【アネクドート9】人類史上最高の知能指数を記録し特定分野に才能を発揮するギフテッドにしてタレンテッドで、生まれながらの天才が現れた。

【人類史上最高の知能指数を記録し特定分野に才能を発揮するギフテッドにしてタレンテッドで、生まれながらの天才が現れた。だが大人たちは、その子に適切な教育を受けさせなかった。

「すでにあらゆるギフテッドやタレンテッドの子供たちの才能を伸ばす教育体制が整っているのに、なぜわたしだけ除け者なんですか!?」

 とその子が抗議すると、大人たちは答えた。

「君は性的知性と才能に秀でているが、児童と性は切り離さねばならないからだ」】



 月の地下。鏡の国の一角に、巨大なドーム状の空間が存在していた。

 壁際にはムンクの絵画『思春期』やデニス・ドブリエの『小便少女』像など、現物が少女愛禁止法で破壊され喪失した少女の裸体やそれに近い恰好を模った作品のレプリカがぐるりと整列している。

 隅には、隣り合った二つの大きな牢屋があった。交渉に見切りをつけられた光源氏と若紫は、この檻で別々に囚われていた。

 引き離されているがためにロリサイも使えず、単なる初老と少女に過ぎない。


「南極で最後に求めた助けは不発だったようだな、キロー」

 二人の牢の外から、鉄格子越しに対面するアルベルトが嫌味を吐く。彼には白雪姫も寄り添っていた。

 背後には、おびただしい数の鏡騎士団員たちが整列して控えている。中世西洋の王子と姫染みた二人の指導者を除けば、全員ビキニ水着と半袖短パンのウエットスーツというロリ彩服装備だ。

「あれが届いていたらもっと慌ただしかったろうが、誰もおまえたちの失踪に気付けていなさそうだ。お蔭でこちらは準備万端だよ」


「アル、再考はしてくれないのか」

 ダメもとで、光源氏は訴える。


「する理由がないですもの」白雪姫が断言した。「対話で改めて確認しましたでしょう、相容れないと。あるいは〝シュレーディンガーの猫箱〟の中身でも自白してくださいますの? でしたら、王子様の気持ちも揺らぐかもしれませんわよ」


 シュレーディンガーの猫箱。

 量子力学の発展に寄与するもその効果に疑問を投じた物理学者であり、少女愛の実践者でもあったエルヴィン・シュレーディンガーの遺産である。彼は論理超能力の誕生に関与したとされ、この委細である秘密を知る数少ない人物が光源氏と若紫なのだ。それは、シュレーディンガーの思考実験に因んで〝猫箱〟と呼ばれている。

 とはいえ、光源氏と若紫は全能の本領もろとも猫箱の記憶を封印していた。これに触れたことが、かつて強大すぎるロリサイを暴走させたきっかけだったからだ。

 当時、一緒にいたアルベルトと白雪姫もそこだけは熟知していた。

 もっとも旧人類社会では、シュレーディンガーが少女を愛した事実自体がもはや闇に葬られているが。


 ――『少女愛は絶対悪でそんなものに耽溺する者に善いところなどない』という思想の下、シュレーディンガーに限らずそうした歴史は真実を塗り替えられていた。

 例えば、50代で9歳のアーイシャとの結婚を完成させたイスラム教の開祖ムハンマド、22歳のときに12歳のまつと結婚した武将前田利家、27歳のときに14歳の従姉妹ヴァージニアと結婚した作家エドガー・アラン・ポー、36歳のときに14歳の大月薫に求婚して翌年結婚した中国革命の父である孫文、22歳のときに9歳の少女ジャーナキと結婚した数学者ラマヌジャン、等々。少女愛支持者の功績はことごとく抹消され、悪いとされる面は強調されている。

 人類誕生から二〇世紀までの数百万年の人類史において、少女の年齢で恋愛や結婚や性行為をすることの方が世界的にあり触れていたのだから、こうした捏造の規模たるやとんでもないことになっていた。


