【アネクドート10】今日も血相を変えた親たちが病院に押し寄せてくるので、医者は相手がしゃべる前に言った。
【今日も血相を変えた親たちが病院に押し寄せてくるので、医者は相手がしゃべる前に言った。
「大丈夫。ご存知ないでしょうが、子供は服を着ずに生まれてくるものなのです。性器もありますし、誰にも教わらずに生後数ヶ月から小児自慰をすることもあります。それらによって精神的に傷つくなる先天的性質もありません」
親たちがほっとするのも束の間、医者の後ろから警官が出てきて付け加えた。
「ただしそれらを目にしたあなた方は違法なので逮捕します」】
「――以上の理由で、おかしいのです」
悠斗と富美香を自室まで呼びに来て、校長室へと先導する女性副校長。彼女は早歩きで、こないだのボケスベり事件と今日の喧嘩事件から導き出される異変についてざっと説明していた。
「えーと」キティをつかんでいない方で繋いだ手にパートナーの不安を感受して、少年は尋ねてみる。「いったいどう変なのか、概要だけじゃイマイチなんで。心の準備をしておきたいから、もっと詳細を教わりたいんですが」
「もちろんです」副校長は口答した。「こうした異変が起きたなら、あなた方の護衛も最優先事項の一つと光原学園長と若紫嬢に指示されていましたから。まずは、彼らのロリサイについてはっきりさせておきましょう」
彼女は明かした。
「〝全能の逆説〟です」
その噂はあったが、どうやら真実のようだった。
全能者への疑義とそれに関する反論からなる一連の思考実験、〝全能の逆説〟。おそらく人が想像しうる最高峰の論理超能力が、
「文字通り全能に関するサイで、世界最強のネオテニーともされていました。普段はこれもあって学園が支障なく運営されていたためにトラブルも微少で、外部から内情を隠せてもいるのです」
「つまり、お聞きしたようなミスはありえないってことですか?」
「何事にも例外はあります」
「でも、全能っていったらまさに不可能がないんじゃ……」
「実は、光原学園長と若紫嬢は自身に制限を設けているのです。ネオテニーは超能力を有する以外はただの人ですから、あまりに強大な力を制御できずに暴走して自他共に多大な被害をもたらしかけた過去がきっかけだと伺っております。以来、彼らは一度に一定方向でのみ全能性を発揮するようにしていました。複数の効能を操るなら、それぞれを弱めているようです」
「とすると」
悠斗は嫌な予感に大声を上げた。
「そこまでの操作もままならないほどの危険が、学園長たちに及んだってことですか!?」
廊下にいた生徒たちにギョッとされた。
唇に人差し指を当てる仕草で、副校長は静聴を促す。
もう正午騎士団の寮ではなく、学園長のいる校舎内だ。こうした真実は、そこにいる一般の生徒たちにはまだ秘密と聞かされていた。
やがて、小声で先導者は再開する。
「どうでしょう。あくまで実力が弱まっているだけのようですから、無事ではあるはずです」
タイミングよく、一同は最上階にある学園長室前に到達した。
三人は一息つき、先導者が両開きの入り口扉を緊張の面持ちでノックし声掛けする。
「失礼します、学園長。重大な事案が発生しているようなのですが」
「把握していますよ、副校長」平常通りに〝光原輝郎〟が応答した。「どうぞ、入ってください」
「あれれぇ。元気そうじゃん、校長先生ってば♥」
冨美香が指摘する。心なしか、握り締められたキティまで疑っているようだ。なんだか悠斗も気が抜けてしまった。
「あ、あああ慌てないでください」
自分こそ動揺しているみたいだったが、副校長は補足する。
「先ほどもこんな調子でした。ですが、彼らは自分たちより下位の不完全な全能者たる分身さえも創造できるのです。それ故のずさんな管理だったのかもしれないというのが、わたくしの見解です。であれば、なおさら深い事由があるはず。ロリサイの法則はご存知ですね?」
「えーえーと」
勉強不足の悠斗が答えに窮していると、富美香が先を越した。
