第十四話 次なる依頼

 オールラウンダーを和川ガレージに届けて、機関銃でへこまされた修理費や弾薬代を支払い、千早はようやく仕事から解放された。

 銀行口座にはすでに三百万円以上の資金が振り込まれている。自分用のアクタノイドを購入するにはまだまだ足りないが、弾薬で悩むことはなくなった。赤字は嫌だったが、貸出機を壊されるよりはマシだと、割り切ることもできるようになった。


「成長、した……」


 うんうん、と一人で自らの成長を噛みしめて、千早は地下室を出る。

 手すりの付いた階段を上って地上階へ出た千早は、カーテンの隙間から窓の外を覗く。

 静かな住宅街だ。アクター向けのアパートがあちこちにあり、街灯も充実している。

 すでに日は落ちていた。


 ベルレット戦のあともユニゾン人機テクノロジーが派遣した部隊に大破した機体や運搬車両を引き渡すまで雪山に籠り、その後は和川ガレージまで移動した。時間が経つのも当然だろう。


「徹夜しちゃった」


 欠伸をして、冷蔵庫を開ける。作り置きしてある野菜スティックをタッパーから取り出してポリポリ齧りつつ、給湯器のスイッチを押す。

 ゆっくりお湯に浸かって、その後は寝てしまおう。


 千早はお風呂が沸くまでの暇つぶしにアクターズクエストを閲覧する。次の依頼を決めておこうと思ったのだ。

 実績を積んだからか、表示される依頼の数が増えていた。


「……討伐、多くない?」


 どういうわけか、表示される依頼の七割ほどが新界の危険生物の駆除や、盗賊まがいのアクタノイドの撃破だった。

 後者の盗賊討伐は手付金も報酬額も多い。和川上流山脈で襲ってきたベルレットのようなアクターが依頼を出されるほど多いのかと千早はドン引きする。


「仲良くしなよ……」


 いくら事故として処理されるといっても確実に評判に響く。特定されればバッシングも受けるだろう。

 アクタノイドが動く換金物とはいっても、売れば脚がつく可能性もある。


 どうやら、盗賊行為を行うアクタノイドは開拓と調査の最前線である灰樹山脈辺りに集中しているらしい。電波状況が悪く、自陣にランノイドを隠して待ち伏せすることで一方的な展開が作れるからだ。


 中には懸賞金が掛けられているオーダー系アクタノイドまである。

 オーダー系は特注品であるため、個人特定が容易なはずだ。アクターについての情報がないことから、新界で自作したかよほど特殊なルートで新界入りした機体なのだろう。


「こわぁ」


 絶対に灰樹山脈には近寄らないようにしようと心に決め、千早は依頼一覧をスクロールしていく。

 出来るだけ安全に依頼をこなしたいため、採取か運搬の依頼がいい。もしくは、依頼をこなしに行った先で事情があって大破したアクタノイドの回収業務だ。

 大破したアクタノイドの回収はスカベンジャーと俗に呼ばれるアクターたちが積極的に受けている。アクタノイドそのものが高価なため、回収業務も相応の報酬で発注されるのだ。


 手っ取り早く安全に資金を稼げる人気の依頼であり、千早も興味を引かれた。

 ただ、盗賊アクターに先に回収されてしまわないよう、大破した機体の座標は大まかにしか分からない。さらには、新界の奥地で通信障害で動けなくなった機体も多く、ランノイド系が同伴しなくてはたどり着けない依頼もあった。

 ラウンダー系のオールラウンダーを借り受けている身としては手が出ない依頼だ。


 数は少ないが、新界の生物の生態を調査する依頼もある。依頼期間が長期にわたる上、報酬も少ないため人気がないようだ。

 興味を引かれる依頼はいくつかあるものの、事前に準備や勉強が必要ですぐには手が出せない。

 お風呂上りにのんびり考えようかと、着替えを準備し始めた時だった。

 スマホが震える。


「……新着依頼?」


 アクターズクエストのアカウントに依頼が舞い込んだらしい。

 直接依頼はそうないはずだ。まして、千早は新人で実績もさほど積んでいない。

 色気のかけらもない綿パンツを置いて、スマホを手に取る。

 ユニゾン人機テクノロジーからの直接依頼だった。


「……な、なるほど?」


 襲撃者を単独撃退した千早が新人ながら腕のいいアクターに見えたらしい。

 恐る恐る、依頼内容を読んだ千早はまず戦闘するような依頼ではないことにホッとして、すぐに首をかしげる。


「私に依頼? なんで?」


 依頼内容は、『大破したオールラウンダー四機と孤立したジャッカロープの回収』、つまりスカベンジャーだった。

 報奨金は百五十万円。かなり高額だ。


 大破したオールラウンダーはともかく、ジャッカロープは孤立したと書いてある。つまり、自走可能な状態なのだろう。


 架空の生物、角ウサギの名を冠するランノイド系アクタノイド、ジャッカロープは身長一メートル程度の小型機。その名の通り、頭部にはヘラジカのような角状アンテナがついた可愛い外見が特徴だ。

 小型なため隠れやすくなっており、速度も上々。遠征の補助を行う目的で作られた野戦仕様の機体であり、汚れにも非常に強い。

 しかもランノイド系には珍しく、武装が標準装備でついている。

 武装は両腕部に装着された指向性の音響兵器であり、動物に対しては十分な威嚇効果や撹乱効果がある。

 なお、可愛い見た目に似合わず機体価格が可愛くないのはご愛敬。おおよそ、二千五百万円にオプションパーツ代金がかかる。


 自走可能な状態ならぜひとも回収したいだろう。だが、ランノイド系アクタノイドだけあって単機での帰還が難しく、こうして依頼を出したのが経緯らしい。

 だが、絶対に訳ありだ。そうでなければ、新人アクターの千早に依頼しないだろう。

 襲撃者が予想されるから、実績がある千早にお鉢が回ってきたのではないかと勘繰ってしまう。


「百五十万……うぬむ」


 報酬額が千早の決断を迫る。

 それに、シダアシサソリに持っていかれた採掘用爆薬の件もある。あの爆薬だけでも結構な損害のはずだ。

 千早に責任はないのだが、申し訳なさもあった。


「百五十万……。お風呂入って考えよ」


 ――結局、受注した。

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