「やめよ、意地悪幼女めが!」

 〝シュレーディンガーの猫箱〟への追求に、鉄格子をつかみながら噛み付いたのは若紫だ。即座に、姫が言い返す。

「そなたとて幼女でしょう!」

「残念ながら11歳、少女じゃろう! そちは7歳じゃ!! わらわは四つも上の姉貴分じゃわい!」

「あら? ネオテニー化して不老になってからはこちらが長くてよ!!」

「ならば、老婆よのう!!」

「そなたもでしょうに!!」


 子供らの口喧嘩に、パートナーの大人たちは置いてけぼりにされてうんざりしてきた。


「あ、あのう姫」遠慮がちに、まず止めようとしたのはアルベルトだ。「ちょっと静かに――」

「しませんわ!」白雪姫は即断だった。「このロリお婆さまに勝つまでは!」

「臨むところじゃガキ婆めが!」

 売り言葉に買い言葉で、若紫も相変わらずだ。


 さすがに困惑する鏡騎士団たち。部下を気遣ったアルベルトは、好敵手へと自慢げに披露する予定だった雄図の発表をやめ、とっとと計略を発動することにした。

 彼がジェスチャーで何事かの合図をすると、たちまち、王子と姫を除く鏡騎士団たちは瞬間移動系の論理超能力で広大なホールから姿を消した。

 詳細を聞く前に出立されたが、光原輝郎に彼らの目的の見当はついた。おそらく、正午騎士団長でもある光源氏と若紫の不在を狙い、世界的テロリを企てているのだろうと。


 ホールに響き続ける少女らの口戦争を避けるように、輝郎は旧友へ手招きをする。気まずそうに、王子は要望に応えた。

「アル」

「な、なんだ?」

 小声でも届く距離になると光源氏は呼び掛け、アルベルトは戸惑いつつも耳を貸す。

「お互い苦労しているだろう?」

「まあ、な」

 平安貴族もどきと西欧王子もどきは、交互にしゃべった。

「共感できるところがあるではないか、どうにか別の部分でも妥協はできないのか」

「それとこれとは違いすぎるからな」

「かもしれない、ただ」

「ああ、こうした単なる口論に発展するのだけは回避したいものだ」

「そこは同感だ、不毛なだけだからな」

「そうだな、不毛なのは幼女だけでいい」

「え?」



 一方『黄金の昼下がり学園』は、またも異変に見舞われていた。

 きっかけは些細なもの。生徒同士のつまらない喧嘩だった。


 放課後。

 ここに来て間もない二組のカップルが、校内の隅にある公園で自分たちのロリサイについて閑談していた。いつしか、どちらのサイが強力かという比較になった。やがて自分たちこそ強いという口喧嘩に発展。殴り合いにまで到った。

 そこで教師が駆けつけ、沈静化させる直前。

 めったにないことだが、片側のカップルがロリサイで相手を攻撃した。カッとなったのと、教師が阻止しに来たのを見計らってからでもあったし、転校間もないという不慣れな状況も重なり、どうせ校長に阻まれるという確証もあってのものだった。


 ところが。


 学園長の妨害はなかった。さらに、生徒のサイは仲裁に入った教師のそれを上回っていた。

 結果、相手のカップルは重症。そばにあった体育館の一部が損壊し、館内で部活動中だった人員を巻き込み複数人が怪我をしてしまった。

 学園運営開始以来、完全に内部でのものとしては前代未聞の被害だった。

 襲った側もまさかの惨事に茫然自失となり、怪我人と一緒に医務室に運ばれる事態となった。幸い誰の命にも別状はなく、校舎の修繕と合わせてみなの負傷も論理超能力で癒せる程度で済んだが、さすがにこれはありえないことだった。


 副校長は教師たちも伴って、即座に学園長室へと献言に赴いた。

「喧嘩の件だね。悪い悪い、申し訳なかったが把握しているよ」

 教諭たちが苦言を呈する前に、入室するなり学園長はデスクから軽い調子で先読みした。あまりにも悠然と構えていたので、入って来た側は呆然となった。

「今後は用心するつもりじゃ」隣席の若紫も落ち着いて補う。「不手際があったのは自認しておるが、わらわらもいちゃついたりしておると限度があるのでのう」

 あっはっは、とそろって笑う。

 この間の副校長が悪戯を見過ごされたのを報告したときどころじゃない、軽薄な対応だ。

 顔を見合わせた教師たちは、アイコンタクトだけで全員が悟った。


 ――光源氏と若紫は確実におかしい。


 彼らは適当な苦言と挨拶をして、そそくさと学園長室をあとにした。

 そのまま、廊下で話し合う。

「どうしちゃったんだ」切り出したのは、女子生徒に夢中なあの男性体育教諭だった。「頭でもぶつけたのか校長たちは? 学園運営も疎かにしていちゃついてるだなんて!」

「うふふ、おまえが言うなって感じねん」以前保健体育の授業をやっていた女教師が、控えめに同意する。「校長たちにも異常があるのだけは、間違いなさそうだけど」

「……心当たりがあります」

 厳かに言及したのは、メイド服の副校長だった。彼女は体育教師や保健教諭を含む、そこに押し寄せていた教員たち全体に指示する。

「みなさんは、とりあえず通常の業務に戻ってください。わたくしはこうした場合の対処も、事前に光源氏学園長と若紫嬢から伺っておりましたから。それを履行します。追って、深い事情はご連絡いたしますので」

