第二十四話 弓岩源郷

 千早は木に取り付けていたワイヤーを取り外していた。


「こ、怖かった……」


 いまだに声が震えている。

 敵機が空から下りてくるだろうことは読んでいた。ドローンを破壊されれば撤退する可能性もあったが、戦闘を避けられるのなら千早としてはありがたい。


 だが、敵機があくまでもオールラウンダーを破壊しに来た場合を想定し、千早は保険をかけていた。

 それが、張り巡らせたワイヤーである。

 このワイヤー、木に取り付けてあるものの固定されているものはごくわずかだ。単純に、固定する時間がなかったのもあるが、もう一つの理由がある。

 敵機の着陸地点を限定するためだ。


 圧縮水素ボンベの爆破で空に舞い上がったワイヤーたちは木々の枝に引っかかり、降りてくる敵機をからめとることになる。

 敵機はワイヤーが張られていることをドローン映像で知っているだろうが、爆破で舞い上がったワイヤーの位置は爆破の影響で立ち昇る雪や土埃で確認できない。

 つまり、敵機は自然とワイヤーが少ない地点に降りるしかない。その方向を限定しておけば、千早のオールラウンダーは敵機を正面に捉えられる。


 もっとも、敵機がそこまで考えるとは限らないため、千早はワイヤーの少ない箇所をユニゾン人機テクノロジーの拠点方向にしておいた。敵機がいなくても、そのまま駆け抜けて拠点にお邪魔するつもりだったのだ。

 結果として、目の前に敵機がいて、銃を構えていたのには驚いたものの、保険に構えていたシダアシサソリの死骸のおかげでオールラウンダーを破壊されずに済んだ。


 取り外したワイヤーで名前も分からない敵機の残骸を固定する。

 敵機の残骸は穴だらけだった。オーダー系アクタノイドはどれくらいしぶといか分からなかったため、念入りに銃撃したのだ。スラスターの燃料に引火して爆発するかもしれなかったが、自分の機体が壊れるよりマシである。


「これでよし、と」


 敵機の残骸をユニゾン人機テクノロジーの拠点に持ち運ぶと連絡すると、すぐに返信があった。


「えっと? ブラックボックス? 無事だと思うけど」


 オーダー系アクタノイドの構造はさっぱり分からない。

 ひとまず拠点に運び込めば後は本職が分解して調べてくれるだろう。


 千早が拠点に敵機を運び込むと、すぐに鑑定が行われた。

 立ち合うようにメッセージを送られて、千早は分解と鑑定の場で映像記録を取りつつ立ち会う。

 鑑定結果は夜明けに出された。


「……五百万?」


 大破した機体一つの買取金額としては中々のモノだ。

 ほぼ完品のランノイド系コンダクターと大破したリーフスプリンターの売却金額が同じくらいだった。

 しかし、もっと綺麗な状態で鹵獲できていれば、二千万円は下らなかったらしい。さらに、圧縮水素ボンベの依頼が未達成。経費は負担してくれるが、依頼品である圧縮水素ボンベは綺麗さっぱり吹き飛んでいる。

 圧縮水素ボンベの賠償金を相殺してあると言われれば、千早の回答は一つしかなかった。


「売ります……」


 多額の入金には心躍るものの、肝心の依頼は失敗である。それどころか、オーダー系アクタノイドをオールラウンダーで単機撃破した記録がアカウントに残る。

 つまり、依頼掲示板の優先順位は今まで以上に戦闘系の依頼が重視されてしまう。

 試合に勝って勝負に負けた気分だった。


「なんでぇ……」


 とぼとぼと、千早のオールラウンダーは朝日に照らされて拠点を後にする。

 和川上流山脈の頂上へと上り、数枚の写真を撮ってから拠点とは逆方向へ下って、撮影スポットを目指した。


 下山中にユニゾン人機テクノロジーからの振り込みの知らせをスマホが告げる。

 いつの間にか、貯金は一千万を超えている。数字だけ見れば喜ばしい。人生を舐めたくなる金額だが、稼ぎ方が問題だった。


「もっと平和にお金を稼ぎたいのに、戦闘で壊したアクタノイドを売ってばかりいる気がする……」


 まるで盗賊の所業である。

 なんでこうなった、と呟きながら、オールラウンダーを進めていく。

 すると、目的地の撮影スポット『弓岩源郷』に到着した。


「わぁぉ……」


 今まで落ち込んでいた気分が一気に持ち直す絶景だった。

 アーチ状に浸食された多数の奇岩が連なり、自然の景観でありながらどこか巨人の遺跡を思わせる。奇岩を侵食しただろう水底が青い幾筋もの川が流れ、厳かで清浄な落ち着いた空気に満ちていた。美しい桃色の花を咲かせるのびのびと成長した木々がこの土地に流れてきた平和な時間を象徴しているようだった。


「きれい……。こんなところに住んで、隠居したいなぁ」


 もう戦いはこりごりだと、千早は絶景に向けてカメラを構えた。

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