第二章 誤解が加速するのなんで?
第一話 新たなアカウント
預金通帳に記載された金額を見て、千早はごくりと喉を鳴らした。
一か月ほどで増えた貯金額は一千万円。改めて数字を見ると、少し背筋が寒くなる金額だった。
「……人が死ぬ額だ」
ドラマでしか見たことのない金額を自由にできる実感に、小心者の千早はビビっていた。
もっとも、税金の支払いその他を考えると、半分ほどしか残らない。貸出機のオールラウンダーを壊してしまったら一気に目減りすることもあり、蓄えとしてはまだまだ心もとなかった。
世のアクターはこんなにも儲かっているのだろうか、と千早は自室から窓の外を眺めて尊敬と畏敬の念を抱く。
彼らはどんな風にお金を使っているのだろうと気になって、千早はスマホを取り出した。
調べてみると、アクターの平均年収は一千万円に届くかどうからしい。
千早の月収を一年で稼いでいることになる。明らかに千早の稼ぎ方がおかしい証明だった。
中にはローンで購入したアクタノイドが大破し、依頼失敗の賠償金なども重なって三千万円以上の借金を抱えて新界開発区を後にするアクターもいる。
破産するのはレアケースながら、ふとしたことで大金が吹っ飛んで資金繰りに窮するアクターは多いようだ。
最近では八儀テクノロジーという会社が短期間でアクタノイドを次々に失い、夜逃げ同然で破産したらしい。
「なんで……」
自分だけがこんなに稼げているのか不思議に思っていると、とある書き込みが目に入った。
『こんだけ世知辛いと、アクタノイドを襲って部品を売却する盗賊アクターが出るのも分かるな』
千早が他のアクターに比べて短期間で稼げた理由がこれである。
新界への物資輸送は税金の他、環境汚染を防ぐための洗浄または無菌室での生産を行うため非常にコストがかかる。
アクタノイドの部品は現状、新界での製造が一部を除いてほぼできないため輸送コストがかかる。つまり、新界でのアクタノイドは再利用可能パーツを持つ動く宝箱だった。
千早の場合、襲ってきたアクタノイドを片っ端から返り討ちにしてきたことで短期間に一千万円もの利益を叩きだした。
つまり、危険を冒さなければこれほど稼げない。
げんなりした顔で、千早はカーテンを閉める。
相当な恨みを買っているはずだ。オーダー系アクタノイドまで仕留めているのだから、ぶちぎれたアクターに家を特定されかねない。
逆恨みほど怖いものはない。
千早は通帳を机の引き出しに入れて、鍵をかける。
「こ、今後も安全な依頼だけ受けるつもりだし、せ、節約しよう……」
いままでも安全性の高い依頼を受けてきたはずだが、待ち伏せやら襲撃やらで結局戦闘になってしまっていたことには目を瞑る。
スマホを弄りつつキッチンへ向かう。時短と節約を兼ねて冷ややっこを今晩のおかずにしようと決めた。
その時、掲示板に気になる書き込みを見つけた。
「……クラン?」
クランとは、アクター同士で集まって結成する互助会のようなものだ。クランを結成することで数を揃えて安全に依頼をこなしたり、適性に合った依頼を受けられるようにするらしい。
有名なクランの中には企業が結成した物もある。
大企業である海援重工が結成した『海援隊』が代表例で、豊富な資金力と技術力で大規模な戦闘を可能にする。
民間レベルでも国内で知られる有名クランがある。
アクタノイドを使い、新界での絶景を撮影したり建築を行い、疑似サバイバル動画などを作成する新界生配信『New World Live』や新界の動物の討伐や調査、資源保護を行う『がっつり狩猟部』などだ。
特に、民間団体にもかかわらず大手のアクタノイド開発企業を凌駕するオーダー系アクタノイドの製作を行う技術者集団『オーダーアクター』など、特定分野に特化したクランも存在する。
「ほほぉ……」
千早は壁にもたれかかって詳しくクランを調べ始めた。
動物を狩ることから愛護団体に名指しで批判されがちな『がっつり狩猟部』や技術力を目当てにした引き抜きと誘拐を警戒する『オーダーアクター』は所属しているアクターたちが自衛のために名前を隠しているらしい。
千早自身、アクターズクエストにおけるアカウントは初期登録名のままで本名は非公開だ。
しかし、これらのクランに所属しているアクターは登録年月日や引き受けた依頼の活動期間と宅配や置き配の頻度などを照らし合わせて特定されるのを避けるため、複数のアカウントを作って運用しているという。
特定にはそんな手順もあるのかと、千早は青い顔をして冷蔵庫を見た。冷蔵庫の中にある食材はほぼすべて、置き配で届いたものだ。
逆恨みを買っている自覚がある千早にとって、無視できないリスクがすぐそこに転がっている。
「こ、怖ぁ……」
千早はすぐさまアクターズクエストのサブアカウントを作り始めた。本名の兎吹千早から取り、『うさぴゅー』と間抜けっぽいアカウント名にしておく。
しばらくこちらのアカウントで活動すればばれないだろうと、千早は胸をなでおろしつつ冷蔵庫を開けた。
「クランかぁ……」
人見知りコミュ障の重症者、千早には高いハードルではあるが、安全に依頼をこなせるのは魅力的だ。
メッセージ機能だけのやり取りであればどうにか付き合いもできるはず、と千早は自分に言い聞かせる。
「クラン所属のアクター、目指してもいい、かも?」
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