第十二話 ボマー
ベルレットを操作するアクター菅野木はモニターを見つめてイライラすると同時に感心していた。
「良く逃げるな、このオールラウンダー」
処理能力が弱いオールラウンダーは障害物を認識して自動で回避する衝突回避アプリを導入できない。まばらとはいえこの木々の隙間を縫って走れるのは、純粋にアクターの技量によるものだ。
「繁華街の人混みに揉まれたタイプかな」
衝突回避アプリのおかげで軽々と木々を回避しながら、ベルレットで後を追う。
速度差は明白だ。オールラウンダーの姿が徐々に大きくなる。
すると、逃げられないと悟ったオールラウンダーが手元の突撃銃で雪を舞い上げ始めた。雪の中に消えたオールラウンダーを見て、菅野木は口笛を吹く。
即座に逃走を選んだ決断力といい、雪を舞い上げて照準を絞らせない判断力といい、骨董品と揶揄されるオールラウンダーでよく頑張る。
雪の中に突っ込めば通信障害やラグが発生する可能性もある。おそらく、先に仕留めたフサリアのLAN機能がまだ生きているのだろう。
フサリアからの補助がないベルレットで突っ込むのは少々怖い。
ターゲットは素人のアクターばかりだと思っていたが、なかなか骨のある奴だ。
だがいかんせん、骨董品のオールラウンダーではベルレットの速度にかなうはずもない。
菅野木はベルレットを操作し、雪煙を迂回しながらオールラウンダーの進路へ先回りしに行く。
射程に捉えさえすれば、内蔵された軽機関銃で仕留められるはずだ。
ちらりと見えたオールラウンダーの武装は突撃銃『ブレイクスルー』で射程は三百から四百メートルの間。ベルレット内蔵の機関銃は四百から五百メートルだ。アウトレンジから攻撃ができる。
「恨まないでね。素人さん」
先回りされていることに感づいたオールラウンダーが右へと曲がりながら突撃銃を連射する。
まるでベルレットという牧羊犬から逃げる羊のように、オールラウンダーは来た道を戻るしかない。
それでもベルレット相手によく粘っている方だ。雪がなければとっくに終わっていただろうが。
菅野木はあまり焦っていなかった。
陽が落ちればナイトスコープを搭載していないオールラウンダーは森で木を避けることができず、衝突するか森を出るしかない。もう数分もすれば暗闇の中で決着だ。
弾倉を入れ替えたオールラウンダーが雪を舞い上げながら森を出て走る。向こうも気付いて、一か八かの野戦に出たのだろう。
ベルレットが野戦を避けて森から出なければそのまま逃げ切り、追いかけてくるなら振り返り撃ちといったとこか。
「こっちは機関銃なんだよ?」
森からベルレットを出しつつ、袖に格納された機関銃で前方の雪を広く舞い上げて壁にする。通信障害が発生するが、出たところを狙われなければそれでいい。
雪煙を突き破り、オールラウンダーを追いかける。
木という障害物もない以上、距離はすぐに詰められる。
全速力でベルレットをかけさせ、往生際悪く雪を舞い上げているオールラウンダーに迫る。
雪煙の中のオールラウンダーへ機関銃を撃ち込みながら、菅野木は勝利を確信し――
「――え?」
モニターがいきなり上下にブレた。一瞬、ラグかと思ったが、直後にモニターに映し出される光景が一気に上へと消えていく。
ベルレットが落下している。アクターである菅野木に浮遊感はないが、直後にヘッドホンから響いた激突音と大量に表示された赤字のエラーメッセージが墜落時の衝撃の激しさを物語る。
雪煙のせいで前方が見えなかったが、クレバスを踏み抜いた。そんな偶然がありうるのかと考えて、菅野木は気付く。
「――ここ、レアメタル鉱床か!?」
ベルレットの頭部を動かし、上を見上げる。すでに自慢の脚が壊れて身動きが取れないが、クレバスの底にオールラウンダーの姿がないのが気になったのだ。
メインモニターに、オールラウンダーの姿が映る。
クレバスの淵にワイヤーアンカーを撃ち込んでぶら下がっているオールラウンダーの姿が。
「くっ――」
無事だった腕を上げて機関銃を撃ち込むより先に、ぶら下がっているオールラウンダーが手榴弾を投擲してきた。
逃げられない。完全に嵌められた。
谷底を揺るがす爆発音。装甲の薄いベルレットが無事で済むはずもなく、メインカメラを含めて全ての映像機器がエラーを吐き出し、画面が真っ黒に染まった。
システム画面に表示されているベルレットの状態図に無事な個所はない。完全に大破していた。
菅野木は茫然と床に座り込む。
「いくら鉱物資源だからって、資源の山に手榴弾を投げる? というか、下手したら雪崩が起きて一緒に埋まっちゃうのに……」
おそらく、クレバスを隠すため雪煙を上げていたせいで突撃銃を撃ち尽くしていたのだろう。それでも思い切りが良すぎる。
この思い切りの良さと判断力には覚えがある。
「戦闘屋、傭兵か? ……金次第でこっちに転ぶかも」
一瞬悩んだ時、菅野木のヘッドフォンがバキバキと耳障りな音を発した。
モニターが真っ暗で分からないが、辛うじて生き残ったベルレットの集音機からの音だろう。ベルレットの装甲を外し、中のブラックボックスを押収するつもりらしい。
「……ふひっ」
空気が漏れるような笑い声が聞こえた。
なんだ、と菅野木は耳を澄ませる。電子音を含んだ声だ。ボイスチェンジャーを使い、オールラウンダーから発しているらしい。
クレバスに落ちた時に降伏勧告でもするつもりだったのか、発声器をオンにしていたのだろう。ベルレットの集音機が生きていることなど、向こうは知らないのだ。
だが、ちょうどいい。相手方の回線にアクセスを試みるより現場でアクタノイドを通じて会話する方がリスクは低い。
交渉を始めようと口を開きかけた菅野木の耳に、不気味な笑い声が聞こえてくる。
「ふっふひっ……」
なにを笑っているんだ、と菅野木は開きかけた口を閉じた。
笑い声に続く音は、ベルレットの胸部装甲を引きはがす耳障りな金属音。
「まさか、この期に及んで破壊を楽しんでる?」
こいつは危ない。とんだ破壊魔、いや、爆弾魔だ。
「ふっへ、つ、次はお前だー――」
そんな言葉を最後にベルレットのブラックボックスが奪われたとの表示が現れ、シグナルロストの文字と共に通信が途絶する。
菅野木は背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。
「あのボマーはまだ続ける気なのか……。いや、ユニゾン人機テクノロジーが雇った傭兵か? だとすれば、我々は今後もあんなのと戦うことに?」
上司に報告した方がいいと判断して、菅野木はスマホを取り出した。
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