「もう、ざこお兄さんってばよわよわだね。〝基本的に、両者が身体的に接触している間だけ、これまで人類が生んだ思考実験を五感のいずれかで捉えられる知覚範囲で現実にする〟だよ♥」
「そう、〝基本的に〟が肝です」
副校長は補う。
「例えばお二方がお友達になられたという剛太さんと沙奈々さんは瞬間移動ができますが、目的地が知覚範囲外ならこれに該当しているかは微妙でしょう。学園長と若紫嬢は万能ですので、さらに超越しうるのです。身代わりを用意しているとすれば、ご本人たちは留守にしているのかもしれません。ただし、能力が有効なのはあくまで基本的には知覚範囲である以上、創造された代理人はその外での言動に粗があるはず」
「聞こえましたかのう」室内から若紫?が呼び掛ける。「入室していいと許可したはずじゃが」
これで副校長は決断した。
「迷っている猶予はなさそうです。どうにか隙を突いて正体を暴き、真相を問い質しましょう!」
気合はいいが、作戦がなさ過ぎだった。
覚悟がまだな悠斗と冨美香を置き去りに、進路はそこにしかないかのように副校長は扉を開けた。
三人は、どうにか平静を装って入室した。いつも通りにしか見えない学園長は来客用のソファーに座るよう勧め、副校長と悠斗と富美香は並んで掛けた。
テーブルを挟んで、窓を背にデスクへ着く初老姿の光原輝郎と対面する。傍らには、いつものような若紫もいた。
「昔のSF作品にもありましたね、
緊張している来客をよそに、学園長は黙読していたらしき漫画のページを捲りながら独白した。アメコミだ。
「この物語はいつだかアルベルトにもらった前世紀初頭のもので、超能力を身につけた少数の新人類がそれ故に他の多数を占める普通の人間たちに恐れられ迫害される様を描いています。かつては人種や同性愛差別の比喩と評価されたそうですよ。当時すでに、少女愛差別もあったというのに」
パタンと本を閉じ、卓上に投げて継続する。
「ですが、少女愛差別こそが似ているのではないでしょうかね。外見からは区別できない超能力という特徴を内包する新人類がそれを自在に振るえば、従来の人類の脅威となる。〝外面からは見分けられない非力な子供と関係したがる内面を持つ大人〟というイメージこそ類似しているはず。ようは力関係の差への恐怖を克服できるかが課題だったのではないでしょうか。それができず、少女愛迫害時代になったのですが」
いかにも光原輝郎が述べそうなことで、かもしれない逸話ではあった。けれども、ごまかされるわけにはいかない。
ひと息ついて、ストレートに副校長は切り込む。
「学園長、数日前と今日の学校運営の件ですが――」
「喧嘩での怪我と、反則の悪戯でしょう」輝郎は、うんざりしたような態度で追い抜く。「承知していると言ったはずです。はいはい、こちらの不手際ですみませんでしたね」
「と、とはいえ、ここまで頻繁にはありえないことでしたし。失礼ながら、反応もおざなりです。もしかしたらあなたたちは、に、偽物なのでは……」
「原因は一つでしょう。わたしたちの主要なライバルといえば?」
遮る校長。
「
ワンダーランドの妨害者として、最もありそうな名称を悠斗は口にしてみた。
「正解!」
なぜかおかしなテンションで、学園長は認めた。
「彼らのわたしたちや人類への急襲には前例があります。とっさに対処すると、管理が疎かになりますからね。本格的に抵抗する場合は休校にしたりしていましたし、そうした予防もなく短期間での連続したミスは珍しかったでしょう。なにしろ、わたしたちは 影 武 者 ですから仕方がありません」
「「「……はい?」」♥」
来客の三人は、あまりのことに声をそろえてしまった。
なんと、あっけらかんと本人が自白したのだ。
自称影武者は、さらに白状する。
「一週間ほど前。光原輝郎と若紫の当人たちは、アルベルト・プリンスと対談するため南極に出向きました。わたしたちは、留守番のための限定的な全能性だけを授与された被造物です」
