第十八話 戦利品は鹵獲機体と恨み

 元々回収予定だったジャッカロープや大破したオールラウンダーに加え、撃破した敵機を積むと輸送車の余裕はなくなった。

 バッテリーの消費が激しい重ラウンダー系のキーパーなどを優先的に車両に乗せると、劣悪な環境でも動けるのが売りのオールラウンダーは輸送車に並走することになる。


 帰り道はゲームができないな、とぼんやり考えつつ、千早のオールラウンダーは輸送車の右隣を並走する。

 ボイスチャットからジャッカロープのアクターが報告する。


「襲撃者のブラックボックスを解析してみないと分かりませんが、おそらく『八儀やつぎテクノロジー』所属の傭兵アクターですね」


 八儀テクノロジーは日本のアクタノイド向け銃器メーカーだ。アクタノイドの改造も請け負っている中規模の会社である。

 輸送車を運転するオールラウンダーのアクターが嫌そうな声で呟く。


「八儀テクノロジーか。あまりいい評判を聞かないな」

「角原グループと繋がってるんだっけ? 盗賊ムーブしてももみ消せるからってやりたい放題してるのは噂に聞いてるけど」

「角原為之議員な。証拠はないけど、胡散臭いよ。それより、八儀テクノロジーの傭兵を倒したのは不味かったかもね。他に手がなかったからしょうがないけど」


 びくり、と千早は体を震わせる。

 直接、八儀テクノロジーのアクタノイドを撃破したのは千早だ。報復されるとしたら真っ先に狙われる。


「八儀テクノロジーと敵対して、しつこくアクタノイドを壊されて借金を負って新界開発区を出ていったアクターもいるんでしょ? だからみんな避けてるわけだけど」

「待って。そもそも、八儀テクノロジーで確定したわけじゃないんでしょ? ブラックボックスの解析も済んでないのに、なんで八儀テクノロジーだと思うの?」


 当然の質問だったが、ジャッカロープのアクターは内密に、と前置きして答えた。


「みんな、今回の依頼はユニゾン人機テクノロジーから受けてると思います。実は、ユニゾン人機テクノロジーが襲撃を受けたのは今回だけではなく、以前から八儀テクノロジーと思われるアクタノイドからの襲撃を受けているそうです」

「損耗率がやけに高くなっていると思ったらそういうことか。でも、今回は襲撃者がククメルカの群生地を秘匿していたから起きた戦闘だろ。ユニゾン人機テクノロジーとは関係がないはずだ」

「そこが確信を持てない理由です。ただ、数日前にユニゾン人機テクノロジーの依頼を受けたアクターが撃破したベルレットのブラックボックスから得た情報では、八儀テクノロジー所属らしき痕跡がありました」

「なるほど。今回の襲撃者の所属はともかく、ユニゾン人機テクノロジーの依頼を受けている俺たちは八儀テクノロジーの襲撃を警戒して帰還しろってことか。まぁ、最初から襲撃に備えているから今さらだけどな」


 一人を除いて、とキーパーのアクターが言うと、全員が黙りこむ。

 言わんとすることに気が付いた千早は沈黙に耐え切れず笑いをこぼす。


「ふふひっ」

「あぁ、まぁ、あんたは気にしないか。むしろ歓迎って感じだろうな。俺らは巻き込まれたくないから、この依頼までの付き合いってことで」


 歓迎してないです、と千早は喉元まで出かかった言葉を飲み込む。否定すれば会話が広がり、否応なくコミュニケーションを取ることになる。コミュ障の処世術だった。

 千早は必要以上に各部のモニターに視線を配り、襲撃を警戒し始める。

 輸送車を運転するオールラウンダーが輸送車の積荷になっている襲撃者の機体を肩越しに親指で示す。


「なら、あれはどうします?」

「売却するとさらに恨まれるかもって話なら今さらだと思うが、売却益の分配の話か?」

「えぇ、それです。まぁ、ボマーさん一人の手柄といってもいいくらいですし、私たちは分配から外してもらっていいです」


 ボマーって誰? と千早は少し考えた後、先の戦闘で手榴弾を使ったのは自分だけだと気付いて正体を察する。

 千早の困惑に誰も気付かないまま、キーパーが話を続けた。


「恨みを買いたくないから、俺たちも分配から下りる。ボマーさん総取りってことでいいんじゃないかな?」

「どうしますか、ボマーさん。どっちにしても、ちゃんと転げ岩ガレージまでは運びますよ」

「……はぁぃ」

「ん? ちょっと混線した? まぁ、いいかな。ボマーさんに不利益はないしね」


 話がすっぱりとまとめられてしまい、千早は涙目になる。売却益と一緒に恨みまで総取りが確定した。


 そんな会話を終えてたどり着いた転げ岩ガレージは丘陵地帯に建てられていた。

 周囲には大小さまざまな岩が転がる水はけのよい土地で、ここを所有管理している甘城農業開発総合グループの実験農場がある。

 アクタノイドを駐機する倉庫の他、農場で生産した植物の研究や分析をする施設をぐるりと有刺鉄線や木の柵で囲んでいる。所々に重機関銃が設置されており、防衛力も高いようだ。


 輸送車を乗り入れて、内部にあるアクタノイドの整備工場に積み荷を運ぶ。

 ユニゾン人機テクノロジーの依頼完了を確認して解散していく他のメンバーを見送り、千早は襲撃者の機体を売却した。


「お、終わった……。大変だった……」


 どっと疲れが押し寄せて、千早はオールラウンダーを倉庫に駐機して接続を切る。

 胃を押さえて、千早はスポーツドリンクを手にする。

 一口飲んで気分を落ち着けた後、感圧式のマットレスの上にへたり込んだ千早は床を見つめて呟いた。


「なんで戦わされてるの……?」


 割にあっているのか、と疑問が浮かぶ。

 その時、早くも襲撃者の機体の査定が終わり、評価額がアクターズクエストのアカウントに届いた。


「……ご、五百三十万円?」


 ランノイド系であるコンダクターがほぼ完ぺきな状態で残っていたため、評価額がかなり高くなっていた。


「ふふっ、頑張った甲斐はあった、かも?」


 現金な少女千早は少し浮かれた顔で呟く。

 買った恨みは極力考えないことにして。

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