第十話  案内依頼

 一度来たことがあるだけに、案内は順調に進んだ。

 ユニゾン人機テクノロジーのアクタノイドともメッセージでやり取りするだけで、ボイスチャットの必要もない。一応、ボイスチェンジャーを入れて備えているものの、使う機会はなさそうだ。


 前回の反省を踏まえ、千早はぽけーっとした顔でラジオ代わりの生配信を聞いていた。新界生配信という、アクターが設立した民間団体による放送である。新界の名所を紹介したり、新界の生物について分かりやすく解説したりする人気の配信者グループである。


「い、いいなぁ。不労所得……」


 動画広告の収入に憧れて呟いた千早はオールラウンダーの各部モニターを見る。

 もうじき日も暮れるが、すでに和川上流山脈に入っている。夜には目的のレアメタル鉱床に着くだろう。

 アクタノイド開発企業であるユニゾン人機テクノロジーが雇ったアクターだけあって、千早以外はユニゾン人機テクノロジー開発の機体だ。


 四角い頭の各面に配置された各種カメラがサイコロを思わせるラウンダー系アクタノイド、サイコロン。

 非常に視界が広く、赤外線スコープに加えて各面に配置されたサブカメラによる優れた姿勢補正と照準補正により、いかなる火器でも反動をほぼ無視したような高い命中性と集弾性を発揮できる。

 特に、振り返り撃ちですら各面のサブカメラによる補正で命中率がほぼ変わらない特性を持ち、非常に使い勝手がいい機体として評判だ。見た目は酷いが。


 背中に羽根状のLANアンテナを無数に搭載し、リオのカーニバルを思わせるランノイド系アクタノイド、フサリア。名称の由来はポーランドの有翼騎兵、フサリアからだという。

 ランノイド系アクタノイドは一般的に衝撃に弱く、銃器を扱うと反動でLAN能力に影響が出る。もともと、他のアクタノイドの通信強度を維持する移動式の電波基地局として開発されているため、戦闘はあまりしないものだ。

 だが、フサリアは2.2メートルの高身長の大型機だ。さらに通信アンテナを背部の羽に分離したことで衝撃にやや強くなり、障害物の影響を受けにくくなった。

 戦闘ができるランノイド系アクタノイドとして発表され、実際に需要を掴んでいる。

 しかし、高身長と背部の羽が目立つため隠密能力にかけ、閉所での戦闘も羽根が邪魔で動きにくいなどの欠点もあり、立ち回りにコツがいる機体との評価である。


 オール・ド・ラウンダーなどと揶揄される千早のオールラウンダーも、フサリアが近くにいるだけでこの雪山でも動きやすい。ラグをさほど感じさせないばかりか、パケットロスによる意図しない挙動がない。

 ランノイド系アクタノイドがいるだけで、こうまで安心感を得られるとは思わなかった。

 サイコロンも広い視野と映像解析能力で、雪の中に潜んでちょこっと眼だけを飛び出させているシダアシサソリを即座に発見してくれる。


「全体、停止してください。進路上にシダアシサソリを発見。処理します」


 サイコロンが狙撃銃を構えた。日本企業、海援重工開発の狙撃銃『与一』だ。

 アクターが見ているモニター映像と実際の新界での光景には時間差があるため狙撃銃を扱うのは難しい。

 だが、この狙撃銃は独自のAIを搭載した命中補正が売りだ。戦闘データのダウンロードにより、対象の行動予測を行い正確な狙撃を可能とする。アクターそれぞれの癖もAIに学習させることで手ブレ補正も行い、短時間での連射を実現するほど。

 傑作銃とアクターから高く評価されている逸品だ。


 たった一発でシダアシサソリの頭部を破壊するその威力も素晴らしいものだった。オールラウンダーが持っている突撃銃では無理なのは体験しているだけに、千早は素直に感心した。

 なお、この狙撃銃は名前の由来が那須与一であり、開発グループが無意味な洒落っ気を出して発売当時はナス色だった。アクターから「ダッサ……」とネタにすらされないレベルの冷笑を受けたことから、無難な黒や茶色に落ち着いたのだ。

 愉快な見た目の仲間たちを案内して森を抜ける。


「着きました。あの辺りです。っと」


 メッセージを打って全体に送信する。

 目的地であるレアメタル鉱床は再び雪に埋もれていた。周りの雪が滑ったか、あるいは風で庇のように発達してしまったのか。注意してみれば周りに比べて積雪が少ない。


「ありがとう。これで依頼完了だ。依頼主にはメールしておこう」


 ボイスチャットでサイコロンのアクターが完了を告げた。


「日も落ちるし、オールラウンダーで下山は難しいと思うが、どうするんだ?」

「……これ、ボイチャで返した方がいいのかなぁ。いっか、メッセージで」


 夜明けに下山するまで一緒にいますと、千早はメッセージで告げる。

 千早は相手の返答を待つ間に、自分からも依頼主へ完了の報告を行った。

 サイコロン側からも連絡があったのだろう。数秒で依頼の終了が認められる。

 これで自由の身だ。


 千早は夜食に何を食べようかと、モニター下に置いた宅配のチラシを見る。

 気が緩んでいた。無事に一仕事を終えた達成感で警戒がおろそかになっていた。

 ――帰るまでが遠足です、と千早も以前口にしていたのに。

 その時だ。スピーカーから連続的な射撃音が聞こえたのは。


「ふぇっ?」


 驚いて顔を上げれば、狙撃銃を持っていたサイコロンの頭部が吹き飛び、上から舐めるように胴体、腰へと弾痕が穿たれていく。

 反動で無様なダンスを踊らされたサイコロンのバッテリーに弾丸が命中したのか、火を噴きだして背中から雪上へと倒れ込む。


「て、敵襲!」


 フサリアのアクターが共有のボイスチャットで叫んだ直後、フサリアが爆発した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る