第四話  依頼掲示板の汚染

 防音が完璧なのをいいことに、千早はアパートの地下室で一人カラオケを楽しんでいた。

 誰に聞かせるわけでもないのに無駄に高い歌唱力だったが、ラップで盛大に躓きグダグダになる。それでも千早は満足そうにガッツポーズした。


 そんな一人カラオケは単なる現実逃避から始まっていた。

 度重なる戦闘と襲撃者の機体売却により、千早のアカウントで表示される依頼は九割九分が戦闘系になっていた。

 受けられる依頼がない故の現実逃避だ。

 作り直したアカウントですら同じ依頼が表示されているあたり、アカウント個々ではなくアクター個人の情報に紐づけて依頼の優先順位が決まっていると思われる。


「助けてー!」


 ただの歌詞の通りに歌っているだけにもかかわらず、心の籠った悲痛な叫びだった。

 カラオケアプリの採点機能で九十八点という記録を出して満足した千早は、備え付けのソファベッドに寝転んだ。


「疲れた……」


 三時間近く熱唱していたのだから疲れもする。

 行儀悪く寝転んだまま、ストロー付きのペットボトルから水を飲み、スマホを取り出す。

 時間を置けば、新しい依頼が表示されるかもしれない。そう期待したのだ。


「……あっ!」


 期待通り、大規模な募集が掲示板に表示されていた。

 甘城農業開発総合グループが依頼主。転げ岩ガレージから北にある『赤鐘の森』との間で街道を敷設するため、測量を行うという。

 新界の動物との戦闘もありうるが、それ以上に広範囲を測量することになるため広く募集を募っている。募集人数の多さから、戦闘系が優先される千早の掲示板にも表示されたようだ。


 報酬は少ないが、参加人数が多いため仮に野生動物との戦闘になっても千早が出る必要がない。万が一、盗賊アクターが出たとしても数の暴力を発揮できる。

 かなり美味しい依頼だった。

 千早は即座に参加申請を行う。


「ふっ、これで、平和なアクターになれる」


 歌った甲斐があったというものだ。助けは本当にやってきた。

 しかも、この依頼には測量結果をまとめたり、全体の指揮を執る目的で民間クラン『新界ツリーハウジング』が参加する。

 有名どころの『新界ツリーハウジング』がいるのだ。半端な盗賊アクターは手が出せないだろう。


 今回の依頼は安心感が違う。

 念のため、新規アカウントで参加しておいた。過去の記録から戦闘ができると誤解されて、野生動物の警戒などの仕事を割り当てられないようにするためだ。

 念には念を入れ、測量の経験や技術があるかを問ういくつかの設問にも回答しておく。


「戦闘は嫌だ、戦闘は嫌だ……」


 必死である。すでに九割九分が戦闘依頼で埋まっている現状、これ以上の戦闘での貢献は依頼掲示板の汚染を取り返しのつかないものにしかねない。

 参加申請を終えて、千早は一息つく。


「あ、貸出機だから取られちゃうかも」


 現場からの最寄りのガレージは転げ岩ガレージだ。甘城農業開発総合グループが開いたガレージで貸出機の数が少ない。

 チェックしてみると、全てが予約済みになっていた。考えることはみんな一緒らしい。


 千早はすぐに近くの和川ガレージの貸出機を検索する。こちらはまだ余裕があった。

 申請を出すと、五分ほどで予約が完了する。依頼への参加が認められる前に予約してしまったが、キャンセル料はさほど高くない。この状況なら、別個、転げ岩ガレージまで貸出機を運ぶ依頼が出てもおかしくないため、そちらを狙ってみるのもいい。

 やきもきしながら待つこと一時間、再びマイクを片手にアニソンを熱唱し始めた千早のもとに参加受理のメッセージが届いた。


「……よ、よしっ!」


 狙い通りに事が運び、千早はふへへ、と小さく笑う。


「こ、これで測量を正確に素早くこなせば、クランの人に覚えてもらえて、お呼びがかかったりして……」


 民間クラン『新界ツリーハウジング』に加入できれば今後も戦闘を避けつつ測量の依頼がこなせるかもしれない。そんな捕らぬ狸の皮算用をして、千早は笑みを深くする。


「そ、そうとなったら、こ、転げ岩ガレージまで機体を持って行かないと」


 張り切って、千早は機材のセッティングをして、パソコンに測量用のアプリをインストールする。

 和川ガレージを出る貸出機は千早のオールラウンダーだけではなかった。道中にはオールラウンダーの他にもサイコロンやリーフスプリンターが転げ岩ガレージへ走っていた。

 これらがほぼすべて、今回の仲間である。


「うわぁ、安心感に満ちている……。うへへ」


 この依頼はちょろすぎる、とフラグを立てながら千早はインストールしたばかりのアプリの挙動を確かめる。

 和川ガレージから出発することになったのは、案外良かったのかもしれない。アプリを使っての測量には少々癖があった。

 写真を撮影し、その画像データを取り込むことでアプリが測量を行うらしい。アクタノイドは高さや角度を設定すればカメラを正確に構えてくれるため、アプリでこのようなことができるらしい。


 もっとも、画像一枚から正確に地図を作れるわけではない。死角を埋めるために別角度からの写真撮影なども必要だった。

 視野が広いサイコロンであれば機材を持つ必要もない。動画として撮影しながら移動するだけで地図を作成できてしまう。

 オールラウンダーではなくサイコロンを借りるべきだったかと少し後悔しつつ、千早のオールラウンダーは転げ岩ガレージに入った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る