第七話  討伐方法

 一時間経っても、シダアシサソリはオールラウンダーを諦めなかった。

 木に阻まれてハサミが届かないと知るや雪の中に埋もれて黒い眼玉だけを雪上にひょっこり出してオールラウンダーを観察している。


 図鑑アプリでシダアシサソリを検索した千早はおにぎりを食べながら困り顔をしていた。

 シダアシサソリは多くは雪深い山中に生息。雪の中に潜んで待ち伏せ、尻尾の毒針で獲物を弱らせて捕食する。甲殻が雪で冷えてしまうためサーモグラフィで発見できず、雪に吸収されるため音響探査でも発見がしにくい。

 これらの特性から遭遇戦になりやすく、ラグなどで発見が遅れれば、気付いた時にはアクタノイドの脚がハサミで切り落とされていた、なんてこともあるらしい。

 厄介なことに重機関銃でも持ち出さないと正面からダメージを与えることが不可能で、獲物をしつこく追いかける習性もある。


「弱点はひっくり返したお腹側の心臓……」


 食事中には見たくない解剖図が載っているのを見つけてしまい、千早はげんなりした顔でおにぎりをタッパーに入れた。

 シダアシサソリを倒す以外、この山を下りる方法はない。シダアシサソリが下り斜面を滑走して追ってくれば、オールラウンダーで逃げ切れるはずがないのだから。


 では、どう倒すか。

 弱点部位は腹部。巨体のシダアシサソリをひっくり返さなければ攻撃できない。

 千早はオールラウンダーの武装を思い浮かべる。


「突撃銃は意味なくて、あとはー手榴弾?」


 いくら固くても爆発に巻き込めば流石に倒れるだろう。

 だが、千早は山頂を見上げて首を振る。

 爆発を起こして雪崩が起きたら、オールラウンダーも無事では済まない。自爆攻撃をするような状況ではないし、弁償費用だって馬鹿にならない。

 あくまでも奥の手として頭の片隅に入れつつ、作戦を練る。


 攻撃手段はもう徒手空拳しかない。ラグを考えれば新界の動物相手に格闘戦は無謀なだけでなく、千早は武道の心得のない引きこもりである。即座に却下だ。


「何かないかなー」


 シダアシサソリが諦めてどこかに行ってくれればそれが一番なのだが、雪に埋もれたままオールラウンダーを見つめるその無機質な眼は動く素振りがない。

 シダアシサソリの眼を見た時、千早はふと閃いた。


「そうだ。釣りあげてみよう」


 千早はオールラウンダーの腰にあるワイヤーを引き出す。

 腕にぐるぐると巻きながら三メートルほど引き出した後、ワイヤーの先端を輪っか状に結ぶ。こういった細かい作業ができるのが人型機械であるアクタノイドの強みだ。


 カウボーイよろしく作った輪っかを雪の上に飛び出しているシダアシサソリの眼に放り投げる。

 潜望鏡のようなその眼を輪っかの中に入れて木の枝にでも吊るしてやれば、腹部が見えるはず、という算段だった。


 首尾よくシダアシサソリの眼が輪っかの中に入った瞬間、すぽっと目玉が雪の中に引っ込む。


「えぇ……。それ収納式なの? なめくじみたい……」


 待っていればまた飛び出てこないかと、変則もぐら叩き状態で待ち構えていると、雪の中を掘り進んだらしく輪っかの外に眼玉が顔を出した。

 シダアシサソリの方が上手である。


「むむむ……」


 ワイヤーを戻し、輪っかをほどき、八つ当たり気味にシダアシサソリの目を狙って鞭のように振り下ろす。

 ペチン、と情けない音が鳴って、ワイヤーはシダアシサソリの目玉に弾かれた。なかなか強度があるらしい。


 ペットボトルの蓋を開けてお茶を飲みつつ、次の手を考える。

 しばらく考えた後、千早はワイヤーを木の枝に引っ掛けた。高さ三メートルほどの位置に支点を作り、巻き上げ機を幹に固定する。

 巻き上げ機とは逆のワイヤーの先端を再び輪っか状にした後、シダアシサソリがいるのとは別の方向へ輪っかを投げる。


 準備を終えると、千早はマットレスを踏み、オールラウンダーを輪っかに向かって走らせた。

 バサッと雪を跳ね上げたシダアシサソリがオールラウンダーを追いかけて雪の上を走り出す。

 今度こそは逃がすまいと猛烈な勢いで雪の上を滑るシダアシサソリがワイヤーの輪っかを踏んだ瞬間、千早は遠隔で巻き上げ機を作動させた。


「ふひっ、ぽちっと、な」


 ぎゅん、と一瞬で輪っかが締まり、シダアシサソリの脚を拘束、そのまま勢いを落とさずワイヤーを巻き取り、シダアシサソリの身体が雪から浮いた。

 ワイヤーの巻き上げはアクタノイドを持ち上げられるようにかなりの馬力がある。シダアシサソリ程度であればほぼ一瞬でワイヤーごと巻き取り、木に宙吊りにできた。


「お、おぉ……。きもちわるい」


 弱点の腹部を晒すシダアシサソリを見て、千早は思わずつぶやく。

 シダアシサソリが尻尾を使って雪を叩き、体勢を直そうとしている。うごめく無数の脚も気持ち悪い。


 千早はさっさと終わらせてしまおうと、突撃銃を構えた。

 心臓の位置に狙いを定め、引き金を引く。

 一瞬でシダアシサソリの腹部がはじけ飛び、雪の中に長時間ひそめるほどの皮下脂肪をまき散らし、心臓に銃弾が届いた。

 シダアシサソリの青い血が雪を染めていく。


「で、できた……。ふへへ、罠、さいこー」


 前回とは異なり、オールラウンダーも破損していない。完全勝利に満足した顔で、千早はシダアシサソリの死体からワイヤーを取り外す。

 あとは下山するだけだ。

 帰るまでが遠足です、と呟いて、千早はオールラウンダーを山の麓へ走らせ始めた。

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