【アネクドート6】恋した相手が18歳未満だったのであきらめた男が、次は大人の女性を好きになって告白した。

【恋した相手が18歳未満だったのであきらめた男が、次は大人の女性を好きになって告白した。

「命をかけて君をまもるよ!」

 ところがいざ命の危険にさらされた時、男は恋人の女性を見殺しにして自分だけ助かった。法律以下の優先度しかない恋愛感情は、命の価値よりも下だった。】



 アルベルト・プリンスはドイツ人だった。

 ユダヤ人でもロマでもない。障害者でも同性愛者でもない。

 優生思想によってそうした人々と同様に劣った人間とされナチス・ドイツに迫害された、少女愛者だった。第二次大戦の当時、彼は十代後半で12歳のユダヤ人少女と恋に落ちた。


 もともとユダヤを匿っていたのは隣の家で、そこに友人がいたのでしょっちゅう遊びに行くうちに二人は出会った。少女は外の世界に興味があるのにろくに出れない環境で嫌気がさし、密かに隠し扉の隙間から来客を覗いてアルベルトに一目惚れしたという。

 隣家の人々がたまたま席を外した瞬間に、リスクを覚悟した少女から声を掛けられた。そして、気持ちを打ち明けられたアルベルトも応えた形だ。

 以降。二人は隣人の隙をみて、または隣り合う家同士の窓を通じて交流を深めていった。

 けれども、時勢が長続きはさせなかった。

 やがて隣家は敵発され、少女も一緒に潜んでいた両親ともども捕まった。

 アルベルトの家族はユダヤ人が隠れていたことを知らなかった。少女もその両親も口を噤んでいたし、彼自身もしらを切ることは可能だった。


「待てよ!」

 けれどもそうはしなかった。

「その子はおれの彼女だ、どこにも行かせない。どうしてもっていうなら一緒に連れてけ!」

 家族の制止を振り切り、ユダヤ人少女を連行しようとする秘密警察ゲシュタポに殴りかかったが、論理超能力などないかつての少年アルベルトの反抗はまるで歯が立たない無力なものだった。たちまち袋叩きにされ、逆に捕まった。


 大戦末期。彼は恋人のユダヤ人少女ともども、老若男女問わず迫害理由も異なる様々な人々と一緒に、まとめて同じ強制収容所に入れられるに至った。

 これはおかしな措置で、連合軍が迫るなかで敗戦間近の混乱のためかもしれないが、確証はないもののアルベルトはナチスが人体実験の末に論理超能力の片鱗を見出して彼らを観察していたのではないかと疑っている。

 ともかく娯楽などない、兵士の眼光だけが灯る陰気で不潔な牢獄。そんな地獄でも、幼い頃から物語が好きで様々なお伽噺に精通していたアルベルトは恋人を楽しませ、励ますことができていた。

 彼女もまた、アルベルトを心から慕ってくれた。「生きて出られたら、結婚しよう」という彼の告白に、はにかみながら同意してくれるほどに。


「ねえ知ってる?」

 あるとき、彼女はそこで言ったのだ。

「キリスト教では聖母とされるマリアは十代前半の頃、イエス・キリストを産んだんだって。人の旦那さんはお爺さんのヨセフだったそうよ。結婚する前にお腹にイエスがいたから問題にされたそうだけど、結婚したあとで子供が出来るだけなら昔はよかったみたい。ヨセフも当時の法に反してマリアを許したわ。今では救世主とその家族扱い。世界は変わるの。だからあたしたちも、きっと結ばれて素敵な夫婦になれる時代が来るはずよ」


 少女はそうした知識もある賢明な子だったが、願いが叶うことはなかった。

 不衛生な監獄において半裸で丸刈りにされ、チフスに侵されて弱っていった彼女は、同様の目に遭って衰弱していたアルベルト・プリンスと手を繋いだまま他界した。

 連合軍が収容所を解放したのは直後だった。


 プリンスが大人になってしばらく経った頃には、敗戦国である枢軸国の一角ナチス・ドイツの悪行は、連合国の正当性強調のために喧伝され尽くしていた。ただ、ユダヤ人などへの迫害は取り沙汰されるも、それらの対象から少女愛はほぼはずされた。

 あの迫害も少女との恋もなかったように扱われたのだ。これが、なにより我慢ならなかった。

 やがて少女愛者はまたも隔離されるようになり、他の性愛に比べ不当に幅広く重く犯罪にされ、かつての連合国に病院と称した彼らの強制収容所が造られた。


 ナチスと同類としか思えない所業だった。


 まもなく。アルベルトが気に入っていた映画監督で幼い頃ナチスの強制収容所に収監されていたロマン・ポランスキーが、少女と関係を持った犯罪者とされアメリカから国外へと脱出すると、王子はあのときできなかった真の反抗を決意した。

 少女愛禁止法制定後の今や、第二次大戦時ユダヤ人狩りから逃れて隠れ家に住みナチスに捕まるまでを記した貴重な作品であったユダヤ系少女アンネ・フランクの『アンネの日記』さえ、歴史から抹消されている。原本の性的記述を問題視され、子供に性的感情などないという信仰の下で焚書されたのだ。

