第一話  就活失敗者への蜘蛛の糸

 さかのぼること一か月前、兎吹千早は就職活動に連敗中だった。

 工業高校を卒業した千早は在学中から設計分野に絞って就職先を探していたが、軒並み面接で弾かれていた。


「まともに会話ができない方はちょっとね……」


 どこの面接官にも必ず言われるこのセリフこそが千早の本質であり、就職活動失敗の主原因だ。

 極度のコミュ障、内気でどもり癖があり、問題が起きても会話が苦手過ぎるあまり相談もできず一人で解決しようとする。

 子供の頃からこの調子だったせいで大概のことは一人で解決する能力こそあるものの、組織に欲しいかと言われると誰もが渋い顔をする。

 見た目も華があるわけでもなく、絶えず腰が引けている。そのせいで、グループにいるだけで微妙な空気が流れ、長期間ともなればまともに回っていた人間関係すらぎくしゃくし始める。

 兎吹千早十八歳、絶望的に、社会生活に向いていない。


「……うぇへっ」


 笑い方すらこの不気味な引き笑い。緊張が高まると笑って自分をごまかそうとする癖に笑い方で周囲にドン引きされて余計に緊張が高まる始末。

 千早は「今後のご活躍をお祈りします」と書かれた不合格メールから目を逸らし、カピバラ型クッションに顔を埋めた。


「むりぃ……」


 工業高校への入学すら、同じ中学の出身者がいないだけでなく女子が少ないため必然的にかかわらないで済み、男子を避けても問題なさそうだからという打算からだった。

 そんな高校生活でコミュ障が直るはずもない。

 授業でやるグループワーク? ひとりでできるもん。そんな千早に就職斡旋の伝手などあるはずもない。


 実家に帰るしかないのか。顔見知り以上の存在がいないあの地元に。道端で久しぶりと声をかけられるたびに緊張で顔が引き攣るあの生活に戻るのか。


「むりぃ……」


 千早は何としてでも就職したい。できれば人と極力関わらない仕事がいい。営業は当然のことながら無理だった。


 在宅で完結する仕事はないだろうかと、千早はスマホを取り出して検索をかける。

 その時だ。部屋のポストにかたん、と何かが入れられる音がした。

 またお祈りのお便りかなと、千早はうつろな目を向ける。目にかかった黒い前髪を指先で横に流し、立ち上がった。


 ポストを開けてみると、妙に分厚い封筒が入っていた。千早がつい最近卒業したばかりの工業高校の印が押されているが、その隣には見覚えのない別の印も押されていた。


「新界資源庁?」


 千早が小学生の頃に作られた比較的新しい省庁だ。

 異世界へと通じるゲートを開くことに成功した各国政府がこぞって立ち上げ、新界と名付けられた異世界の開拓や資源の調査を行うことを目的とした省庁。


 なんでそんなところから封筒が届くのかと首をかしげながら、千早はカピバラクッションを机代わりに封筒から取り出した書類に目を通す。

 どうやら全国の工業高校卒業生に一括で送られているらしいその書類は、人型の建設機械アクタノイドの操作業務の募集だった。

 書類には見覚えのある人型ロボットの写真が載っている。身長二メートル弱のその建設機械が災害救助の現場等で活躍している写真だった。


 アクタノイドは無線や有線で動かすことができ、モーションキャプチャー技術の応用で感覚的に操作が可能なことから、遠隔地や危険区域での作業に適している。

 新界こと異世界には未知のウイルスや危険な動植物が存在する。バイオハザードを防ぐため新界へ人間は入れないため、アクタノイドが開発され、発展を遂げた。

 新界資源庁が工業高校卒業生にこの書類を送付しているのも、最低限の機械の知識がある人材が欲しいからなのだろう。


 実際、千早も高校の授業で最初期に作られたアクタノイド、オールラウンダーを弄ったことがある。


「アクタノイドかー」


 ポスポスと書類でカピバラクッションの頭を叩きながら、千早は呟く。

 どうせ就職先も決まっていないのだから、ダメもとで応募してもいいかもしれない。

 書類をめくってみると業務内容が書かれていた。


『遠隔でのロボット操作業務。通信環境が整った部屋から出る必要はなく、出来高制ながら平均年収一千万円。さらにはチームを組んだ場合でもリモートで完結』


 ――リモートで完結。


「うひっ」


 何度も読み返して、千早は小さく笑う。

 これだと思った。人と会わないですむ仕事なんて最高。まさに天職だ。

 機密保持契約を結んだり、新界開発区への居住が義務付けられているものの、引っ越し費用まで出るという。

 よほど人手不足らしい。


「……都合が良すぎない?」


 うまい話には裏があるものだと、千早は書類を横においてネットで検索をかける。


 新界開発はアクタノイドの登場以降一気に進んだ。しかし、世界一つを丸ごと調査しなければならないため常に人手不足だという。

 異世界は多数あり、国際会議で世界の割り当てが各国ごとに決まっているという。つまり、一つの世界を一つの国が丸ごと調査、管理する形になっているためどの国も人手不足なのだ。


 石油などの天然資源、遺伝子資源が期待できるものの、未知の細菌によるバイオテロや未知の動植物の地球への持ち込みによる遺伝子汚染、環境破壊の懸念がある。

 この懸念に対処すべく、各国は異世界開発に外国からのスパイが入らないよう、資本規制をかけている。これが人手不足に拍車をかけていた。


 日本も例外ではなく、人手不足から新界ではアクタノイドが余っているほどだという。この余ったアクタノイドを貸し出すことで、新規参入者の金銭的なハードルを下げる目論見もあるようだ。

 調べた限りでは、書類の内容に嘘はない。


「どうせ、就職できそうにないし……」


 このままニート生活に突入するよりもマシだろうと、千早は応募書類に記入を始めた。

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