第二十話 その気はないお誘い

 より多くの非戦闘系の依頼をこなせば、より早く依頼掲示板の洗浄ができる。

 そう思い立った千早は和川上流山脈に行く依頼はないかと探して、ある依頼に目を留めた。


 ユニゾン人機テクノロジー発注の、『水素エンジンに使用する圧縮水素ボンベの運搬と拠点への搬入』依頼だ。

 和川上流山脈のレアメタル鉱床を利用するべく、建設機械を動かす圧縮水素ボンベを届けて欲しいらしい。

 前回の襲撃を踏まえて鉱床付近は簡易的ながら陣地が作られ、警備のアクタノイドが常駐している。圧縮水素ボンベをそのアクタノイドに届ければ依頼完了ということだった。


 圧縮水素ボンベは60キログラム程度。アクタノイドであれば十分に運搬が可能な重量だ。

 加えて、襲撃を警戒しているのか常設の依頼になっている。いつ圧縮水素ボンベを運ぶアクタノイドが来るか分からない状態を作り出し、待ち伏せ側を疲れさせるつもりだろう。


「……いや、襲撃されるの嫌だし」


 報酬が四十万円。さらに経費もある程度は負担してくれるようだ。

 経費を負担してくれるのは大きい。バッテリーや弾薬費を出してもらえるのなら高確率で赤字を回避できる。

 正直、美味しい依頼だ。


 だからこそ、この依頼を受けるアクターは千早だけではない。

 千早はこの依頼における現在の損耗率を閲覧する。損耗率は十二パーセントちょっと。八回受注されて一回破壊されているようだ。その記録もシダアシサソリによるもので、盗賊アクターから襲撃を受けたアクタノイドはいない。

 これなら、受注してもよさそうだ。


 この条件でも、いつもの千早ならリスクが高いとスルーしてしまう案件だった。

 しかし、今は少し事情が違っている。とにかく掲示板における戦闘系の依頼の優先度を下げたかった。

 物資の搬入は一般的な依頼内容だけに、きちんとこなせば戦闘系の優先度を薄める効果が期待できる。


「よ、よし、行ってみよう……」



 次々とアクタノイドを破壊された『八儀テクノロジー』の代表、八儀は焦っていた。

 元々中小企業に該当する八儀テクノロジーだが、新界開発区の工場設立などで資金繰りが厳しい時期だった。

 そこに新界での手足であるアクタノイドが次々に大破、鹵獲されてしまった。新界での業務に差支えが出るレベルだ。


 慣れないスーツを着た八儀はタクシーを降りる。

 目の前には巨大なビルがあった。新界開発区の市役所にほど近い一等地に立つ私有ビルだ。

 ごくりと喉を慣らし、八儀はビルに入る。


「角原為之議員に面会を」


 ビルの受付で用向きを告げると、受付の女性はニコニコと愛想笑いでカードを差し出した。

 このビルの所有者である角原為之は、新界開発区にいくつか存在する勢力の一つ、角原グループと呼ばれる勢力の代表者だ。


 角原グループは角原為之を筆頭とし、新界資源庁を含む省庁の天下り役人と実務者、そして八儀テクノロジーのような中小企業で構成される。

 いうなれば、八儀にとっての上司、それもグループ会長にあたる雲の上の人物が角原為之だった。


 ビルの七階にある巨大フロアの一角に角原為之の部屋がある。八儀は部屋の扉をノックして、中に呼びかけた。


「八儀テクノロジー代表の八儀です」

「あぁ、君か。どうぞ、入ってくれ」


 声質が柔らかいのにどこか上からのしかかってくるような圧力のある声が入室を促す。

 八儀が部屋に入ると、中には二人の人物がいた。


 上等な革張りの椅子に座ってパソコン画面を眺めているのは角原為之。目つきの鋭い細身の男で細フレームの眼鏡をかけている。ちらりと見えるパソコン画面には半分ほど埋まったクロスワードパズルが表示されていた。