 かくして、一足先に副校長は廊下を何処かへと駆け去っていった。



 黄金の昼下がり学園は広い。

 前例のない事件の現場は、悠斗たちの生徒用玄関とは正反対の端に位置していた。パニックを避けるために事実関係の伝達も慎重に行われ、時間帯も放課後だった。

 ために、ちょうどその頃。悠斗と富美香、剛太と沙奈々、恵兎と春伽は玄関にいて、事態を把握していなかった。


「ねえ。これから著井渡町に遊びに出掛けるんだけど、一緒にどう? こんな山にばっかり閉じこもってても退屈でしょ」

 授業終わりのまだ昼間。昇降口で靴を履き替えながら、戸塚輪恵兎が誘った。

 勧誘されたのは、悠斗と冨美香だ。

「いいな、行こうぜ悠斗」

 下駄箱の裏側から賛同したのは、間戸井剛太だった。

「そうだよ!」すでに外履きに替えた沙奈々は、ガラス戸の玄関扉前でくるくる回りながら急かす。「まだ麓のド田舎町のことも詳しくないでしょ、沙奈が案内とかしたげる!!」

「あんたは方向音痴でしょー」

 隣でツッコんだのは春伽だ。対する沙奈々は無邪気に返す。

「春ちゃんは糞音痴だけどね」

「おおお、音痴じゃないし! わざと下手に歌って相手の油断を狙ってるだけだしー!!」

 意味不明な弁解をする春伽だった。

 彼女らの恋人たる剛太と恵兎が笑い、その輪に悠斗と冨美香も参加した。


 けれども、


「嬉しいけど、今日はまだ練習がしたいからパスするよ」

 悠斗は憾むように断り、冨美香も遠慮した。

「ざんねん、そうなんだよね。ごめんね、あたしたちまだロリサイがよわよわなざぁこだから。二人だけでヒミツの特訓したいんだぁ♥」

 友人として事情を教えてもらっていた剛太が、仕方なさそうに甘受する。

「そうかぁ、ならしょうがないよな。じゃあ、がんばれよ」

 あとの三人も既知のことだったので、名残惜し気ながら了得してくれた。

 四人の仲間に見送られながら、悠斗と冨美香は一足先に下校する。


 新人の二人は両想いながら未だロリサイが使えない、主に悠斗に迷いがあるために。

 学園内では、そう認識されている。外部で少女愛が悪という洗脳をされてきた者には珍しくない。だから放課後は自主練に励むことにしている、ともされていた。

 加えて新たにできた四人の友達と一緒に帰るのを避けるのは、正午騎士団専用寮に入るところを目撃されたくないためでもあった。友人関係になってからも、これまでそこだけはごまかしてきた。

 なにせ冨美香が冨美恵の子孫だというのは、危険に巻き込みうるため騎士団外には極秘事項である。論理超能力に覚醒していないとされるのに騎士団寮にいるとバレれば、怪しまれかねない。剛太たちは騎士団員でもないのだ。


「お互いの誕生日はもう充分暗記したな」そんな内緒話を、自室に戻るや悠斗は確認する。「あとは、他人についてどうするかだけど。とりあえずはこれだけでもだいぶできることは増えるか」

 リビングルームにある、キティの載った食卓兼用のテーブルを挟んでの会話だった。向かいの椅子から冨美香が意見する。

「それより、いつみんなに発表しちゃうかだよね。まだ心の準備はざぁこなままなのかなぁ?♥」

「ごめん、いいかげん覚悟したいけど。どうもあと一歩の勇気がなくってな」

「外で生活してた人には珍しくないよわよわな気持ちだけどね。あたしはずっと学園でつよつよだったから、理解しきれなくて申し訳ないけど♥」

 悔しそうに卓上で握りしめられていた悠斗の拳を、冨美香は己の手の平でそっと包む。

 見つめ合う二人。なんだかいい空気になって、互いに顔を近付ける。

 唇が触れそうになったとき。


 ばんっ! っといきなり扉が開いて邪魔が入った。


「あ。し、失礼。緊急の案件なんですが、どんなプレイ中でしたか!?」

 副校長だった。

 汗だくでよほど慌てていたらしい。前例もあってか二人の姿勢に対面するや、とんでもないことを口走る。

 冨美香はエプロンドレスがお気に入りでうち一つを着用していて、悠斗は授業のときは前の高校の学ランをそのまま使って着替えずにいた。さらに二人の間にはぬいぐるみのキティが挟まっている。これが、微妙におかしな構図という印象を与えたせいかもしれない。

