第二話 お祈りメール
どこか平和に依頼をこなせるクランはないだろうかと、冷ややっこを食べながら検索をかける。
アクターの本来の仕事は戦闘ではなく、新界の開発や調査だ。平和な活動を目的にしているクランもきっとある。
この一か月の戦闘だらけの依頼を振り返って自信が持てなくなっていたが、検索をかけるといくつか平和なクランがヒットした。
配信者集団である新界生配信『New World Live』や前回の依頼で絶景スポットの写真を発注していた『辺境写真撮影会』の他、新界で様々な住宅、秘密基地を作ることを目的とした趣味人の集団『新界ツリーハウジング』など、部活か同好会のようなノリのクランもある。
「配信は、むりぃ……」
コミュ障の千早に不特定多数を前にして話すのは難しい。目立たず騒がず気にされずを理想に生きてきたのだ。表舞台は眩しすぎて火傷では済まない。
「建築は、わかんない……」
工業高校卒の千早だが、建築学はさっぱりだ。大学にも行っていないのだから、足を引っ張るだけだろう。
ただ、『新界ツリーハウジング』のホームページは見ていて楽しい。
現状、新界に建築基準法などは関係ない。
新界は気候もまだデータがそろっていない上、巨大な生物が多く、アクタノイド同士の戦闘まである。どうしても、施設は防衛力が必要になるため、既存の建築基準法や都市計画法では違法になりかねない条件がそろっていた。そもそも、行政の許可が下りるのを待っていては新界の開発が遅々として進まないという事情もある。
そんなわけで、『新界ツリーハウジング』のホームページに実績として掲載されている建築物はやりたい放題に夢を詰め込んでいた。
サンドボックスゲームと勘違いしているんじゃないかと思うような、派手な建築物が多い。一応、利便性を考えているらしい紹介文が言い訳にしか見えないほど趣味に走っている。
新界における座標も表記されており、内部も含めて一般公開されている。雨宿りなどに利用していいらしい。
「ふふっ、時間があったら、見学してもいい、かも」
性格上やりたい放題できない千早は、こういった趣味に走る人達を見るのが案外好きだった。
「うーん、写真、かぁ……」
唯一、選択肢に入るのが『辺境写真撮影会』だ。
写真撮影だけを行うクランではなく、新界の測量や地図の作成と販売も行う実利的な活動も行っている。
さらには、写真もただ撮るだけでは終わらない。写真そのものをネット販売するほか、3Dデータに起こしてVRを使い、疑似的に新界を体験できるコンテンツも作っている。
工業高校で測量実習もしたことがある千早には親和性のある活動内容だ。
だが、このクランの代表者が問題のある人物である。
「鹿釜呉斗さん、うわぁ……」
写真家として有名な人物だが、とにかく評判が悪い。共感能力が皆無の鋼メンタルナチュラルサイコパスと関係者に公に批判されるほどで、関わった人間の八割が嫌うとの世評もある。
人付き合いの経験が浅いコミュ障の千早が関わって無事に済む相手とは思えない。
「うぇ……」
他にないかとクランメンバー募集の掲示板を開いてみると、一番上に赤字で注意書きがあった。素人アクターを搾取するような質の悪いクランがあるらしい。
資金繰りに窮するアクターも多いため、素人を罠にかけるような人間も出てくるのだろう。一千万という大金を持っている小心者の千早は確実に餌食になる。
こんな注意書きを見てしまうとなおさら、応募のメールを送る勇気が出ない。
千早は結局、募集掲示板を閉じてしまった。
その時、アクターズクエストに新着メッセージが入る。
「……ユニゾンさんだ」
なにかと関わることが多いユニゾン人機テクノロジーからのメッセージだった。
先日、レアメタル鉱床の採掘拠点近くで千早が仕留めたオーダー系アクタノイドについての情報だ。
『対象のブラックボックスから、八儀テクノロジーが有するオーダー系アクタノイド『野衾』であると判明しました。八儀テクノロジーはすでに度重なるアクタノイドの喪失から事業継続が不可能となり、新界事業から撤退しております。アクタノイド同士の事故では恨みを買ったアクターが襲撃されることがあるため、ここに報告いたします』
あれが八儀テクノロジーだったのかと、千早はぽけーっと読んでいたが、襲撃という文字を見てすぐさま家の戸締りの確認に走った。
「よ、よし、大丈夫」
引きこもりにとっての城にして絶対防衛圏、自宅。守りは完璧な模様。
ユニゾン人機テクノロジーからのメールには続きがあった。
『あなたの対アクタノイド戦の技量を高く評価しております。つきまして、レアメタル鉱床の採掘拠点の護衛として雇い入れたく、ご連絡いたします。弊社ユニゾン人機テクノロジー専属のアクタークランの代表として就任していただけるよう、調整しております。お返事をお待ちしております』
所属できそうなクランを探していたところだけにタイムリーなメッセージである。
だが、前提条件がすでに折り合えていなかった。
「戦いたくない、です……」
まさか就職活動に全敗してきた自分が企業へお祈りメールを書くことになろうとは、と千早は文面の参考にできそうな過去の不合格通知を探しだした。
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