「な、なら」
どうにか気を取り直した客たちのうち、悠斗が追及した。
「本物の光原校長と若紫ちゃんは数日前からいなかったってことですか? なにがあったんです!?」
「さっぱりわからんのう」
回答は〝若紫もどき〟だった。
「制限によって、わらわたちには校外のことがろくに知覚できんのでな。とはいえ、学園運営だけなら支障がないはずじゃった。ミスがあったのは、本人たちからの影響じゃろう。わらわらを消去することで異変を通達しようとした気配ならあったが、不完全に終わった。
知覚範囲外からでは、能力で創出したものを消すくらいしか彼らにもできんからのう。それも完遂できないほどの危機があったのじゃろう。ために、こちらの管理もちと狂ったのじゃよ。授業中のボケスベり事件じゃな」
副校長が、顎に手を当てて推測する。
「だとしたら、アルベルト・プリンス氏に捕まって見張られてる可能性が高いですね」
「そんな想定でいいんですか!」動転したのは悠斗だった。「
「アルベルト氏と光原学園長は、方針の相違から袂を分かつまで親友同士だったそうです」副校長が諌めた。「現にこれまでどんな争いになっても、王子が学園長の生命を奪うことはありませんでした。光原氏は重要な秘密も握っているそうで、それが要因とも捉えられますが」
彼女の説明は悠斗には新鮮だったが、冨美香は驚いた風ではなかったので既知のことなのだろう。そんな少女は、影武者たちに怒った。
「もう!♥」
苛立たし気にキティを握り、足をバタバタさせながら抗議する。
「影武者さんたちはそこまで話せるくらいよわよわでざぁこで負けちゃってるのに、どうして一週間も黙ってたの?♥」
若紫の分身はごく簡潔に述べた。
「たった今、学園外のことを諮問されたからじゃが。なにか?」
得意げだった。
「「「は?」」♥」
今度は呆気に取られて、来客の三人がハモってしまう。
なにが誇らしいのか、若紫もどきはぺたんこの胸まで張っている。学園長もどきもお揃いのポーズだ。
「……もしかして学園長本人も」冨美香が正直な感想を吐露した。「頭よわよわなざぁこだったの?♥」
やや躊躇したあと、副校長は咳払いして遠慮がちに言及する。
「ぶっちゃけ、ちょっと抜けてます」
そういえばそんなところもあったな、と今さらながらに追想する悠斗だった。
途端。校長とパートナーの分身が表情を険しくした。
反射的に、平身低頭で謝る副校長。
「ひいっ! すみませんすみません!!」
だが少女の影武者は予想外の警告をした。
「外部が大変じゃな」
「うむ」頷いて、校長もどきも宣告する。「どうやら、学園運営自体すら難しくなってきたようだ」
「本物に与えられた能力の限度を超えておる。わらわらは、もう消滅せざるをえんのう」
応じて頷くパートナーの分身。
「ま、待ってくださいよ!」意味不明さに、悠斗は訊き返すしかない。「どうしたんですか急に!?」
「学園外のことなので、ノーコメントで」
手の平を向け、取材を断る芸能人っぽくほざく光源氏もどき。パートナーもどきは、にこやかに手まで振って告知した。
「では、さらばじゃ」
そして、二人は満面の笑顔で消失した。
置き去りにされた三人は、互いに顔を見合わせた。ややあって、全員でツッコむ。
「「「ちょっと待てェい!!」」♥」
『黄金の昼下がり学園』校門前。
けたたましいサイレンを奏でながらパトカーやロリータ車など計十台が山道を登ってきて、駐車場へでたらめに停車した。
まもなく、制服の警官とスーツの異端審問特別捜査官が計二十人ほど降りて閉ざされた校門前に整列する。うち後者の代表らしき男性がインターホンのチャイムを鳴らして呼び掛けた。
「こんにちは、ロリ異端審問会です。貴校で少女愛に関する大規模な違法行為が行われているとの疑惑がありますので、捜査にご協力をお願い致します」
その頃には、騒ぎを聞きつけた生徒や教師たちが集結し、鉄格子状の門扉を挟んで校内から来訪者たちに対峙していた。
