常に電波を受け取れるようになり、千早はオールラウンダーを加速させる。
転げ岩ガレージ方面に走らせて、バックカメラで花粉の様子を見る。
大規模に花粉をまき散らしているシネヤカフンはまだまだ収まる気配を見せなかった。共有ボイスチャットは阿鼻叫喚で、システム画面には救難信号を受け取った表示が下から上へと流れていく。
だが、千早のオールラウンダーで救援活動などできるはずがない。
今日の作業はもう無理だと判断して、千早は監督役のアクターに早退するとメッセージを送った。
オールラウンダーを安全な場所に置くべく、千早は転げ岩ガレージへ機体を向けた。
その時、いまだに電波障害の影響を若干受けているスピーカーからノイズに混ざって銃声が聞こえた気がした。
音の方角も分からないが、周囲に変わった様子はない。
「……せ、戦闘?」
この環境下でも空冷式でぎりぎり活動できるアクタノイドが野生動物に襲われたのかもしれない。
巻き込まれない内に逃げておこうと、千早は木々の合間に身を隠しつつ全速力で転げ岩ガレージへ帰還した。
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