第六話 シダアシサソリ
和川上流山脈は新界の大陸中央部にある山脈地帯だ。年中雪を被った山々から溢れるいくつかの水源が和川を形作る。
比較的なだらかな傾斜の山ではあるが、度々雪崩を起こし、雪で蓋をされた裂け目、クレバスにアクタノイドが落下して破損する事故も報告されている。
千早は慎重にオールラウンダーを山中へ進めていた。拠点である和川ガレージから離れるにしたがって回線状況が悪くなっている。いまのところ、意図しない挙動はないものの、ラグやパケットロスの不安が付きまとう。
山を上っていくにつれて樹種が減っていく。樹高はまちまちだが下草がほとんど生えていないため、見通しが良かった。
まばらに生える下草も動物に踏まれたのか横倒しになっているものが多い。
付近に野生動物がいる可能性を踏まえて、千早は突撃銃を構え、今まで以上に各部のモニターに注意を払う。
「そ、そうだ。資源探索アプリ、起動しないと」
モニターに表示される映像から資源を特定できるアプリをパソコン上で起動し、モニター画面に反映させる。すべてのモニターに対して反映させるにはパソコンのスペックが低すぎるため、メインモニターだけだ。
これでセカンディアップルを見落とすことはない。
きょろきょろと周囲を見回した千早は、バックカメラで何かが動いた気がして慌てて振り返る。
「……えっと?」
何の変哲もない雪に覆われた地面。まばらに生える木々。風で揺らされた木の枝からどさりと雪が落ちる。
動くものはない。落ちる雪を見間違えたのかと思ったが、それほど劇的な変化ではなかった気もする。
気のせいで片付けるには、どこか違和感があった。
「……うーん? うん? あれ?」
ぎちぎちとアクタノイドの首が不穏な音を立てる。千早が首をかしげたのに合わせて動いてしまったらしい。
だが、そのぎちぎち音に反応するように、雪の中から黒い何かがひょっこりと顔を出した。
白い棒にくっついている黒い丸っこい何かが、雪の中から突き出ている。潜望鏡のようなそれがこちらを見ている気がした。
静寂が場を支配する。千早は十数メートル先にあるその丸っこい何かを見つめ、ふとカニを思い出した。
カニの黒いあの眼だ。
「――あっ!」
正体に気付き、千早は即座に突撃銃の銃口を黒い眼玉に向ける。
千早の劇的な動きで正体ばれを察したか、黒い眼玉の主が雪の中から姿を現した。
一見するとサソリに見える。だが、その無数の脚は平たいオール状で、カンブリア紀に生息したアノマロカリスに似ていた。シダ植物の葉にも似るその脚と外見的特徴から、シダアシサソリと名付けられた新界の生物だ。
全長は二メートル、尻尾も加えれば五メートルを超す個体もいる肉食動物である。その甲殻は非常に硬く分厚い。
千早のオールラウンダーが構えた突撃銃が火を噴く。ばらまかれた銃弾が雪を巻き上げシダアシサソリに命中した。
「き、効かないじゃん!」
傷一つついてない。それどころか、シダアシサソリを怯ませることすらできなかった。
シダアシサソリがそのオール状の脚で雪の上を滑り始める。スキーでもするような速さで十数メートルの距離を縮めに来た。
千早は銃での駆除を諦め、山の頂上に向かって走り出す。
傾斜の緩やかな山だけあって、シダアシサソリの滑走は上りでもそれなりの速度を誇る。それでも、重力で勢いがつく下りよりはまだマシだ。
最高速で雪を掻き分け走りつつ、首の後ろにあるバックカメラで追ってくるシダアシサソリの動きを見る。
シダアシサソリはハサミのように発達した前足を雪に刺して、あたかもスキーのストックのように使って前進していた。
ハサミを片方だけでも破壊できれば速度が落ちるはずだ。
「う、撃てるかな?」
千早はオールラウンダーの手を動かし、肩の上から突撃銃の銃口を後ろに向ける。人体でやれば腕や肩を痛める上に反動で前に転ぶだろう射撃姿勢だが、アクタノイドならば可能かもしれない。
だが、借り物のオールラウンダーでやるには度胸がいる構えでもある。今回の依頼ではオールラウンダーの弁償費用が免除になるはずもない。
悩みつつも、このまま追いつかれて壊されるよりはましだと覚悟を決める。
「おらー!」
フルオートにもかかわらず短い、控えめな連射時間。オールラウンダーの集音機が至近距離で射撃音を捉え、千早の目の前のスピーカーがガタガタ震えるほどの爆音を奏でる。
「うるさーい!」
千早は思わず苦情を言いつつ、バックカメラの映像を確認する。舞い上がった雪煙を突き破ってシダアシサソリが追いかけてきていた。
当たったかどうかも定かではないが、効果がないようだ。
そもそもこの無理な射撃姿勢で当てるのは無謀だと千早はため息をつく。
千早は進行方向を確認する。
オールラウンダーの重量もあって雪に深く脚が沈み込んでしまうが、シダアシサソリとの距離はまだある。どこか身を隠せる場所があればやり過ごせるかもしれない。
しかし、見つけたのは別の物だった。
「セカンディアップル!」
今回の依頼の納品物が低木に生っていた。資源探索アプリもセカンディアップルを赤い枠で強調表示してくれている。
駆け抜けながらセカンディアップルを右手で強引にもぎ取り、背中のバックパックに放り込む。納品依頼には大小を問わず三個と書いてあったが、資源保全の観点から枝ごと折り取るわけにもいかない。
ちょうど群生地なのか、他にもセカンディアップルが生っている。すれ違い様に次々とバックパックに放り込み、納品物を集め終わった千早はバックカメラを見る。
「し、しつこい……」
シダアシサソリはなおもオールラウンダーを追いかけてきていた。
よほど腹が減っているのか、動くものを追いかける習性があるのか。
木と木の間隔が狭い一角を見つけて、千早はオールラウンダーを滑り込ませる。
横幅の広いシダアシサソリはガツンッと大きな音を立てて木の幹にぶつかり、停止した。それでもオールラウンダーに向かって両腕のハサミを伸ばし、引きずり出そうと開閉している。
「た、食べてもおいしくないよ? 鉄だし……」
千早はメインモニターに映るシダアシサソリを見て呟いた。
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