「令状はお持ちでしょうか」
「ええ、ガサ状ならこの通り」
校門の向こうに出てきた教師の抵抗を、会員代表があっさり打ち破る。懐から、見紛うことなき捜査令状を抜いて突きつけたのだ。
「……では、確認がありますので少々お待ちを」
しぶしぶ教師はポケットから携帯電話を出し、校舎内に掛けようとした。
裏の目的としては、正午騎士団らの協力も得て証拠隠蔽用のロリサイを学園中に敷いてもらうためだ。
「だめです!」
突如、背後から声がした。
全員が注目すると、校舎の正面玄関から駆け寄ってくる三つの人影のうち一人が叫んでいる。
「光原輝郎学園長は急用で外出しています。引き取ってもらわないと!」
メイド服で走りにくそうながら訴えるのは、先頭の副校長だった。後続は悠斗と富美香だ。
彼らは光源氏と若紫もどきのヒントとサイレンの騒音で、異変の発生源を察知したのだった。
「ほう、マルヒのトップが不在とは」
嫌みったらしく異端審問官代表は探りを入れる。
「理由をお聞きしたいところですが。いずれにせよ、こちらには無関係です。光原氏がいなくともガサ入れができるよう許可されているのですよ。不都合がおありですかな?」
ありまくりだった。
学園長たちがいなくては、ここが少女愛を許容する学園ということをごまかすのも大幅に難しくなる。
台詞の合間に悠斗たちも校門前に着き、睨み合いに参戦する形となった。
「不都合ならあるさ!」
ほぼ同時に、特別捜査官たちの後ろから少年の声音で返答があった。みなの環視がそちらに集まる。
いたのは四人。麓の町から帰還した、間戸井剛太と飯里沙奈々、戸塚輪恵兎と赤山春伽だった。
「町でやらかしたことを目撃したぞ」先頭の剛太は怯まず拒絶する。「あんたらみたいな人殺しに、平和な学校を荒らされたくはないからな!」
「公務執行妨害になりますが、学園の方針ですかね?」
尋ねる異端審問官代表に、剛太は言い淀む。
微妙な間を空けてから、やがて彼は急にやたらふてぶてしい態度となってほざきだした。
「……う、うんにゃ、おれはここの番長でい。警察だのなんだのはでえ嫌いなんだよ!」
大根過ぎる芝居だった。
がたいはいいが、別に剛太は不良じゃない。どうにか捜査を撹乱しようとしているのだ。
とっさなために穴だらけだが。
「なあおい、野郎ども」
盗賊か。仲間に無茶振りを要求する。
「お、おうよ」どうにか恵兎は、豊満な胸を張って応じた。「とっとと帰ェりやがれ! さもねーと先コウもろともボコんぞ、てやんでえべらぼうめ!!」
江戸っ子か。年下の沙奈々と春伽の方が、稚い顔を引きつらせて呆れている。
年上の二人は、目配せで校門内の人員にも演技に乗っかれと示唆した。乱闘でも演じてうやむやにする算段か。
(絶対無理だ!)
学校側の人員たちがそうした感想を内心に抱きながら動けずにいると、異端審問会員代表は肩を竦めて断罪した。
「不良だのなんだのもどうでもいいです。君らは非行で補導なりするにしても、学園の捜査をやめる理由にはなりません。フミエでも踏んでもらいましょうか。それとも」
彼のサングラスに、陽光が不気味な反射をする。
「わたしたちを妨害できる手段でもあるのでしょうか。例えば、論理超能力とか」
凍り付く学園側。
同僚たちの狭間をうろつきつつ、異端審問代表は継続した。
「予防線も張っておきますと、こちらには転リシタンもいます。捜査状況も撮影していますし本部に中継していますから、正体をばらせば世界中の関係機関に連絡がいきますよ。さて。尻尾を露出するかしまったままか、好きなオチ方を選んでください」
彼は自分たちの車両のうち、一台のトラックへと目線を送る。おそらくそこに、転リシタンが詰められているのだろう。
カメラも複数の車に搭載されていて、捜査員の幾人かも所有しているようだ。空には、撮影と攻撃の機能を備えたドローンまで飛行してきた。
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