第三話  名前さん、一人歩き

 ユニゾン人機テクノロジー代表取締役社長、厚穂澪はパソコンを見て呟いた。


「やっぱり駄目ね」


 予想の範疇ではあったが、残念な気持ちもある。

 呟きを聞きつけたのだろう、部下の一人が厚穂に顔を向けた。


「何が駄目だったんですか?」

「例のボマーさん。専属アクターに誘ったら断られたわ」


 丁寧な定型文でのお祈りメールだ。

 部下は驚いた顔で厚穂の方へ身を乗り出す。


「本当ですか? ウチはそこそこ有名な企業ですよ? 八儀テクノロジーの妨害もなくなりましたし、採掘も順調でこれからさらに伸びるって時なのに」

「だからこそよ。うちに所属したらもう戦えないじゃない」


 苦笑する厚穂に対し、部下は納得いかないらしい。


「戦えないってそんな、アクタノイドが破損したら大赤字でしょうに」


 そう。本来、アクターはアクタノイドの破損を恐れる。盗賊アクターと呼ばれる者たちですら、狙撃銃を構えて獲物を待つ置き撃ちスタイルが主流だ。

 だが、厚穂が想像するボマーは盗賊アクターとはまるで異なるタイプだ。

 自説を補強するように、厚穂は部下にボマーからの返信メールを見せた。


「ボマーには関係ないのよ。このメールの返信の早さを見なさい。考えるまでもなく却下って早さでしょう? あのアクターは戦いに飢えている。それも、自分にとって不利な戦いを求めているのよ」


 そうでなければ、整備も十分に行き届かない間に合わせの貸出機、それも骨董品と揶揄されるオールラウンダーを乗り回さない。

 あれだけの腕の持ち主だ。実績を提示すれば銀行が資金を貸してくれるだろうし、そうでなくてももっと高スペックの機体を借り受けても元が取れる。


「行く先々で次々と襲撃者を返り討ちにするのよ? どんな情報網があるのか分からないけれど、戦いの場に狙って現れているわ。わざわざ、オールラウンダーでね」

「まぁ、偶然にしては出来過ぎていますもんね。野衾の件だって、レアメタル鉱床の採掘拠点を狙っていたはずですけど、ボマーを待ち受けていたって考えた方が納得できる準備をしていました」

「それだけ、八儀テクノロジーにとっては恐ろしい相手だったのよ。だからこそ、手元に置いておこうと思ったのに、断られてしまったわ」


 残念だったが、これでよかったのかもしれないと厚穂は思いなおす。

 部下は神妙な顔でお祈りメールを見た。


「敵に回したくないですね」


 同感だと、厚穂は深く頷く。


「絶対に敵対はしない。でも、あのボマーはこれからもいろいろな敵と戦って恨みを買うでしょう。わが社に飛び火しないように、接近し過ぎるのもよくない。上手く付き合いましょう」


 はからずもメールの返信の早さがボマーの危険性を物語っているのだ。

 おかげで、ボマーに対する付き合い方の方向性が固まった。

 たとえそれが――勘違いだとしても。


 ユニゾン人機テクノロジーが盛大に勘違いしつつ千早を自社の戦闘クランに組み込めないという正解を導き出したころ、新界開発区の別所でも千早ことボマーの話題が上がっていた。

 私有ビルの一室で角原グループの代表、角原為之は部下からの報告書を読んでいた。

 角原グループの下部組織の一つ、八儀テクノロジーが新界開発事業から撤退。

 夜逃げ同然だったため引き継ぎなども行われておらず、さまざまな情報が真偽入り乱れていた。

 だが、角原為之にとって重要なのは八儀テクノロジーを撤退に追い込んだ一個人アクターの情報だ。


「八儀テクノロジーの野衾をオールラウンダーで撃破か。どんな戦いをしたのやら」


 野衾のブラックボックスがユニゾン人機テクノロジーに売却されたのは間違いない。

 野衾は飛行能力を持つ珍しいアクタノイドだ。現状で飛行能力が確認されているのは野衾しかないほどで、技術的には高い水準にある。

 もっとも、狙撃銃やAIが発達している現在、空に浮かぶ軽装のアクタノイドは良い的でしかない。夜間であれば多少は運用できるものの、サイコロンなどの広視野と映像、情報処理に優れた機体にはすぐに発見されてしまう。

 野衾は打たれ弱い機体なのだ。


 だが、件のボマーは見通しの悪い夜間に、映像の処理能力がなくスペックの低いオールラウンダーで、万全に待ち構えている野衾を単機撃破した。

 角原は傍らでたたずむ護衛の伴場粋太を見る。


「戦闘記録はないのか? 八儀のパソコンに録画データくらい入っていただろう?」


 角原の質問に、伴場粋太は首を横に振る。


「八儀は夜逃げしたようで、戦闘のデータは見つかりません。ボマーがウチを狙っていると見て、八儀は嫌がらせに情報を処分したようで」

「使えんな」


 ボソッと捨てるように呟く角原に、伴場はニヤニヤと笑いだす。

 角原は報告書をパソコンから削除して、椅子の背もたれに体重を預ける。


「ブラックボックスをユニゾン人機テクノロジーに取られたのが痛いな。あれを見ればわかるんだが。ボマーのその後は?」

「アカウントに動きはなく、おそらくは、転生したようで。元のアカウントも初期状態のすべて非表示だったんで、なんにもわかんないです」


 特定されないように最初から準備してあるのか、と角原は瞼を閉じて考えをまとめる。


「爆破を多用する無茶な戦い方だと聞く。アクタノイドの破損や修理費を恐れないのだろう。それだけの資金力がある裏返しだ。最初から我々を潰すつもりだったのだろうな。八儀を潰したのはまずは手ごろな戦力を削ったか。……いや、警告か?」


 足がつかないように万全を期しているが、色々と痛い腹を抱えている身だ。

 密輸をしている外国勢力、マスクガーデナーが別の取引先を見つけて関係を清算にしようと仕掛けた可能性もある。ククメルカやセカンディアップルの密輸窓口だった八儀テクノロジーが潰されたのだから、考慮した方がいいだろう。

 伴場が角原の顔色を窺う。


「ボマーを探し出して潰しますか?」

「血の気の多い犬だな、お前は。待て、だ。ボマーが何者かを知っても意味がない。後ろにどこの勢力が控えているかを探ってから、一網打尽にする。いまは泳がせておけ」


 犬扱いをされてもニヤニヤ笑う伴場を、角原は鼻で笑う。


「それに、ボマーばかりにも構っていられん。マスクガーデナーと紐付きの役人の両方から、甘城農業開発総合グループが動き出したとの情報が入った」

「なんです?」

「建築資材に適した新界の樹木が発見された。輸送路になりそうな場所をいち早く押さえる。邪魔する連中を全部潰せ。好きだろう?」


 角原の小馬鹿にするような物言いに、伴場は嗜虐的な笑みを深めた。


「地上げですか。場所は?」

「転げ岩ガレージの北から『赤鐘の森』と名付けられた地点だ。シェパードも連れていけ」

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