 ともあれ、悠斗と冨美香はそろって激怒した。

「「ノックぐらいしてよ!!」♥」



 しばし後。『黄金の昼下がり学園』のある、呂利辺度山麓の著井渡町。

 夕方。こぢんまりとした商店街で、間戸井剛太と飯里沙奈々、戸塚輪恵兎と赤山春伽の二組のカップルが束の間のダブルデートを堪能していた。

 一帯は少女愛関連に限らず犯罪も少数で、警備も薄い。でなければ、いかにもJKといったセーラー服の春伽と、いかにもJSといった素朴なワンピースを纏ったお下げで雀斑顔の沙奈々だけでもそうとう目立つ。恵兎も外見は少女だ。そこに一人だけ、19歳の男子で立派な体格の剛太がいれば怪しまれかねない。

 されど町は平穏で、出掛ける本人たちもネオテニーとしての護身術があるので、このくらいの自由は楽しめていた。無論、呂利辺度山内にある不思議の国の街で遊んだ方が安全だし設備も充実している上に少女が色っぽく出演する作品なども独自に製作公開されているが。

 対して外界では、恋愛や性的な内容はおろか一定以上の露出や、またはそう想起させる少女の表現は芸術から単なる広告に到るまであらゆるものから排されていてつまらない。が、あえて旧人類の町に出るのは自分たちの自由を確認する感覚を味わえたので、彼らはたまに来ていた。


「いやあ、歌った歌った」

 カラオケ店をあとにした四人のうちで、伸びをしながら剛太が言う。

「にしてもおまえ、また古い少女アイドルの曲ばっかだったな」


「だってババア曲じゃん」春伽は毒づく。「法律で禁止されてるからって少女アイドルの歌はおばさんにカバーさせてばっかいるんだからバカーでしょー。ロリコン扱いは気に食わないけどせっかくこういう立場になったんだから、少女のあたしたちが歌って魅力を再確認するべきなのよー」


「ま、相変わらずおまえ好みで削除されてないのは一部だけだったけどな。昭和の童謡『赤とんぼ』さえ、〝15歳で嫁に行き〟って歌詞が問題視されて封印されたままだ」


「そういうのはやっぱ、不思議の国の隠しカラオケで発散ね。あー歌うだけで逮捕されるようになった、セーラー服を脱がそうとする二〇世紀の曲歌いたいわー」

「まだ歌うの?」不満げなのはパートナーの恵兎だ。「勘弁してよ、ハルは音痴なんだから。みんなでなら盛り上がるけど、あたしだけ聞かされるのはね~」

「うっさいわねー。カラオケの採点機能でも点数上がってたっしょー」

「一点ね」


「あたしは好きだけどなぁ」

 肯定したのは沙奈々だ。


「おっ。さっすがサナちゃん! わかってるゥー」

「ちょっとぉ、浮気しないでよね!」

 恵兎が軽い焼きもちで、春伽を抱擁する。

「えー」沙奈々は無邪気に述べた。「ハルちゃんの歌唱力ってすっごく下手糞でおもしろいのに、もったいないじゃんってことだよ!」

「フォローじゃなくない!?」

 ツッコむ春伽だった。きっかけに、歩きながら四人は笑った。


 和やかな雰囲気だった。

 なのに直後、いつもと異なる光景に遭遇した。

「しっ。あれ!」

 剛太が警戒し、目立たないように用心しながら通行量の少ない道路を挟んだ反対側をそっと指差す。


「……から123。職質、面確で総合一本お願いします」


 そちらから声がした。

 見れば、歩道の一角で警官が成人男と少女の組み合わせに職務質問をしている。聞こえたのは、無線での照会センターへの連絡のようだ。


 珍しいことだった。


 都道府県庁の所在地中心ならともかく、該当する市とはいえ隅に位置するこんな田舎ではなかなかない状況だ。

 もっとも職質を受けているのは、めちゃくちゃ太って萌えアニメ柄のシャツをズボンに入れ、腹部分ははみ出し、伊達といっていいのかもはや古代遺物ないわゆる牛乳瓶の底みたいな眼鏡を掛け、お世辞をもってしてもブサイクで、やはり萌えキャラだらけの缶バッジをいくつもあちこちに付け、リュックには同様のキーホルダーが複数、そこのチャックの隙間からは丸めたポスターが突き出ている。

