第五話  測量依頼

 依頼前日を迎え、千早は長丁場に備えた飲み物や間食、測量関連の本やアプリの使い方まとめなどを手元に準備し、オールラウンダーに接続した。

 モニターが光を灯し、暗いガレージを映し出す。やや埃っぽいそのガレージの駐機スペースから、千早のオールラウンダーと同じタイミングで動き出す機体がいくつかあった。

 予想通り、向かう先は同じだ。


 丘陵地帯にある転げ岩ガレージを出て、道なき道を北へ進む。

 特に連絡はした様子もないが、千早以外の機体は自然と役割分担を行い、周辺への警戒をし始めた。突撃銃をそれぞれの警戒方向へ向け、歩幅を合わせて進んでいく。


 即席のチームを組んで移動する彼らの横を、千早のオールラウンダーは颯爽と走り抜ける。

 団体行動は苦手だ。そもそも経験値を積んでいない自覚がある千早は、邪魔にならないように彼らから距離を取ったのだ。


 木々もまばらな丘陵地帯を抜けると、徐々に緑が増えてくる。新界の木々は人の手が入っていないため高齢で背が高い木が多いものだが、この辺りの木々は日本の山で見かけるような比較的背の低い木が多かった。

 アクタノイドの身長は人間とさほど変わらないため、低い木が多いといっても頭上は枝葉に覆われている。藪も深く、板バネの脚をもつリーフスプリンターなどは少々歩きにくいだろう。


 千早は感圧式のマットレスを踏み込み、さっさと目的地まで突っ切る。盗賊アクターと間違えて参加者を攻撃しないよう、依頼主が事前にルートを決めてくれていることもあり、安全性の高い道だ。

 団体行動をしているアクタノイドのチームを何度か見かけるも、千早は無視して横を走り抜けていく。


 単独で行動する千早を盗賊アクターと勘違いして銃口を向けるアクタノイドもあったが、千早はわざと素人っぽい腕をだらりと下げた走り方をして敵意がないことを示していた。

 銃を構えもしないのだから盗賊アクターではないと判断して、どのアクタノイドも銃口を下げてくれた。


 転げ岩ガレージを出て十五時間ほど。途中で休憩を挟みつつ単独で一気に駆け抜けた千早のオールラウンダーは現場に到着した。

 甘城農業開発総合グループが発見し、新界資源庁に土地所有の届け出を出した新界の大樹林『赤鐘の森』が今回の依頼の出発地点である。


「ほ、本当に赤い……」


 メインカメラに映る頭上の赤さを見て、千早は感心する。


 葉が真紅の木々が密生しているのが、赤鐘の森の名称の由来である。

 新界で発見された樹木『レッドベル』は常緑樹ならぬ常紅樹であり、かつてからその存在が知られていた。観葉植物や天然染料としての活用が期待されて研究が細々と行われていた樹種だ。

 このレッドベル、成長が早く、密度が高いため寸法の狂いが生じにくいことでも知られ、良質の建築材料として利用できる可能性が高い。


 これに目をつけたのが新界で好き放題に建築を楽しむ民間クラン『新界ツリーハウジング』だ。

 今回見つかったレッドベルの群生地、赤鐘の森からこの樹木を伐りだし、輸送するための道を転げ岩ガレージに通すことで、安定した木材の供給を狙う。

 そこで、新界ツリーハウジングは甘城農業開発総合グループと共同で今回の依頼を出すに至ったのだ。


 現場の集合地点にはすでに様々なアクタノイドが駐機していた。

 雨を防ぐためにレッドベルの間に張られたビニールシートの下に、千早もオールラウンダーを駐機する。

 この赤鐘の森は巨大な窪地に存在しており、湿度が高く、霧が発生しやすい。霧に紛れて動物が襲ってくる場合があるため、ここにまとまって駐機しているのだ。


「あ、後十時間……」


 単独かつほぼ最高速で走り抜けた千早は依頼開始時間よりもずいぶん早く着いていた。

 寝る時間はありそうだと、ソファベッドに寝転がる。

 スマホの目覚まし機能を設定して睡眠をとった千早は、依頼開始の一時間前に起き出して顔を洗い、準備を済ませて感圧式のマットレスの上に立った。


 新界ツリーハウジングの代表、大隈建一がボイスチャットで全体に呼びかける。

 内容はただの業務連絡と、各人の作業地域の割り当てだ。


「よ、よし。測量班だ……」


 野生動物への対応を求められずに済んで一安心の千早はニマニマしながら割り当てられた地区へ向かう。

 測量はこれからなので、割り当てといっても曖昧だ。


 今回の依頼は輸送ルートの選定であるため、丸太材の移動ができそうな地形を探すことになる。

 具体的には、赤鐘の森がある窪地から丘へと上がる緩やかな斜面。そこから転げ岩ガレージへ向かう広い森を切り開く手間がなるべく少なそうな場所。野生動物の縄張り争いが激しい場所は避ける。


 さらに、輸送路を襲撃された際に対応できる地形条件も重要だ。

 左右ないし片方が切り立った崖になったりしている場合は奇襲に対応できないため避ける方針らしい。

 上から一方的に重機関銃を撃ち下ろされたら、抵抗もできない。輸送ルートが決まっている分、襲撃者は事前準備もできてしまう。

 これらの条件を満たしつつ、可能な限り最短距離で輸送できるルートを探す。


「数日がかりになりそう……」


 きちんと日当が出るため多少長くなっても構わないが、休憩の取り方には注意すべきだろう。

 千早の割り当て地域は赤鐘の森を出て森に入り、少し奥に行ったところだった。


 この辺りはレッドベルと別の樹種が入り混じっているのだが、レッドベルの近くにある木はどことなく貧相に見える。成長を阻害する何らかの成分がレッドベルから出ているのかもしれない。


「あ、リス……」


 地球のリスより心なしか大きめだが、どこかで拾ってきたらしい赤くて丸い木の実を両手で大事に持っているリスがオールラウンダーを見下ろしていた。


「かわいぇぁ」


 あまりの可愛さに言葉を溶かして、千早はちらちらとリスを見ながら測量作業を始める。

 実に平和な依頼の幕開けだった。


「これでいいんだよ、うへへ」

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