第六話  このトラップは天然素材です

 アプリの指示に従って写真を撮影し、測量データに起こして依頼主の『甘城農業開発総合グループ』のサーバーへ送信する。


「ちょろい、ちょろい……」


 作業は非常に順調だった。

 リスがのんびりと餌を齧っていられるくらいに平和な場所だ。獰猛な肉食動物が少なく、戦闘が起きない。

 たまに見かける肉食動物も蛇に外鰓がついたような、小型のモノばかり。リスにとっては脅威かもしれないが、アクタノイドを見れば向こうが逃げていく。


 千早は作業の手を止めて、オレンジジュースをちびちび飲む。


「ジュースを飲み、チョコ菓子をポリポリ。なんて優雅なお仕事……」


 充実していた。アクタノイドを破損する心配がない依頼はこんなにも気持ちが楽なのかと、千早は感動すら覚えていた。

 アクタノイドを操作するだけなので空調の利いた室内から出る必要もなく、したがって測量などに付きものな気温や太陽の日差しの強さも気にならない。


 日本でも一部では現場作業員がアクタノイドに置き換わってきているが、それでもまだまだ未整備な地域も多い。電波帯域の問題で規制が厳しく、限定的な利用にとどまっているらしい。

 依頼主である『甘城農業開発総合グループ』は民間企業グループと農林水産省の合同グループだ。新界の動植物は規制がかかっているため日本に持ち出すのが難しいが、農林水産省との共同で円滑に持ち出し許可を得ている。


 政府系のグループであるため、今回の大規模な測量は日本でのアクタノイド利用の試験的な意味合いがあると噂されていた。事実、国土交通省のホームページに掲載する写真を撮る場合があると、事前に連絡を受けている。

 鼻歌交じりに作業を進めていた千早はシステム画面に突然表示された赤い文字にびくりと肩を震わせる。


「なに!?」


 まさかまた戦闘が始まるのかとびくびくしながら文字を読んでみると、付近のアクタノイドが救難信号を発していた。

 見なかったことにしたい。そっと目を逸らしたのがばれたわけでもないだろうが、現場監督をしている『新界ツリーハウジング』の大隈建一からボイスチャットが入った。


「救難信号を発しているアクタノイドを回収してください」


 やっぱり行かなきゃダメか、と千早はオールラウンダーに突撃銃『ブレイクスルー』のセーフティを外させる。

 しかし、続く大隈の言葉を聞く限り、戦闘は必要ないらしい。


「マキビシ草を踏んでアクタノイドが破損、自走できなくなったとのことです。周囲に同様にマキビシ草がある可能性を踏まえ、注意して回収をお願いします」


 マキビシ草と聞いて、千早は恐々と藪を見る。


 新界固有の植物、マキビシ草はアクターから嫌われる植物の一つだ。

 陰性植物であり、ある程度の塩分がなければ発芽しない。そのため、この植物は発芽のための塩分を動物に求めた。

 そこで発達させたのが根果という特殊な果実だ。この根果は地下に発達し、先端が鋭くとがり、凶悪な松ぼっくりのような返しがついている。長さは十センチほどと結構な大きさだ。

 地表部分にある葉を動物が踏むことでパイルバンカーのように根果が地面からつき上がり、踏んだ動物を下から突き刺す。大型の動物であれば重傷となり、返しがついているため抜くこともできない。

 根果が刺さった動物は身を隠せる安全な場所へと逃げ、絶命する。この動物の死骸から養分、特に塩分を得ることで発芽、拡散していくのだ。


 動物が身をひそめる場所に生える関係で、物陰や藪の中などに生えていることが多いのも嫌らしい。

 このマキビシ草はアクタノイドが踏んでも作用し、脚部を損壊する。多くの場合、自立歩行ができない損壊となるため、天然のトラップとしてアクターから忌み嫌われているのだ。


 ボイスチャットで全体にマキビシ草について注意喚起している大隈の声を聴きつつ、千早はオールラウンダーを救難信号に向かって歩かせる。

 性質上、マキビシ草は近い範囲に点在している可能性が高い。深手を負った状態で大型動物が広い範囲を動こうとはしないためだ。


 救難信号の周辺にはマキビシ草がある。オールラウンダーの機械の脚でも貫きかねないため、慎重に動く必要があった。

 藪に入らないようにして進んでいくと、右足を貫かれているオールラウンダーの姿があった。


「踵から入ってる……。これは厳しいね」


 足首を動かせないため、つま先を地面に引っ掛けて転倒するだろう。

 大破しているわけではないが、処理能力が低いオールラウンダーでは姿勢制御が上手く利かない。重量もあるため、突撃銃を杖代わりにして歩こうとしても重量に耐え切れずに銃身が曲がってしまう。

 一番手っ取り早いのは右足の切断だ。つま先が邪魔なのだから、取り外してしまった方がかえって歩きやすい。機械だからこその対処方法である。


 どうやって切断しようかと千早が考えているのが分かったのだろう。救助対象者のオールラウンダーがスピーカーをオンにして話しかけてきた。


「――すみません。切断は無しの方向でお願いします。今月ピンチで、この状態でも切断するよりは修理費が少なくて済むんです」


 申し訳なさそうに頼まれて、千早はやむなく首を縦に振って了承の意を示した。

 明日は我が身だ。

 千早は自機のワイヤーを使って救助者のオールラウンダーを背負う。ワイヤーの巻き取り機能を使って締め、きっちりと固定する。


 破損機体を背負った状態では流石のオールラウンダーもあまり速度が出ない。時速二十キロメートルほどでのろのろと赤鐘の森にあるキャンプ地へ戻る。


「すみません。今度なにか奢ります。あ、リアルで会いたくなければ、人手が必要な時に呼んでいただければ、参加しますので。――あの? 聞こえてますか?」


 救助者がスピーカーを使って話し掛けてくるが、千早はコミュ障をいかんなく発揮して無言を貫く。

 怒っていると勘違いしたのか、救助者の声は徐々に小さくなっていき、やがて静かになった。

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