第十五話 回収依頼

 千早は和川ガレージに駐機しているオールラウンダーを借り受け、ガレージを出た。

 千早とは別口で依頼を受けたアクターたちとの合流場所を目指す。


 今回の回収依頼の現場は和川ガレージの西にある転げ岩ガレージと中間地点で合流し、北を目指すことになっている。和川上流山脈を西から迂回するルートだった。

 広く森が広がっているその地点で回収の対象になっている大破したオールラウンダーやランノイド系ジャッカロープがいるらしい。


 合流場所にはすでにチームメンバーがそろっていた。

 千早が操るオールラウンダーの他に、三人一組の二チームがそれぞれの機体で集合し、さらに輸送用車両まである。

 それぞれのチームがバランスの良い編成だった。


 民間アクターチーム『スチーマーズ』は重ラウンダー系のキーパーと呼ばれる機体を隊長機に、軽ラウンダー系のサイコロン、ランノイド系のコンダクター。

 視野が広く画像や映像の処理能力が高いサイコロンで索敵、混線に強く装甲が分厚いキーパーが前線を引き受け、後ろにドローンを使った援護を行うコンダクターを配置する。ドローンの映像をサイコロンに回せば広範囲の索敵までできる。


 もう片方の民間チーム『参勤運輸』は主に輸送依頼を引き受けてきたアクターチームらしい。輸送車の操縦を行うオールラウンダーを筆頭に、複数の子機を設置していくことで遠方でも高速通信が可能になるランノイド系のワイルドスタッグ、身長一メートルと小柄ですばしっこいスプリンター系のわらべという編成だ。


「今回の依頼中の回線パスワードを教えまーす」


 ワイルドスタッグのアクターがダウナー系の男性の声でパスワードを伝えてくれる。

 全員がアクセスしたのを確認して、千早たちは輸送車にアクタノイドを乗り入れた。こういう時、等身大の人型である利点を痛感する。


「巨大人型兵器だとこんな簡単に移動させられないよなぁ」


 考えることは同じなのか、キーパーのアクターが呟いた。重ラウンダー系はバッテリーの問題で稼働時間が短く、輸送手段のあるなしが活動に大きく影響するからだろう。

 輸送車が走り出せば、ただ輸送されているだけのアクターは暇を持て余す。子機の設置や索敵をするランノイド系とは違い、千早のオールラウンダーは完全に荷物だ。

 暇を持て余したアクターたちが新界各地の情勢を話しているのを聞きながら、千早はこっそりゲームのレベリングを始める。

 最初から会話を放棄する千早は順調にキャラクターのレベルを上げていく。


 会話を聞き流していた千早の手を止めたのは、サイコロンのアクターの質問だった。


「オールラウンダーが大破した原因って何ですか?」


 大破した原因については、依頼内容に書かれていなかった。ただ、不明との一文があっただけだ。

 誰も答えられないと見たか、キーパーが口を開く。


「いまいち分からないらしい。戦闘で破壊されたことだけは確かだが、雨天に襲撃を受けたせいで映像も乱れていて、どんな動物にやられたのかも不明だ。注意してくれ」

「ブラックボックスを回収できれば、動物の正体もつかめるってわけですね」


 純粋な話の結末に、千早は思わずつぶやく。


「ど、動物?」


 ボイスチェンジャーで性別が分からないよう加工された千早の声に、キーパーはすぐ反応した。


「――動物だぞ。アクタノイドがアクタノイドを攻撃するはずがないだろ? ナニヲイッテルンダネ」

「はい……」


 襲撃者に破壊されたと考えているのは千早だけではないらしい。

 だが、現場には自走可能なジャッカロープがある。破壊されなかったのは謎だ。

 コンダクターが話題を変える。


「そのオールラウンダーのチームはなんでこんな森の奥まで? ジャッカロープがいるとはいっても骨董品だけで内陸に行くなんて自殺行為でしょ。このチームだって、ワイルドスタッグがいないなら依頼を受けなかったよ?」


