第二十二話 依頼失敗、の予告

 圧縮水素ボンベを背負ったまま、オールラウンダーは森を走り抜ける。

 相手がユニゾン人機テクノロジーの拠点を攻撃しているのなら、拠点周囲に敵が複数潜んでいる可能性がある。オールラウンダー単機で勝てるはずもない。

 千早は拠点を一度素通りし、和川上流山脈の山頂の方へと上っていく。高所が取れれば敵機の配置が分かるかもしれない。


「ひゃぁっ!?」


 近くの木の幹が弾ける。オールラウンダーを狙った弾丸が着弾したのだ。

 暗いためどこから撃ったのか分からないものの、狙撃銃にしては威力が低い。

 木の裏に隠れて銃弾が飛んできた方向をちらりと見るが、アクタノイドらしき影はなく、足音もしない。雪に足跡もないのは不自然だ。


「……あ、ドローン」


 ランノイド系のコンダクターのようにドローンを攻撃手段にしていれば足跡も残さない。夜間であれば発見される可能性も少ないため、ランノイド系の打たれ弱さも弱点になりにくい。


 だが、ここはシダアシサソリの生息地だ。ランノイド系が単機でいればシダアシサソリの襲撃を受けた際に対応できない。

 相手が複数いる可能性が高まって、千早は涙目になりつつユニゾン人機テクノロジーの拠点からさらに離れる。


 しつこく追ってくるドローンを木々を盾にして躱していくが、銃撃を何発かもらっていた。

 遠くから軽ラウンダー系のオールラウンダーの装甲を抜くほどの威力はないようだが、それでもモニターに映る機体の装甲は凹んでいた。確実に修理費を取られることになるだろう。


 圧縮水素ボンベに銃弾がかすめてひやりとしながら、千早は一発も撃たずにドローンを撒いた。

 木々が密に生えている一画にオールラウンダーを滑り込ませて、千早は大きく息を吐きだして胸を押さえる。


 想像以上に相手がしつこい。狙いが拠点ではなく千早ではないのかと思うほどだ。遠方にある拠点からは銃声一つ聞こえてこないのも気にかかる。

 それに、最初の襲撃地点からかなり距離を取ったのにドローンが追いかけてきているのもおかしい。これだけ木々が間にあるのだから、いくらランノイド系で電波を強化してもドローンの操作に不備が出るはずだ。


 しかも、ドローンはおそらく一機ではない。最低でも二機、感覚的には三機ほどいそうだというのが千早の見立てだった。

 連射可能だが威力がさほどないドローンと、単発ながらオールラウンダーの装甲を大きくへこませてよろめかせるほどの威力があるドローンの二種類がいる。いくら大型ドローンでも二種の銃器を積めるとは思えず、連射式のほうも弾薬数を考えると二機いると考える方が妥当な頻度で撃ってくる。


「……それに、なんか、自動制御じゃないっぽい?」


 三機のドローンとも動きが人間臭い。機体の回収依頼で一緒になったコンダクターが操るドローンは決められたルートを巡回したり、特定の機体についていく動きをしていた。

 AI制御のドローンで顕著なのが障害物をよける動きだ。障害物を認識し、停止、避けて加速といった動きをする。

 しかし、千早のオールラウンダーをつけ狙ってくる三機のドローンの動きは停止せず、障害物をあらかじめ回避しながら加速する動きをしている。地球で人間が操作しているため、ラグを考慮して早めに回避行動をとらないと激突するのだろう。

 AI制御に比べて速度が遅いのもラグを考慮していると思われる。おかげで千早のオールラウンダーでも撒くことができた。


「でも、アクタノイドはどこ……?」


 電波が届く位置にいなければいけないはずだが、森の中に潜んでいるとすれば電波強度がありすぎる。

 三機のドローンに電波を届かせるとなると、雪山の上にでも居そうだ。だが、オールラウンダーが頂上へ向かって走るのを妨害するような動きをするドローンはいなかった。


 千早は今のうちに依頼品である圧縮水素ボンベを雪の中に埋めて隠す。これで千早のオールラウンダーが破壊されてもすぐさま依頼失敗にはつながらない。

 埋めながら相手のアクタノイドの位置をあれこれ考えていた千早はまさかと思いながら森の上を見上げる。


 ドローンへまんべんなく電波を届け、シダアシサソリなどの生物をやり過ごせる位置――空の上。

 夜の空は暗く、山脈にぶつかった水蒸気を含む風の影響で雲も発生している。雲の中なら月明かりが届かない。

 雲の切れ間を探してカメラを拡大して探しつつ、千早は圧縮水素ボンベを埋めた地点を離れた。


 木々に身を隠し、これ見よがしに飛んでいるドローンには手を出さず、ひたすらに隠密行動に徹する。

 十分ほど空ばかりを観察して目が乾燥してきた頃、千早はようやくそれを見つけた。

 板バネの脚をもつ細身のアクタノイドが宙に浮いている。背部でムササビの膜のように展開しているスラスターで滞空しているらしく、おぼろげながらスラスターの炎が見えた。


「本当に飛んでる……。ど、どうしろと? チ、チートや、こんなんチーターや……ふひっ」


 金属製の人型であるアクタノイドを宙に浮かせるだけでかなりの燃料を使うはずだが、移動時には滑空するのだろう。自由自在に飛べるような構造には見えない。

 空を飛んでいる以上、軽量化のため装甲は薄く、突撃銃や拳銃でも射程に捉えられれば装甲を抜けるはずだ。

 しかし、展開されているドローンが接近を許してくれるはずがない。


 あのような形状や能力を持つアクタノイドは市販されている機体にないため、まず間違いなくオーダーメイドの機体、オーダー系アクタノイドだ。飛行能力以外にどんな能力を隠し持っていても不思議ではない。


 骨董品、オール・ド・ラウンダーなどと呼ばれる貸出機で相手にできるはずもない。


「れ、連絡しよ」


 ユニゾン人機テクノロジーに敵機発見の報告と映像を送信する。援護射撃があれば、千早が逃げ出す隙くらいはできるかもしれない。

 だが、返信は無慈悲だった。


『夜間であるため、拠点から飛行するアクタノイドを発見できず、援護射撃はできません。相手の目的が分からない以上は拠点から戦力を出すこともできません』


 一人で片付けろとのお達しに、千早は肩を落とす。

 付記された、敵機を撃破すればボーナスとの文言も、千早には慰めにならない。


「もうやだぁ……」


 情けない声を出しながら、千早は雪に埋もれたシダアシサソリの死骸を掘り起こす。初めて和川上流山脈に来た際にワイヤートラップで仕留めた獲物だ。雪深いおかげか腐りもせずに残っていた。

 仮に腐っていても、オールラウンダーを操縦しているだけの千早に臭いは届かないのだが。


 ワイヤーをシダアシサソリの死骸に引っ掛けて、千早はオールラウンダーを操作する。

 ユニゾン人機テクノロジーへ、メッセージを送信した。


「い、依頼失敗します」


 謝罪の言葉を入れないのは、援護一つしてくれない依頼主への恨みからだった。

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