千早ちゃんの評判に深刻なエラー

氷純

第一章 なんでボマーは誕生したか

プロローグ

 森を駆け抜ける影があった。

 転がるような速度。いや、実際に転んで斜面を転がることもあったが、すぐに受け身を取って駆け出す。


 影は追われていた。

 すぐ後ろから、二足歩行の小型恐竜のような獰猛そうな生き物が追いかけてきているのだ。


 影は必死だった。


「なんで……」


 影は呟く。後ろから来る生き物に聞こえないその言葉が彼女の、兎吹千早の口癖だった。

 追いかけてくる動物は二頭。森に入ってからは木々が視線を遮って千早の姿を捉えられないはずなのに、正確に追いかけてきている。


 ちらりと木々の隙間から見えたその動物は地球では絶滅した恐竜、ラプトルに似ている。イェンバーと呼ばれているらしいその動物は虎模様の鱗に覆われ、全長は四メートル、体高は三メートルほどだろうか。

 異様に長い髭状の感覚器官をもっており、地面の振動を敏感に察知してしつこく追いかけてくる。

 全力疾走してもさほど距離が開いていないのだから、逃げ切るのは難しい。


 千早は両手で支えている突撃銃『ブレイクスルー』をちらりと見る。


「……うぇ、吐きそう」


 涙目で呟いて、僅かな平地を見つけて右足を軸に反転、銃口を木々の隙間に向ける。

 狙いを定める必要はない、フルオートで連射する。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる理論だ。

 木々の隙間に向けて引き金を引くと、一斉に銃弾が放たれ、木々の幹をかすり、樹皮を剥ぎ、イェンバーへと殺到する。

 音に気付いたイェンバーが顔を上げたところで、金属がこすれるような硬い音が鳴って銃弾が弾かれた。


「やっぱりぃ!?」


 有効射程内のはずだが、イェンバーは鱗が硬く並の銃器では太刀打ちできない。事前に聞いていたものの、文明の利器が小型恐竜らしきものに容易く弾かれる光景は情けないやら切ないやら。


 銃弾を弾けるとはいえ痛みはあったらしく、イェンバーは威嚇するように大きく吠え、斜面を一気に走ってくる。

 やばい、と千早が身をひるがえして逃走に移ろうとした瞬間、後ろから追いついてきたイェンバーに後ろから突進された。


「んなぁあ!?」


 情けない声を出し、斜面を転がっていく。視界が天地をぐるぐると行ったり来たりした。

 不意に、地面が消えた。より正確にいえば、地面が数メートル下にある。


「――あ」


 落ちる、とこの後の展開が脳裏をよぎった矢先、重力に捕まった。

 どがん、と地面に衝突する重々しい音が小さな谷に反響する。その振動は当然、優れた感覚器を持つイェンバーにも届いているだろう。


 千早はすぐに体を起こし、地面に落ちていた突撃銃を拾い上げる。幸いというべきか、壊れていないようだ。イェンバーに致命傷を負わせられないとはいえ、これ以外に頼れるものもない以上、壊れて欲しくない。

 千早は必死で周囲をきょろきょろ見回す。逃げ道を探そうとしての行動だったが、小さな谷には意外なものが転がっていた。


「……コンテナ?」


 物資搬送用の目立つ赤いコンテナが横倒しになっている。運搬するためのコンテナ車はないが、千早と同じようにイェンバーにでも襲われて谷に落としてしまったのだろう。

 手持ちの銃が役に立たない現状、コンテナの発見は非常にうれしい。


 その時、黒板に爪を立てた音を数倍に増幅したような耳障りな遠吠えが谷の奥から聞こえてきた。イェンバーが谷底に降りて千早を探しているらしい。

 時間がない。千早はコンテナに飛びつくような勢いで走り、ひしゃげて半開きになった扉をこじ開ける。


「――うひっ」


 コンテナの中に放置されていたのは銃や弾丸ではなかった。

 大量の掘削用爆薬だった。

 引き攣った笑みを浮かべる千早は谷の奥から走ってくるイェンバーを振り返り、泣きそうになりながらコンテナの中に入る。


 千早の姿を見つけていたのだろう。イェンバーは迷うことなくコンテナの入り口に二頭揃って顔を突っ込んできた。

 意外と綺麗な歯並びを見せつけ、よだれをたらしながらコンテナに突入してくるイェンバーを見つつ、千早は突撃銃『ブレイクスルー』の銃口を胸に押し当てる。


「うへっ、よ、ようこそ?」


 引き金を引いた瞬間、飛び出した銃弾は千早の胸を貫き、を撃ち抜いた。

 バッテリーが破裂、爆発炎上して周囲の掘削用爆薬に引火、コンテナはイェンバーごと大爆発を起こした。

 轟音が小さな谷を揺らし、クレーターを作り出す。


「爆発落ちなんて、さ、サイテー」


 シグナルロストの文字が表示された画面を見つめて、千早は自身が操作していた等身大人型ロボット、アクタノイドに手を合わせた。

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