第五話  新人の動き

「あっつぃ、熱い」


 おにぎりを握りながら、千早は鍋の様子を見る。吹きこぼれる心配はなさそうだ。

 今回、千早が受けた依頼、『セカンディアップルの採取』は半日では終わらない。野生動物の危険性は前回の運搬依頼で身に染みたため、食事する際にアクタノイドを駐機させるのは怖い。

 そこで、片手で食べられるおにぎりを地下室へ運び込むのだ。

 食事中のアクタノイドの姿は落語の噺家のように傍目には見えるのだろうが、今回の依頼は一人で受けるため気にしなくていいだろう。


 鮭おにぎりなどをタッパーに入れて、千早は地下に運ぶ。空調が利いているとはいえ少々不安なので、小型冷蔵庫にタッパーを入れ、代わりにお茶のペットボトルを取り出す。


「よ、よっし、やったるぞー」


 ペットボトルを握って天井に掲げて気合いを入れると、千早はいそいそとグローブなどの機材を嵌める。

 感圧式のマットレスに乗り、モニター下の机にプリントした新界の地図を置く。目的地までのルートを赤い線でなぞったものだ。

 新界資源庁が貸し出しているオールラウンダーにアクセスし、機体の状態を確かめる。


 未知の微生物などを運び込まないよう、地球と異世界の間での物資の行き来は規制が掛けられており、アクタノイド部品も新界では品薄になりがちだ。そのため、破損したアクタノイドから一部の部品を拝借して一機に組み上げなおす共食い整備が常態化している。

 貸出機がまさに共食い整備され続けた機体であり、部品の摩耗具合が部位によってまちまちだ。反応速度にも影響が出るので、事前に状態を確かめておかないと痛い目を見る。


「首が硬い……寝違えてるの、この子?」


 千早が借りたオールラウンダーは首を右に傾けようとするとギシギシと嫌な音を立てる。

 機体の右側を映す肩のサブカメラの映像を見る。こちらは不具合がないようだ。首が右に曲がらなくなった時にはサブカメラに頼ることになるだろう。

 貸出機の標準装備である突撃銃『ブレイクスルー』や弾数を調べ、手榴弾の数も確認。


「あとは、ワイヤーっと」


 金属製のワイヤーは様々な用途に使える便利グッズである。崖の上に打ち込んで巻き上げ機能でアクタノイドを持ち上げたり、丸太などに巻き付けて固定して運搬するのにも使える。付属のワイヤーカッターを使って適度な長さを切り出し、簡易の陣地を作ったりもできる。

 ラグやパケットロスの問題でどうしても反応が遅れがちなアクタノイドにとって、ワイヤーで野生動物を足止めしつつ銃器で仕留める戦術は一般的なものだ。


「……出発」


 初めての一人での依頼とあって緊張しながらも、千早はオールラウンダーを出撃させた。

 マットレスに体重をかけ、一気に加速する。


 新界の景色は新鮮だったが、ただマットレスに立っているだけなのですぐに飽きる。今度は音楽でも流すか、ラジオ代わりに動画配信でも聞こうかと思っていると、進行方向から猛烈な勢いで走ってくる機体が見えた。

 板バネの脚をもつ高速のアクタノイド。時速二百キロメートルは優に超えている。

 スプリンター系アクタノイドの一種、リーフスプリンターだ。


 リーフスプリンターは千早のオールラウンダーに気付くと速度を落とし、腰に提げている拳銃に手をかけた。ピアシング弾が撃てる『穿岩』という拳銃だろう。

 手をかけたものの構えようとはせず、すぐに速度を戻した。


「新人さん、もうちょっと危機感を持ちなさい」


 リーフスプリンターがすれ違いざまに内蔵スピーカーで声をかけてくる。

 危機感も何も、カメラで全周を確認しても動物は見当たらない。

 そもそも、なぜ新人だと分かったのか。

 不思議だったが、心当たりがない。


「なんで?」


 呟いても、速度特化のリーフスプリンターはもう豆粒くらいの大きさだ。声が届くはずもない。

 疑問はすぐに解消された。

 目的地へ向かう途中にある拠点、和川ガレージにて運搬用バックパックと予備バッテリーを購入した際、店員のオールラウンダーから指摘されたのだ。


「感圧式のマットレスの上で棒立ちしてると、走ってるときに不格好ですぐに素人だってバレるから、腕を振るか自動走行に切り替えた方がいいよ」


 モーションキャプチャーで動かしている以上、腕を振らなければ体の側面に腕を添わせたままオールラウンダーが走ることになる。なまじ人型をしている分、違和感が大きい。しかも、マットレスの上で操作していることがバレバレだ。

 異様な走り方をしているから警戒されて拳銃に手をかけられたのだろう。


 ひやりとしつつ、千早は運搬用バックパックを背負ったオールラウンダーを再出撃させる。

 今度は脇を締め、軽く拳を握って脇腹の横に構えるジョギングスタイルである。

 地味に疲れる。


「えっと、和川をさかのぼって上流を目指せばいいんだから……この川?」


 地図はあっても読めない子。新界にはGPSもないため、千早は地図と地形を何度も照らし合わせてから川を上り始める。


「ち、地図アプリないかなぁ」


 スマホで調べてみると、マイナーながらアクタノイド向けの地図アプリもあった。あらかじめマッピングした地図データをもとにするため、和川周辺のマップデータを持っていない現状では役に立たないようだ。


 地道に川の上流へと上っていくと、山脈が見え始める。大部分が雪で覆われたあの山が目的地の和川上流山脈だ。

 セカンディアップルは山の中腹以上に自生している樹木の実であり、雪が積もっていないと実らない。

 図鑑アプリで予習した知識をもとに群生地へ向かい、オールラウンダーの速度を上げた。

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