第十一話 これは事故なんだよなぁ
一瞬で二機が大破した。
「ふ、ふへっ……」
残ったのは千早ともう一組分のサイコロン、フサリアだけ。
「ふひっやばぁっ!」
慌てて、千早はオールラウンダーを森に逃がす。後を追う弾丸が積もった雪を払い、巻き上げた。
「軽機関銃か!? 森の奥へ逃げ込め!」
フサリアに指示されるまでもなく、三機は森の奥へと走る。同時にボイスチャットで誰かが情報を提供する。
「直前に、雪に伏せた白い『ベルレット』が見えた。敵は一機」
「ベルレットかよ。嫌な相手だな」
千早は勉強したばかりの知識を思い出す。
ベルレットは尾中製作所開発のスプリンター系アクタノイドだ。
コンセプトパクリと安価で粗悪な製品が目立つ尾中製作所のアクタノイドで唯一の売れている商品。
特徴は細身の体型に加えて、広袖のような腕部の装甲と、袖の中に格納された機関銃と長剣。
スプリンター系だけあって最高速度は時速160キロメートルとかなりの速さ。オールラウンダーの実に倍の速度での走行が可能だ。
細身の女性のような姿で女性アクターの利用者が多い。攻撃と速度のバランスが良い機体である。
千早は味方を見回す。
ラウンダー系サイコロンも、ランノイド系フサリアも、速度は遅い。相手のベルレットは速度こそあるものの、軽量化のため装甲は薄めだ。
だが、もうすぐ日も落ちる。夜間での戦闘ができるのはサイコロンくらいだろう。
フサリアのアクターが発言する。
「新界資源庁に通報した?」
「通報はした。だが、無意味だろうな」
「近くに自衛隊がいないから?」
「そういや、お前はアクタノイド戦が初めてだっけか。アクタノイドは建設機械の一種だから、戦闘は起きないんだ。これは事故なんだよ」
サイコロンのアクターの発言に、横で聞いているだけだった千早は絶句する。
フサリアのアクターが思わずといった様子でツッコミを入れた。
「機関銃で撃たれてますけど!?」
「それでも事故ってことになるんだよ。大人の世界は残念だよな!」
民間人が機械同士でとはいえ銃を持ってドンパチすれば、銃刀法違反などに抵触しかねない。
故に、新界におけるアクタノイド同士の戦闘は事故として処理される大人の事情があるらしい。
それでもきちんと通報してあるのは、自分たちが勝った時に難癖をつけられないよう、被害者であると明確にしておくためだ。仕掛けてくるような連中はもみ消せる伝手がある場合が多いが、万が一偶発的な戦闘だった場合、賠償金を請求できるのも理由だった。
「何たる理不尽……ふへっ」
千早は緊張から思わず不気味な笑い声を上げる。そろりそろりと、高身長のフサリアの後ろにオールラウンダーを移動させた。
サイコロンが狙撃銃『与一』を構える。アクタノイド同士の戦闘で狙撃銃はあまり役に立たないばかりか、相手は速度に優れたスプリンター系だ。間違いなく当たらない。
「追い返すしかないな」
威勢のいいことを言っているが、勝ち目は薄い。
そして、千早は静かにサイコロンやフサリアから距離を取り始めていた。
なぜか?
「……い、依頼完了したから、赤の他人だよね。に、逃げていい、よね? ふひっ」
そう、逃げるためである。このコミュ障娘、こともあろうに我が身可愛さに逃げようとしていた。
だが、実際に依頼は達成しており、護衛依頼は受けておらず、そもそも勝ち目が絶望的に薄い。倫理的にはともかく、論理的には筋が通っていた。
千早はかつてない速度でキーボードを叩く。
「――逃げます」
非常に短いその文だけを残して、千早のオールラウンダーは戦場に背を向けた。
「あっ!? ちくしょう!」
ボイスチャットで誰かが悪態をつく。
「ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
誰にも聞こえない謝罪の言葉を反射的に連呼しながら、千早は涙目でちらりとバックカメラを見る。
サイコロンが胴体を撃ち抜かれて倒れていく。
白い女性的なシルエットのアクタノイドが右腕をサイコロンからフサリアに向けた。手の下に垂れ下がる袖のような独特な形状の装甲の中に銃口が見える。
ベルレットが標準搭載している軽機関銃だろう。反動を軽減するためやや威力が低く射程も短いはずだが、時速百六十キロメートルで接近しながら連射されては逃げられるはずもない。
フサリアが自衛用の拳銃をベルレットに向けた。ピアシング弾で装甲を貫ける拳銃『穿岩』だ。ベルレットの装甲であれば十分に撃ち抜ける。
だが、ベルレットは人型機械らしからぬ素早い身のこなしで木の裏に飛び込み、拳銃弾をやり過ごしながら高速で接近していく。
狙いすました初撃を外してしまったことで、一方的な展開になった。
拳銃よりも射程に優れる軽機関銃を搭載するベルレットはサイコロンを相手にした時とは違い距離を詰めようとはせず、木の合間を縫って連射する。
自衛ができるランノイド系との触れ込みがあっても、正面切っての戦闘は想定されていないフサリアは一方的にハチの巣にされた。装甲の厚みも速度もベルレットに敵わないのだ。当然の結果だった。
フサリアが脚から胴体まで穴を穿たれ、木の幹に倒れ込む。
二機のアクタノイドが一方的に倒された。シダアシサソリを一方的に屠ってきた彼らが、一瞬で。
武装の相性が悪すぎたのもあるだろうが、ベルレットのアクターが上手いのだろう。
「……あれ? オールラウンダーは逃げたのか。決断が早いね」
フサリアのアクターが諦めたような声で褒めてくる。
「まぁ、逃がしてくれないと思うよ」
フサリアのアクターが予言した通り、ベルレットが猛烈な速さで追いかけてきた。
目撃者は残さず殺すといわんばかりの勢いだ。
アクタノイドを壊しても地球にいるアクターは怪我一つ負わない。だから無理に追いかけてこないだろうと高をくくっていた千早は当てが外れて青い顔をする。
「――なんでぇ!?」
そして、雪山での鬼ごっこは幕を開ける。
撃てば儲けが吹っ飛び、機体が壊れれば赤字を抱える鬼ごっこ。
なお、相手は自機の倍の速度で迫る。
「むりぃぇ」
感圧式のマットレスを強く踏みつけながら、千早は涙を流す。
オールラウンダーで逃げ切れるはずがないのだ。儲けを捨ててでも戦う以外の選択肢がない。
前線を担当するラウンダー系の機体だけあって、有効射程外からの機関銃の射撃ならしばらくは耐えきれる。装甲に凹みはできるだろうし、そうなれば修理代もかさむが大破するよりマシだ。
覚悟を決めるしかない。戦う覚悟を。
「ふひっ、ふへへ」
緊張から泣き笑いを浮かべ、千早はオールラウンダーに突撃銃を構えさせた。
後方から迫ってくるベルレットに対してではない。やや前方の足元に向けてだ。
引き金を引く。フルオートでばらまかれた銃弾が細かい雪を舞い上げ、オールラウンダーの姿を隠した。
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