第四話  危ない子

 遠方で上がった大規模な煙と遅れて届く盛大な爆発音に、大塚は慌てて装甲車を高倉仮設ガレージ内に停車し、アクタノイドを運転席から降ろした。

 大塚が操るアクタノイドのメインカメラに、空へと上がる煙が映る。拡大してみたが、なにが起きているのか分からなかった。


「状況は?」


 ボイスチャットで味方に連絡を取る。


「破損したアクタノイドは回収済み。プレハブ小屋の中はほぼ無事です」

「北側のフェンスは無事です。それなりに広場もあるので、装甲車を盾にすればイェンバーを迎撃できます」


 拠点能力は低いが、仮の陣地として野生動物を相手取るのは可能なようだ。

 機関銃でもあれば、イェンバー程度はものともしないのだが、贅沢を言ってはいられない。


「イェンバーを迎撃します。プレハブ小屋に大口径拳銃があるはずですので――うん?」


 大塚は画面端に表示されたメッセージ着信の表示を見て口を閉ざす。見間違いでなければ、討伐報告、というタイトルが見えた。

 まさか、と思いながら大塚はメッセージを開く。


 先ほど囮として送り出した新人アクターからのメッセージだ。イェンバー二頭の迎撃報告と、経緯の説明、オールラウンダーのメインカメラの映像まで添付されている。

 文面を読んだ大塚は空に消えていく煙をアクタノイド越しに見上げる。


「逃げられないとはいえ、普通、あんな爆発に巻き込んで殺すか?」


 合理的ではある。だが、胸を撃ち抜いてバッテリーを爆発させ、周囲の爆薬にまで引火させて爆殺するなど正気の沙汰ではない。

 オールラウンダーは最初期に作られたアクタノイドだけあって安価だが、それでも三百万円程度はする。そんな高価な品を全壊させるのは気が咎めるものだ。ましてや、貸し出された機体である。

 それに、爆薬もそうだ。いくら谷底に転がっているとはいえ爆薬自体が高価で所有者も定かではない。言ってしまえば拾得物横領だ。

 新界での所有権はかなり曖昧ではある。ガレージにでもない限り、所有権を主張するのはかなり難しい。大破したアクタノイドの回収と売却で生計を立てるスカベンジャーまでいるほどだ。

 爆薬の拾得物横領もおそらく問題にはならないだろうが、新人がそれを知っているわけがない。そもそも、横領の証拠を政府系である新界資源庁の職員に映像と自白付きで送ってくる神経が分からない。

 大塚は思う。


「――正気か、こいつ?」

「あーちょっといいですか?」


 護衛に当たっていた民間アクター四人組のリーダーがボイスチャットで声をかけてくる。

 大塚は状況を思い出して謝った。


「すみません。イェンバーが討伐されたようです」

「あぁ、やっぱりですか。漏れ聞こえてくる言葉でなんとなくそうだろうなと思いましたけど」

「一応、フェンスの立て直しから始めましょう。他にイェンバーがいるかもしれません」

「了解です。それと、正気じゃないんだと思いますよ?」


 聞こえていたのか、と大塚は顔をしかめる。公務員としてあるまじき失言だった。

 しかし、気になった。


「あなたも、そう思いますか?」

「というか、爆殺したんでしょ? その手の手合いは戦闘屋とか、傭兵ですよ。新人なのにぶちかますのは中々のネジ緩々っぷりですけど」


 戦闘屋。自機の破損もいとわず利権争いなどに傭兵として参加し、戦果を挙げるアクターの俗称だ。穏当な場合は新界の危険生物の狩りや駆除を行うが、往々にして迷惑なアクターになりやすい。


「ネトゲで言うところのプレイヤーキラーや荒らしみたいなもんですから、関わらないのが一番ですよ。自分たちも、あの手合いと依頼をこなしたくないので、ここの防衛に援軍を呼ぶとしたらあの新人は外してほしいですね」

「分かりました」



「――未確認ですが、討伐しましたっと」


 経緯の説明してオールラウンダーのカメラ映像を添付したメッセージを送ると、千早はほっと一息ついて白湯を飲む。

 緊張で喉がカラカラだった。

 しかし、あの規模の爆発に巻き込まれて生き物が生きているとは思えない。どんなに頑丈でもばらばらの肉片になっているだろう。

 ちょっと想像したくないな、と千早は視線を泳がせる。おそらく、あの四人組のうちの誰かが確認しに行くだろう。


「も、申し訳ないっす、ふへっ」


 新人の自分を囮に使ったんだからそれくらいの汚れ仕事は受けろや、と口には出さず、千早は返事のメッセージを待つ。

 しばらくして、今回の依頼主である新界資源庁の職員からメッセージが帰ってきた。


「えっと、イェンバー討伐の追加報酬? お、おぉ。二十万円」


 壊滅状態だったとはいえ、仮設ガレージを襲う脅威を排除したことを評価してくれたとのことで追加報酬をくれるらしい。

 輸送依頼そのものも成功扱いとなり、成功報酬が別途振り込まれるらしい。


「オールラウンダーの弁償義務も免除? え? ……ほ、補助金が出るって言ってなかったっけ?」


 どうやら補助金はあくまでも修理費の補填をしてくれるだけで、全損するとなると話は別らしい。

 千早は冷や汗が背中を流れていくのを感じた。

 とはいえ、イェンバー二頭に追いかけられる囮役の時点で大破は確実とみなされており、新界資源庁の職員が命じていることから免除になるのは既定路線だ。


「こ、今度からは気をちゅけないと……」


 緊張のあまり呂律が回らなくなっていたが、どうせ誰も聞いていない。

 千早はひとまず初めての依頼が完了したと前向きにとらえて、ソファベッドに座り込んだ。


「ふひっ、半日で五十万円くらい? 弾薬費用が馬鹿にならないけど、収支は十分黒字だし、よかったぁ」


 戦闘屋の評価を獲得しているとも知らず、千早はへらへら笑う。

 気分が前向きな今のうちに依頼を受けておこうと、千早はアプリを開いた。成功体験に酔っていなければ、積極性を発揮できない引きこもりの性である。


「あ、こ、これとかよさそう……。一人で出来るのがいいね」


 民間企業『新界化学産業』が発注した依頼。依頼内容は、異世界の遺伝子資源として注目される植物、セカンディアップルの採取。

 どうやらこのセカンディアップル、太りにくい糖類が多く含有されており、製菓材料などに利用できると期待されているらしい。

 千早は自分の脇腹を指先でつつく。


「……試供品とかもらえないかな」

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