 という、二一世紀初頭以前の想像上オタクといわんばかりの、いかにも警察らに不審者扱いされそうな人物ではあった。余談だが、フヒヒ、とかぬかしてもいる。

 ……が。どうやら超常現象は実在するようで、普通の家族だったらしく、警官は退散した。まあ少女愛狩りは、見掛けでなく内面の迫害なので当然でもある。

 どうやら、むしろ過去のオタクをおちょくる目的で「ざまあw」という意図を込めたコスプレだったらしい。本人が大声でそんな弁明をしていたが、お咎めはない。


 昔、アニメ漫画ゲーム等のいわゆる二次元の少女を愛好する人々は、

『人権問題が発生するのは実在する三次元でのみで二次元は無関係だよバーカ』

 とか何とか言って現実の少女愛関連の規制にだけ賛成して難を逃れようとした。

 とはいえ、その前の段階で少女らのヌード表現規制を許したときから、それまでの日本にいた少女ヌードモデルがいなくなり、藤子・F・不二雄という巨匠漫画家の作品『エスパー魔美』において、〝14歳の女子中学生でヌードモデルをしている主人公〟みたいな設定も以後のそうした作品から消滅していたので無駄だった。

 当然、次いで少女の水着などの表現が一般的に犯罪となれば、それ以前のものから後のものまで二次元作品でも〝水着の少女〟はいなくなった。やがて犠牲は薄着姿などにも拡大され、結局現実の少女愛規制とほぼ同等になったわけだ。

 子供と性を結びつけること自体が不謹慎という、不謹慎狩りの論法でそうした表現が規制されていたのだから当然の帰結である。人権問題が発生しないから二次元は自由の論法で通るなら、あらゆる現実の差別肯定も二次元表現上では自由であったが明らかに一般的でなくなっていったように。まして、ジャンル自体が美少女モノとも呼ばれもした萌え系がこの論法で規制されてしまう範囲はとてつもなく多大であった。


「例えばだ」

 かつてこのことについて、光原喜郎が自ら教鞭をとって授業する機会があった際にはこんな風に語ったものである。

「実際の十八歳未満の性行為も性描写も一切違法でも違反でも問題でもなかったとしよう。そんな世で十八歳未満の性行為や性描写を漫画で描いても、何ら問題のないことを二次元でもしているだけで根本的な意味での問題はなくなる。問題にされるのは、おおかた現実で問題にされてからだ。ファンタジーだろうがSFだろうが何だろうが同じこと。まず実際にタブー視されている描写がフィクションでもされれば問題となり、リアルで問題にならないことはおよそ創作でも問題にならない。三次元で二次元が作られたのだからな」

 怒りさえ込めて、彼はきっぱりと言い切ったのだった。

「〝三次元はいくらでも規制を強化してもいい二次元さえ自由ならば〟などとぬかす輩は、二次元も守ってなどいないのだ。

 これらの規制に反対する人がすべきだったのは、そもそも差別肯定などと違って少女と性の関係などは現実でも論理的科学的に問題でない部分が多いと示すことだったのだとわたしは思うよ。その事実が認識されれば、当然フィクションでも咎められなくなっていただろうからね」



 ともあれ、一つの危機が去って四人のネオテニーが気を緩めかけたところで、身近にあった低めの雑居ビルから銃声がした。消音器すら通してない。

 四人はもとより、疎らにいた通行人たちも硬直する。

 問題のビル一階にある雑貨店入り口の自動ドアが開き、内部からいくつかの物品が路肩に投げ捨てられた。

 芸術家パブロ・ピカソが四〇代のとき17歳の愛人少女を描いた絵。成人してから十代半ばの少女らと結婚や離婚を繰り返したコメディアン、チャールズ・チャップリンの映画記録。貴族出身で女流の写真家でもあった清岡順子による少女ヌード写真集。

