第二十一話 待ち伏せ
スライディングの要領で雪上を滑り降り、雪煙を立ち上げる。
千早が操縦するオールラウンダーは腰に提げたサブウェポン、大口径拳銃『穿岩』を引き抜き、木の幹に手をかけてぐるりと幹を半周し後ろを向く。
雪煙を突き破って滑走してきたシダアシサソリに向けて、穿岩からピアシング弾が飛び出した。
生身で撃てば肩を壊すような反動がオールラウンダーの腕を伝わる。それだけの爆発力で加速したタングステンの芯を持つ弾頭はシダアシサソリの胴体を貫通した。
しかし、シダアシサソリは弾丸一発で止まるほど軟な造りをしていない。痛みも感じていない様子で滑走してきたシダアシサソリは両手のハサミを開き、オールラウンダーに振りかざした。
「なー!」
よく分からない悲鳴を上げながら、千早は感圧式のマットレスの上で左に体重をかけつつ飛ぶ。通信を受けたオールラウンダーが左へ跳び、雪の上を転がった。
自動制御で素早く受け身を取ったオールラウンダーを和川上流山脈の中腹に向けて走らせる。
シダアシサソリは空振って雪に突き刺してしまったハサミを引き抜き、方向転換する。横腹を晒したその時、千早のオールラウンダーが穿岩の引き金を引き、銃撃を見舞った。
横腹にピアシング弾の直撃を受けたシダアシサソリの動きが鈍る。複数撃ち込まれた弾丸のどれかが内臓を傷つけたらしく、青い血が流れだした。
あの傷ならオールラウンダーに追いつけないだろうが、シダアシサソリのしつこさを知っている千早は気を抜かない。圧縮水素ボンベを搬入するユニゾン人機テクノロジーの拠点にシダアシサソリを連れていくわけにはいかないのだ。
森の中で、千早のオールラウンダーは両手で穿岩を構え、走り出したシダアシサソリに狙いを定める。
タンッタンッと二発、立て続けに発砲する。
的の大きなシダアシサソリの胴体にさらに二つの穴が開き、シダアシサソリは血が回らなくなったのか脚を動かせなくなった。重力に引かれて雪の上を滑り落ちていったシダアシサソリの死骸は木々に引っかかって停止する。
ようやく息を吐きだした千早は穿岩の弾倉を交換しながら圧縮水素ボンベを隠した場所へと引き返した。
「オプション付けてよかったぁ」
前回、突撃銃では歯が立たなかったシダアシサソリの襲撃に備えて装備した穿岩をメインカメラの前に掲げる。
オールラウンダーを借り受ける際に追加料金を支払うことでオプションを選択できる。オプションで装備できる武器は様々だが、今回は取り回しに優れた拳銃、穿岩を選択した。
ピアシング弾は芯にタングステンを使用し、装薬の量も多いことから値が張る。今回は経費をユニゾン人機テクノロジーが出してくれるので、よほど使いすぎなければ安心だ。
盗まれたり動物にいたずらされないよう雪をかぶせて隠した圧縮水素ボンベを掘りだし、オールラウンダーに背負わせる。
千早は地図とバッテリー残量を見た。残量から見て十分に余裕がある。
あと数時間で目的地であるレアメタル鉱床の採掘拠点だ。
オールラウンダーに雪の上を歩かせながら、千早はユニゾン人機テクノロジーにメッセージを送り、事前に決められていた識別信号を発する。
そろそろ拠点周囲の警戒網に引っかかるため、襲撃者と誤認されて攻撃されないよう連絡しておくのだ。
連絡が来ないのを不思議に思いつつ三十分ほど雪山を上らせた千早は、少し離れた森の縁に半ば雪に埋もれた黒い何かを見つけて警戒し、脚を止める。
オールラウンダーのメインカメラを操作し、映像を拡大した。
「……バンド?」
軽ラウンダー系に分類される機体、バンドが三機倒れていた。
安価だが馬力があり、反応もいいことから工事現場でよく使用される機体だ。手っ取り早く数を揃えられる利点から、拠点の開発初期などによく活用されると聞く。
バンドは三機ともカメラがついている頭部を破壊されている。
――バンドを破壊した何かが近くにいる。
即座に千早は感圧式のマットレスを強く踏み込み、オールラウンダーを走らせた。
刹那、雪に銃弾が撃ち込まれる。圧縮水素ボンベを狙ったらしいその一撃はラグの影響か、オールラウンダーが駆け出したからか、運よく圧縮水素ボンベに当たらなかった。
「やばぁ!」
圧縮された水素が充填されたボンベである。銃弾なんて撃ち込まれれば大爆発だ。金属の身体を持つオールラウンダーといえど、背負った輸送品が爆発したらひとたまりもないだろう。
必死に森へと駆けこませながら、オールラウンダーに突撃銃を構えさせ、雪に連射する。
だが、先ほどのシダアシサソリ戦の時とは違い雪が舞い上がることはなかった。
「水でぬらして固めてある!? なんでぇ!?」
明らかに異常事態だ。待ち伏せといい、雪を固める事前準備といい、千早の行動パターンを読んで対策を打ったとしか思えない。
オールラウンダーをどうにか森に逃げ込ませ、千早はユニゾン人機テクノロジーに再度連絡する。
千早が送ったメッセージへの返信は、オールラウンダーを森の奥へと逃がしている間に来た。
『バンド三機を破壊されたため、現在は拠点防衛に専念しています。夜間戦闘で機体を減らすわけにはいかないため、加勢できません』
筋が通っている。夜間戦闘はリスクが大きいのも同意する。
しかし、だ。
『圧縮水素ボンベの納品をお待ちしております』
この一文は千早も納得できなかった。
夜間戦闘で、準備万端待ち受けている姿の見えない襲撃者をかいくぐり、銃弾一つで爆発する圧縮水素ボンベを納品しろと言われた千早は涙目で呟く。
「無茶だってばぁ……」
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