第十六話 戦闘の本質は嫌がらせ
アクタノイドでの狙撃は至難を極める。
照準補正があるとは言っても、ラグを加味した偏差射撃など人間業ではない。
わらべが撃たれたのも、大破したオールラウンダーに接近したところを狙われている。
ならば、即座に動くのが正解だ。
千早たちの判断は早かった。ある者は即座に広場の藪に伏せ、ある者は森に駆けこむ。
「ドローンで狙撃者を探して!」
「ジャッカロープご自慢の集音機に発砲音は入った?」
「――悪い知らせがあります」
口々に狙撃手の情報提供を呼び掛けるアクターたちを一言で黙らせたジャッカロープのアクターが続ける。
「集音機に足音が入りました。ハフロンディスの群れがこちらに向かっています」
「この状況でよりによってハフロンディスかよ」
新界生物ハフロンディスは巨大なワニのような生き物だ。頑丈な鱗に覆われているため銃器の効果が薄く、しかも素早い。二十頭ほどの群れを作るのも厄介なところだ。
しかし、こちらは重ラウンダー系のキーパーがいる。キーパーの武装は軽機関銃『雑賀=カウンターウェイト』だ。アクタノイドでも射程内ならスクラップに変える重武装だけに、ハフロンディス相手にも有効な品である。
その仲間のサイコロンも取り回しを意識してか海援重工製の拳銃『龍咆』を持っている。この拳銃は反動が大きいものの新界の大型爬虫類向けに開発された高威力拳銃で、ハフロンディスにも当然効果が高い。
もっとも、狙撃手に狙われている状態ではまともに戦えない。
誰かが背後を守らなくてはならないのだが、そうなると当然ハフロンディス相手に戦う武装を持っていないものに白羽の矢が立つ。
「ジャッカロープとオールラウンダーで狙撃手を牽制してくれ」
ですよね、と千早は涙目で天井を仰いだ。
「ふ、ふひっ……」
ボイスチャットがオンになったままなのも忘れて不気味に笑った千早に、ジャッカロープのアクターが気味悪がる。
「こんなピンチに笑えちゃうんだね……」
「あ、いや、ふへへっ」
胃痛を覚えつつ、千早はオールラウンダーを操作する。
狙撃手がどこに潜んでいるのか分からない。だが、わらべを狙撃できた以上、森の中に潜んでいるとは考えにくい。木々が鬱蒼としていて射線が通らないのだ。
どこかの山からの狙撃ではないかと、千早は東に見える和川上流山脈を見る。流石に遠すぎる気がした。
となると、ひと際背の高い木の上に陣取っているのかもしれない。
千早はバックカメラを見る。
森の中でハフロンディスを相手に戦っているキーパーたちの姿が見える。数が多いのか、じりじりと後退しながら弾幕を張っていた。後退を続ければ広場に姿をさらし、狙撃手に狙われてしまう。
千早が狙撃手の気を引かなければいけないのだが、狙撃銃を持っている相手に千早のオールラウンダーは無力だ。突撃銃の射程内に狙撃手がいるとは考えにくい。
時間がない。こうしている間にも、狙撃手は千早たちが広場に出てくるのを待っているはずだ。最悪の場合、千早のオールラウンダーが的になって狙撃手のいる方角を調べることになる。
貸出機であるオールラウンダーが破損した場合、赤字は確実。数十万円の修理費を請求されてしまう。大破などしようものなら数百万の弁償だ。保険があるとはいえ、絶対に嫌だった。
なんでこんな何もないところで襲撃されているのかと涙目になった千早はふと思う。
狙撃手は、ここに他のアクタノイドを近寄らせたくないのではないか、と。
回収依頼が出されたオールラウンダーが放置されているのが気になったのだ。盗賊なら、仕留めた機体を野ざらしにしない。
そもそも、最初のオールラウンダーはなぜ狙撃されたのか。こんな深い森では狙撃銃よりも取り回しに優れた銃を持ち込むはずだ。狙撃手など、本来はいないはずである。
狙撃手は偶然ここにいたわけではない。だが、盗賊目的でもない。