 一見しただけで、そうした芸術関連のものが目立った。

 裸族が成立し子供が裸で生まれる以上、裸体を晒しただけで傷つくことなぞ元来ないのに規制されているのだ。人は裸で誕生し子供の意思など無視して大人が服を着せるのが先行するのに、判断力の未熟な子供の肌を晒す表現は犯罪だとし、目にするだけで罪とした思想のなれの果てだった。

 二〇世紀にベトナムで起きた戦争の貴重な歴史でもあり、戦火から全裸で泣きながら逃げる9歳のキム・フックを撮影したピューリッツァー賞を獲得した写真さえ、裸で傷ついている少女を同意なく撮ったもので擁護の余地なしと抹消されたほどだ。


 そして問題の店から出てきたのは、黒のスーツに骨伝導イヤホンマイクとサングラスを装備した成人男女数名だった。

 世界連合の一部門、少女愛のシンボル『ダブルハート』に✕印を重ねた世界刑事機構のバッジを胸につけていた。重大な少女愛事件専門の捜査官たちだ。警察の異端審問課みたいな下っ端ではない、ロリ異端審問会員たる特別捜査官だ。

 一人が、捨てられた芸術品へ無煙タバコを吸うついでに燃料自動生成式のライターからオイルをかけ、着火する。いちおうスマホで状況を記録している会員もいるが、乱暴過ぎる所業だった。

 無線で、「タレコミ通り違法なロリポルノがあった、押収後にゲンジョウで焼却。ホシの店長は妨害しようとしたため、199未遂で射殺した。あと、ロリコンがキモかった」などと報告していたが、胡散臭すぎだ。


 一般人たちはもちろん、さっきまでいた警官までもが見て見ぬ振りで日常に帰っていく。

 なにしろ、世連本部のロリ異端審問会員だ。子供に挨拶をしただけの大人でも不審者などとする風潮を経て、冤罪も続発させているがろくに改められもしないため、旧人類にさえ恐怖する者がいる。


「あいつら!」

 押し殺した剛太の憤慨に共感しながらも、四人のネオテニーは現場を睨むしかなかった。

 警察の職質に異端審問の焚書。偶然じゃない、どうしてか少女愛狩りが強化されている。こんな出来事が続発するのは、この町では異例だ。

「こりゃあ、尋常じゃないわね。もしかしてだけど――」

 さすがに異常を確信して、恵兎は仲間たちに推理を披露する。


 よく考えれば、この間の『剛太と沙奈々ボケスベり事件』から前兆だったのかもしれないと。

 本来、学園が正常に運営される程度を保つ校長たちがあんなミスを犯すのが稀だ。タイミング的に無関係とは感じられなかった。

 とどめとばかりに、パトカーと黒塗りの高級車との列が車道を横切った。

 後者はやはり異端審問会のマークが車体に描かれている。新型のロータリーエンジンであり、奴隷化したネオテニーのロリサイを借りて無理やり作らせた超低燃費の発明品、通称ロリータエンジンを搭載した彼ら特別捜査官専用の車両、蔑称〝ロリータ車〟だ。

 全部がサイレンを鳴らし信号も無視して、『黄金の昼下がり学園』方向を目指していく。


『著井渡PS管内、〝黄金の昼下がり学園〟で275事件容疑。緊急配備を発令する』


 異端審問会員の無線も、近辺に洩れるほどの警鐘を鳴らした。

 ついに、生徒たちは動きだす。

「こりゃあ、もう決定的ね!」真っ先に、車列を追尾しつつ口にしたのは春伽だ。「くだらないことしやがったら、カラオケの代わりにあいつらに悲鳴歌わせてやるわー!!」

 次ぐ剛太も賛同する。

「ああ、みんな戻るぞ。きっと学校でも何かあったんだ!!」

 二人の恋人と友人たちも同意して、いっせいについていく。


「ん?」

 進路上の雑貨店前にいた審問会員が、接近してくるネオテニーたちを怪しんだ。

「おまえら、どういう関係だ!?」

 沙奈々が、あっかんベーでどうどうと宣言してやる。

「ロリとロリコンだよ、鬼畜野郎ども!!」

 息ぴったりに剛太は後ろに、沙奈々は前に腕を伸ばし、指先を触れさせた。

 反応する間も与えず、EPRパラドックスで異端審問会員たちをワープさせる。

 生徒たちは顧みることなく帰路を急ぎ、山林の入り口で木陰に隠れるや自分たちも瞬間移動した。

 今頃会員連中は、町外れの水田に転落。綺麗だったスーツを泥塗れにされていることだろう。

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