第二十三話 野衾

 夜空に浮かぶオーダー系アクタノイド『野衾』から和川上流山脈を見下ろして、アクター、八儀は眉間に皺を寄せていた。

 ボマーを仕留めるべく先回りして準備を整え、死地に追い込んだはずだった。

 しかし、ボマー操るオールラウンダーは抵抗もせずに雪原と森を駆け回り、八儀の手を逃れていた。


「妙だな」


 オールラウンダーの動きが素人すぎる。しかも、武装も対アクタノイド戦を想定したとは思えない軽装だ。

 公開受注までして誘ってきたのと同一人物だと思えない。

 無防備に圧縮水素ボンベを背負っていたのも気にかかる。襲われるとは一切思っていなかったのか。

 違和感が大きいが、だからこそ慎重になるべきだと八儀は自分に言い聞かせる。


 野衾が上空にいる限り、オールラウンダーはこちらを攻撃できない。ドローンで囲んで撃てば終わりだ。

 ただ、作戦通りに動けばいい。

 八儀はドローンを操作する部下にボイスチャットで話しかける。


「発見できたか?」

「まだです。夜間ですからね。ただ、包囲網は狭めていますし、ユニゾンの連中も防御を固めていてこちらには来ない。潰せますよ」

「当然だ。だが、注意しろよ。あのボマーには三機も潰されてるんだ。雪も固めてあるから雪煙は出せないとはいえ、空から雪が降ってくると電波障害も起きかねない」

「分かってます。ただでさえこの森ですからね」


 前日に短時間ながら雨が降ったのもよかった。

 標的のオールラウンダーはちょこまかと逃げ回っているが、野衾で広範囲に水を散布済みな上、雨のおかげで雪は固い。

 オールラウンダーは詰んでいる。


 八儀が野衾のスラスター燃料の残量を確認した直後、森から発砲音が響いた。

 すぐさまモニターを見た八儀は、ドローンの一機から全体に共有された映像を見て会心の笑みを浮かべる。

 映像には、アクタノイドのモノと思われるマズルフラッシュが捉えられていた。


「はっ、野郎、焦れて尻尾出しやがったぜ!」


 オールラウンダーが詰んでいると判断したボマーが一か八か、上空の野衾へ発砲したのだろう。銃弾は届いていないが、気持ちは分かる。

 八儀の部下たちが操作する四機のドローンが一斉にマズルフラッシュの地点へ向かう。

 電波状況を維持すべく、八儀も野衾を動かした。


 野衾の背部スラスターの角度を変更し、滑空するように雪原の上を飛行する。高度は多少下がるものの、オールラウンダーの銃は届かない高さを維持し続ける。

 ドローン四機がマズルフラッシュを確認した地点の周辺に到着したとの連絡が入った。


「囲んで潰せ。弾は惜しむな。確実に壊せ」

「了解」


 ドローンに搭載した銃器では相応に接近しなければオールラウンダーの装甲を抜けない。しかし、四方向から距離を詰めれば、オールラウンダーでは対処できないはずだ。


「ワイヤーが張られています」

「小細工ですね。ドローン相手に障害物にもならないです」


 部下たちの報告通り、共有される映像にはちらほらと木々の間に張られたワイヤーが映り込む。

 マズルフラッシュの現場近くの上空で野衾を滞空させ、八儀は木々の隙間にオールラウンダーの姿を探す。


 八儀より先に、ドローンを操縦する部下たちが標的を発見した。


「見つけました!」

「撃て、撃て!」


 途端に森から無数の発砲音が響き始める。

 勝った、そう確信した瞬間、それは起きた。

 轟音と共に地面が滞空する野衾の目の前まで盛り上がる。


 回避行動もとれず地面に飲まれた野衾のモニターを見て思わず固まった八儀だったが、野衾の計器類が正常に動いていることに気付いて、なにが起きたのかを理解する。


「圧縮水素ボンベを雪の中に埋めて爆破した、のか?」


 銃の連射では雪煙が立たない。だから爆破して無理やり掘り起こした。大量の雪と土砂に呑まれたドローンは四機ともが通信途絶している。


「……理解はできるが、そこまでするか?」


 輸送品を隠して置くのならば分かる。あとで位置情報を依頼主に送ればいくらかは報酬をもらえるはずだ。

 だが、発破に使う。横領するとなると弁償に加えて評判も悪くなる。


「ははっ、まじで素人アクターだな。オールラウンダーを壊されたら再起不能な資金力か? 好都合だ」


 八儀は野衾を地面に着地させる。板バネの脚は着地の衝撃を完璧に消し、展開していたスラスターは背中に折りたたまれた。

 野衾は上空で発砲することができない。反動が大きな銃を扱うと姿勢制御が効かずに墜落の危険性があるためだ。

 だが、今の状況ならば勝機は十分以上にある。


 八儀は野衾のメインウェポンである大口径拳銃『穿岩』を引き抜き、雪煙の中へ向ける。

 この距離なら、オールラウンダーの装甲をピアシング弾で撃ち抜ける。ドローンの補助に使っていたメモリも姿勢制御と命中精度を向上させる各種アプリに回し、必中の態勢を作る。

 この雪煙が晴れた時が奴の最後だ。


 水素爆発でオールラウンダーが吹き飛んでいればそれでよし、生き残っているのなら死にぞこないをぶっ壊す。

 直後、雪煙の中からオールラウンダーが突っ込んできた。


「――は?」


 雪煙で完全に見えなかったはずだ。なぜ、野衾を先に発見できたのか。

 いや、それどころではない。


 野衾が搭載していた各種AIの制御を受けて、八儀が操作する前に発砲する。しかし、放たれた銃弾は容易く受け止められた。


 ――オールラウンダーが盾として掲げるシダアシサソリの死骸に。


 ドローンに追いかけられ続けて、位置を悟られないよう発砲一つしなかったボマーに、シダアシサソリを仕留める時間があるはずもない。


「どこで拾ってきやがった!?」


 立て続けに引き金を引きながら、野衾を後ろ向きに走らせる。

 野衾の板バネの脚は前方へ走るのならともかく逆走には不向きだ。オールラウンダーに追いつかれる時間をわずかにでも遅らせる効果しかない。

 わずかに稼いだ時間で撃ちこんだピアシング弾はことごとくシダアシサソリの死骸に受け止められ、オールラウンダーを仕留めきれない。


 オールラウンダーが突撃銃ブレイクスルーを野衾に向けた。

 フルオート射撃で放たれた無数の弾丸が野衾の装甲を容易く撃ち抜き、無数の穴をあけていく。

 空を飛ぶための軽量化を施された野衾は撃たれた衝撃で無様に踊らされる。その激しさは八儀の目の前のモニターに映し出される映像のブレが物語る。

 そんな視点の定まらない映像は唐突に終わり告げ、『NO SIGNAL』の文字が表示された。


 八儀は髪を掻きむしった。


「あれがボマーか。……イカレてる」

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