「これ、分かるか? なんとかもなんとかで光るってことわざなんだが」


 角原が画面の一部を指さして、傍らの男に問いかける。

 肩幅の広い小太り体型の男だ。ニヤニヤと嫌味に笑ってちらりと八儀を見る。

 角原為之の護衛、伴場粋太だ。

 伴場は肩をすくめ、八儀を顎で指した。


「分かりかねます。あちらに聞いては?」

「八儀君、分かるか?」


 角原がようやく八儀を見た。

 嫌味な質問だ、と八儀は内心の憤りを押さえて答える。


「……阿弥陀も銭で光る、です」

「ああ、そうだった。なかなか学があるんだな?」


 わざとらしく感心して、角原は八儀を睨んだ。


「金にまつわることわざは実に多いな。それだけ、人生においても社会においても、歴史においても重要なのだろうなぁ。ところで、意味は?」

「阿弥陀様のご利益も金次第で大きさが変わる」

「伴場、勉強になったな?」


 角原が声をかけると、伴場はニヤニヤ笑って頷いた。


「うっす」

「さて、八儀君、用件は何かな?」


 分かっているくせに、角原は無表情で問いかける。

 八儀はそれでも支援を願わずにいられなかった。


「敵対的なアクターを排除するため、アクタノイドの増援をお願いします」


 八儀テクノロジーのアクタノイドをこの短期間で次々に破壊したアクター、通称ボマーの排除。それこそが今日恥を忍んで角原を訪ねた目的だった。

 角原は呆れたような顔で八儀を眺める。


「八儀君、増援と言ってもね。アクタノイドは高いんだ。その指揮権を、敗戦続きの君に預けるのはね?」


 言いたいことは分かる。骨董品と揶揄されるオールラウンダー、しかも共食い整備でガタが来ていてもおかしくない貸出機を相手に八儀テクノロジーは敗北を重ねた。

 ベルレット、リーフスプリンター、コンダクター。どれも優秀な機体だ。

 だが、ここで引き下がるわけにはいかない。


「奴は異常なんです! ためらいなく『ククメルカ』の群生地を爆破するような、勝つために手段を選ばない奴です。ここで仕留めておかないと……」


 八儀が言葉を濁すと、角原は冷たい顔で促した。


「仕留めておかないと?」

「……我々の脅威になります」


 角原が鼻を鳴らして小ばかにし、パソコン画面に向き直った。


「主語が大きいね? 君の、脅威になるんだろう? 我々の、脅威ではないんだ。君たちに残されたアクタノイドは後一機、『ククメルカ』の群生地も失った。もう君たちに利用価値はないよ」


 そう言って、思い出したように角原は八儀を横目で見る。


「残った最後の一機はオーダー系だったか。適正価格で買ってもいい。社員の退職費と引っ越し費用にはなるんじゃないか?」

「待ってください。こちらにだって交渉カードはあります。例の国との密貿易を暴露してもいいんですよ?」


 こちらは捨て身だと示すつもりのカードを切ると、角原は心底馬鹿にしたような顔で八儀を見た。


「密貿易? 新界産の動植物やアクタノイド関連技術の海外取引は国際条約違反だ。八儀テクノロジーはそんな行為に手を染めていたのか? 由々しき事態だな。警察に連絡しようか?」


 トカゲの尻尾として切るつもりだと、暗に言われて八儀は怯んだ。

 クロスワードパズルの問答で察していたが、もうすでに八儀テクノロジーを切る準備は済んでいたのだろう。

 虎の子の交渉カードすら役に立たないと知っても、八儀は食い下がる。


「待ってください! 奴は血に飢えた獣ですよ? 私たちの次は――」

「――舐めんな」


 横から口を挟んだ伴場に凄まれて、八儀は口を閉ざす。

 角原はもう興味もないのか、クロスワードパズルに答えを打ち込んでいた。

 交渉失敗だ。


「……失礼します」


 部屋を退出した八儀は歯を食いしばって、スマホを取り出す。

 自らの敵、ボマーのアカウントを見て、八儀は覚悟を決めた。


「公開受注だと? 誘ってんのか、ボマーめ。……花火で遊ぶのもお終いにしてやる」

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