「……知られたくない何かを守ってる?」
ここは他のガレージからの電波が届きにくい新界の奥地だ。
アクタノイドは高級品であり、まともなアクターなら戦闘を極力回避する。つまり、襲撃して全滅させれば、誰もがここを避けるようになる。
短絡的ではあるが効果的。だが、討伐依頼を受けた凄腕のアクターが来るまでの期間限定の効果だ。
短期間の人払いが目的なら、拠点を作るような話ではない。
千早のメインモニターにドローンが映る。あのドローンの空撮映像に資源判別アプリを動作させれば、狙撃手が守っている何かが分かるかもしれない。
しかし、コミュ障の千早にドローン映像の提供をお願いすることなどできるはずもなかった。
ボイスチャットをオンにして口をパクパクさせて言葉を探していた千早だったが、先に音響探査の結果をジャッカロープのアクターが報告する。
「反応なし。ただ、一部帯域で暗号通信が行われているので、敵は複数です」
同時に、コンダクターが展開したドローン映像を解析した周辺の簡易な地形図が送られてきた。
狙撃手が潜んでいそうな高い木や他に標高の高い地点などが赤く塗られている。参考にと添付されたドローン映像を見て、千早は即座にパソコン上で資源探索アプリを動作させた。
「ふひっ、見つけた……」
思わず呟いた千早はすぐにオールラウンダーを操作してワイヤーを取り出す。
ジャッカロープのアクターが声をかけてきた。
「見つけたって、どこにいるの?」
「え? あ、ふへっ」
正確には狙撃手を見つけたわけではないため笑ってごまかす。ボイスチャット越しにも不審に思っているらしい空気が伝わってきた。
その間にも、千早に操作されるオールラウンダーは黙々とワイヤーを巻き取り機ごと木の間に通し、手榴弾をワイヤーの半ばに引っ掛けていた。
遠隔で巻き取り機を作動させつつ手榴弾のピンを抜く。ワイヤーが高速で巻き取られ、引っかけられていた手榴弾は空へと放り上げられた。
放物線を描いて手榴弾が飛んでいく。
「いったい何を?」
ジャッカロープのアクターが質問した直後、遠くで手榴弾が爆発する。
千早の行動が気になったのか、サイコロンが爆破地点をドローンで確認し、映像を共有してくれた。
「これ、ククメルカの群生地? なんでこんなところに」
ジャッカロープのアクターが言う通り、千早が資源探索アプリで特定して手榴弾を放り込んだのは新界の植物ククメルカの群生地だ。
生育条件がまだ特定されておらず、依存性がなく抽出が容易な麻酔として医療への転用が期待される新界の資源である。
非常に高額なその植物の群生地こそが、狙撃手が守ろうとしているものではないかと千早は睨んだのだ。
「ふへへ……」
不気味に笑いながら次弾を装填して打ち出す千早にジャッカロープのアクターがドン引きする。
貴重で高価な医療資源への容赦ない爆撃である。千早の思考も目的も聞いていないため、狙撃手との戦闘そっちのけで笑いながら資源を破壊しているようにしか見えない。
だが、効果はすぐに表れた。
三発目の手榴弾を打ち上げた時、所属不明の大型ドローンが森から上がって手榴弾に銃撃を加えたのだ。
小さな手榴弾に命中するはずもなく、三発目はククメルカの群生地に打撃を与える。
ドン引きしていたジャッカロープが我に返って報告する。
「音響探査に反応あり。ランノイド系コンダクター、スプリンター系リーフスプリンターが接近中!」
大本の千早をどうにかしなければククメルカの群生地を守れないと気付いた狙撃手たちが狙撃ポイントを放棄して接近してきたらしい。
狙い通りだったが、千早は間近に迫る敵機に怯えと緊張から不気味な笑いを上げ続けていた。
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