 最初期に開発されたアクタノイドだけあって、オールラウンダーは劣悪な通信環境でもある程度は動けてしまう。それでも、骨董品と揶揄されるオールラウンダーで踏み込むには無謀な環境だ。

 質問に答えたのは、輸送車を運転するオールラウンダーだった。


「どうにも、未踏地域の生態調査をしつつ、新資源発見で一山当てようとしたらしい。ユニゾン人機テクノロジーは鉱物資源を新界で調達する体制を作りたくって仕方がないのさ」

「結果がオールラウンダーの大破で大赤字か。世知辛いねぇ」


 身につまされる話だと、千早はうんうんと頷いた。貯金ができたとはいえ、まだまだ自転車操業なのは変わらないのだ。

 その後も世間話を聞き流しながら、千早はゲームのレベル上げをし続け、もう十分だろうとストーリーを進めようとするタイミングで目的地に着いた。


「ここからはアクタノイドの脚で移動します。索敵しつつ、慎重に」


 促されて輸送車からオールラウンダーを降ろし、千早はメインカメラで周囲を見回す。

 密集した木々が輸送車の行く手を阻んでいる。雪などはないが、アクタノイドの腰丈まである藪が地面を隠していた。木々も一本一本が屋久杉を思わせる立派さで、来た価値があると思わせる荘厳な光景だった。


「孤立しているジャッカロープはすでにアクターがアクセスしています。発信機を起動するとのことなので、一気に合流を目指しましょう」

「了解」


 発信機を起動した場合に怖いのは野生動物ではなく盗賊行為を行うアクタノイドだ。

 合流は時間との勝負である。

 コンダクターがその名にふさわしく二機のドローンを展開し指揮し始める。一機を上空へ、もう一機を周囲を旋回させる布陣だ。

 ドローンは自動で障害物を回避してくれるが、自動操縦ではあまり速度が出ないという。


 準備を終えて、ジャッカロープに発信機を起動するよう連絡する。

 千早の前に並ぶ複数のモニターの一つ、システム画面に発信機の情報が表示された。


「確認しました。先行します」

「ドローンを付けますよ」


 速度に優れるスプリンター系のわらべがいち早く発信機の元へと動き出し、コンダクター操るドローンが上空から現場へ急行する。

 千早たちはランノイド系であるワイルドスタッグを中心に後を追った。


 身長一メートルのわらべは藪に入るともう姿が見えない。藪と藪の合間からちらちらと見える姿はどんどん遠ざかっていく。

 十数分後、わらべのアクターから連絡が入った。


「ジャッカロープとの合流に成功。周囲に敵影はなし。大破したオールラウンダーを見つけに行きますか?」

「その場で待機。ちょっと離れすぎてるからな」

「了解。ジャッカロープの護衛に専念します」


 千早たちが合流したのはそのさらに一時間後だった。重ラウンダー系であるキーパーの足が遅く、わらべのような小型機ではないため障害物に手間取ったのだ。

 なんとか合流を果たし、木の洞に身を隠していたわらべとジャッカロープが出てくる。


「後はオールラウンダー四機か。同じ場所で大破しているらしいけど、案内を頼める?」


 キーパーのアクターが尋ねると、ジャッカロープが先導を始めた。

 撃たれ弱いランノイド系であるジャッカロープを先行させるわけにはいかないので、わらべが進路に先回りする。


「そのまままっすぐです。倒木で少し開けた場所があります」


 オールラウンダーが大破するような何かがあった場所だけに、わらべも慎重に距離を詰めていく。千早たちと離れすぎないようにしてくれていた。

 問題の開けた場所は半径五メートル弱の空間だった。藪が多く、倒れているオールラウンダーは藪に埋もれて見当たらない。

 千早たちは手分けして広場を捜索していたが、見つけたのはわらべだった。


「ありました。四機とも――」


 ボイスチャットの声に反応して全員がメインモニターにわらべの姿を収めたその瞬間――わらべが突然転倒した。

 わらべが倒れた藪から火柱が上がる。バッテリーから火が噴き出したらしい。

 わらべのアクターがボイスチャットで叫ぶ。


「大破オールラウンダーに弾痕あり! わらべ大破。狙撃の模様!」

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