第八話  レアメタル鉱床

 またシダアシサソリに出くわさないかと不安で、各部のモニターを何度も確認しながらオールラウンダーを走らせる。

 周囲に目を光らせていたのが幸いしたのか、千早は再度カメラの映像を二度見してオールラウンダーの脚を止める。

 雪が不自然に陥没していた。野生動物によるものではなく、雪の下に空洞があるのだろう。


「クレバス、かな……」


 勘弁してほしい、というのが正直なところだった。

 雪に埋もれた裂け目、クレバス。踏み抜けばアクタノイドが破損し、深さによっては通信途絶する。

 問題は、そのクレバスがどれくらい広く、長く続いているかの全貌が分からないところだ。大きく迂回するのも手だが、シダアシサソリのような野生動物と出くわす機会が増えるのも怖い。


 千早は突撃銃『ブレイクスルー』をクレバスに向けて発砲する。数発撃ちこんでいくと、均衡が限界点に達して裂け目の中に雪が吸い込まれるように落ちていった。周りの雪を巻き込みながらバサバサと落ちていき、クレバスの全貌があらわになる。

 危惧したほど大きなクレバスではない。縁に分厚く積もった雪ごと落ちていってくれたため地面があらわになっていた。


「無視して、良さそう……え?」


 クレバスを映すメインモニターに赤い強調表示が現れていた。

 この赤い強調表示は資源探索アプリのモノだ。セカンディアップルの探索後、シダアシサソリとの戦いに夢中でアプリの動作を切り忘れていたらしい。

 しかし、地面に対して強調表示するとなると、動植物の可能性が低い。あるとしてもコケなどだろう。


 足を滑らせないよう、千早は慎重にオールラウンダーを進め、クレバスを覗き込む。

 かなり深い裂け目だ。もともと崖のようになっていたのか、雪解け水に浸食されたのかは分からないが、落ちたら金属の身体を持つアクタノイドでも身動きが取れなくなるだろう。

 頭部についているライトで底を照らし出してみると、資源探索アプリが反応を強くする。


「レ、レアメタル……?」


 サンプルを持ち帰らなければ正確なことが分からないものの、レアメタルの鉱床があるらしい。

 確かに、どこか白っぽい岩肌が見えているが、素人の千早には正体が分からない。


「えぇ、どうしよう……ふひっ」


 規定によれば、新界資源庁に発見報告をした方がいい。

 つまり、他人とやり取りしなくてはいけない。

 コミュ障の千早には難題だった。


「メールでいいよね。いいよね?」


 誰にともなく呟いて、千早はパソコンから新界資源庁にメールを送る。

 画像を添付して送ったメールの返事はすぐに来た。


「えっと、座標を公開するかどうか?」


 新界資源庁のホームページで鉱床の座標を公開し、広く自分の実績としてアピールすることができるらしい。

 座標を公開しない場合、千早自身が情報を秘匿することを条件に新界資源庁が座標情報を競売にかけて売却し、手数料を引かれたうえで千早が利益を受け取れる。

 実績か、金銭かを選べということだろう。


 注目されたくないので、千早はすぐに金銭を選んだ。

 後の手続きは新界資源庁の方でやってくれるらしい。手続きの簡単さ以上に、メールだけで済んだことに千早は安堵した。

 サンプルにクレバスの縁を採取しておこうと、折り畳み式ピッケルを取り出す。生身ではないとはいえ雪山には必要だろうと装備してきたが、こんなことに使うとは思っていなかった。

 凍ってしまっているのか、意外と硬い地面をピッケルで削り取り、資源探索アプリで確認する。反応はないが、電波状況が分からない以上、クレバスの底に降りるわけにもいかない。

 諦めて、オールラウンダーをクレバスから遠ざける。


 元々、今回の依頼はセカンディアップルの採取と納品だ。鉱床なんて知ったことではない。

 野生動物に遭遇せず、なんとか和川上流山脈を下山したオールラウンダーを適当な木の根元に駐機する。


 すっかり空は昏くなり、迂闊に動けなくなっていた。貸出機のオールラウンダーにナイトスコープの類は搭載されておらず、月明かりを頼りに進むのは心もとない。照明は搭載されているものの、野生動物相手に夜戦は避けたい。

 ワイヤーを周囲の木に張って簡易の陣地を作り、突撃銃を構えて幹を背にする。

 夜明けと同時に動かそうと、千早は徹夜を覚悟してコーヒーを取り出した。


「暇ぁ」


 新界の一日は地球とさほど変わらない。一時間程度の時差があり、新界の奥地へ行けばその時差が大きくなるだろう。

 とはいえ、新界の夜明けを待つとなればゆうに十時間はこうして過ごすことになる。

 生身であれば火を起こして暖を取ったり食事を用意したり、緊張感をもって周囲を警戒しなければならない。

 しかし、新界にあるのはアクタノイドだ。暖を取ったり食事を用意する必要はない。外敵も、虫や蛇程度なら問題にならない。

 いくらか気を抜いて夜明けを待てるのもアクタノイドの利点だった。その分、暇を持て余すことになるが。


 ペットボトルから紙コップにコーヒーを注ぎ入れつつ、オールラウンダーから入ってくる音に耳を澄ませる。

 スピーカーの音量を上げて、獣の足音や息遣いがあれば反応できるよう、パソコン上で音を解析させる。オールラウンダーの集音機は低品質なため気休めでしかないがやらないよりはましだろう。


「あ、いい音する……」


 新界の虫の鳴き声。和川の清流のせせらぎに混ざる魚が跳ねる音。そよ風に揺れて擦れる草葉の音。

 オールラウンダーを操作しているだけの千早の肌では直接感じ取れないのがどこかもどかしくなるような、遠い異世界の環境音が地下室に再現されている。

 なんとも不思議な感傷に浸っていた千早は、注意が散漫になり、コーヒーの入ったコップを倒して盛大に中身をぶちまけた。


「あぁ! やっちゃった……」

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