 この行為が実行されたときなど、過去の恋人を連想したアルベルトは怒り狂い、もはや身に付けていたロリサイで盛大に暴れたものだった。


「地球の公転周期を数えているだけの年齢と心の成長を結びつける占星術的ドグマを、法と盲信するカルト信者の旧人類どもめ!」

 仇敵との約束の時を間近に、人生を振り返ったアルベルトは暗闇で一人吼える。

「そんなもので他者が愛し合う自由を奪い生木を裂く鬼畜どもに、人類史を継承する資格はないと教えてやろう」



 ――学園長室は麗らかな晩春の朝を迎えていた。部屋の主人が、月と口約を交わした数日後だった。

 アルベルトの過去を熟知する光源氏も前述のような回顧をしつつ、夏が近いというのになぜか真冬以上の格好に着替え終えた。パートナーの若紫もだ。

「……あづい」

 クーラーは効いているも少女の不満に、校長はヤッケのフードと下の帽子をずり上げ、額を露出して謝る。

「すまないな、急ごう。あっちでは我慢じゃ耐えられないからな」

 向かい合った若紫は、彼と似た厚着ながら先行しておでこを出していた。校長は急いで屈み、彼女に顔を近付ける。


「な、何をしてるんですか?」


 第三者の声音が割り込んだ。二人がそちらを注視すると、扉を開け放った姿勢で固まる副校長がいた。

 彼女はネオテニーでも少女愛者ロリコンでもなく善意でかねてより校長を支援している少女愛支持者ロリシタン、メイド服に眼鏡の嫣然とした巨乳美女だった。

「こ、こら。ノックしたまえ!」校長は叱る。

「いえ、だいぶ前にしましたが返事がなかったものでつい。ごめんなさい」戸惑いつつも、副校長はカーテシーをして報告しだした。「えーと、悠斗さんと冨美香さんの論理超能力の進展状況についての要件だったのですが……」

 たぶん、がさごそと着替えていたせいで来報を聞き取れなかったのだろう。

「源氏」若紫がぼやく。「もうよい、暑いから早うしとくれ」

「そう、取り込み中なんだ」パートナーの要望を受けた輝郎は、副校長の背中を押して半ば無理やり部屋から出す。「あの二人のことならロリサイでおおよそ把握しているし、しばらく経ってから再訪してくれないか」

 困惑したまま、されるがままに退室するしかない副校長。廊下に追放されるや、即座に出入り口は閉鎖される。

 付近の天窓にとまっていた小鳥がのどかに囀った。

 ややぽかんとしたあとで副校長は、仕方なくそこを離れながら思わず憶測してしまった。

「ど、どんなプレイだったのかしら」



 ――白雪姫の鏡スノーホワイトミラー首領のアルベルト・プリンスは、パートナーの白雪姫と南極高原で待機していた。

 天候はよかったが、見渡す限りの雪原はさながら白亜の砂漠だ。

 〝限定されかつ無限定である〟により、居場所が無数にありうるうち南極を選択して飛来し、本来なら極寒だが、自分たちを包みうる様々な環境を温暖なものとして選定している。

 ために、二人はいつもの中世欧州の貴族染みた身なりのままだった。

 輝郎がここで落ち合うよう指定したのは、まず邪魔が入らないからだろう。

 万一のことがあっても旧人類には被害が届きにくい。未だ地球上で人が最も住んでいない大陸の、果てだからだ。

 寒さを防ぐためにロリサイを費やすことで、互いに争いにくくもある。氷の下に張り巡らされた付近の南極基地用インフラからの駆動音で、旧人類の生活もぎりぎり認識できもする。

 ロリ大戦の余波による異常気象や地殻変動などもあって、よその極地と比較しても諸々の条件的に相応しいのだ。


「遅かったな、キロー」

 気配を察して、アルベルトは呼び掛けた。

 振り返ると、後ろに十歩ほど離れたところに光源氏と若紫がいた。王子と姫とは違い、がっちりと防寒服を着込んでいる。いそいそとずれていた帽子とフードを被り直した彼らは、片方の手袋だけを外して急いで手を繋ぐ。

 おそらく、ここには額でも接触させて来訪したのだろう。

「約束の時間よりやや早いはずだが」源氏は申し訳なさそうに、空いた手でフードの上から頭を掻く。「もういたとは、待ち遠しかったのかな。いや照れるな、君の気持ちは有り難いが友人のままでいよう。わたしには若紫がいるのでね」


「気色の悪い冗談はよせ、さっさと本題に移ろう」

 地吹雪がひとつ通り過ぎてから、アルベルトは杖で氷を叩くのを合図に進めた。

「率直に問おう、傘枝悠斗と綺羅坂冨美香をどうするつもりだ?」


「彼らは両想いだ」正午騎士団アフタヌーンナイツの代表は答えた。「まだ悠斗くんに若干迷いがあるようでロリサイは宿っていないが、獲得すれば一緒に人類との共存を呼び掛けるつもりでいてくれている」

「いいや、期待通りの覚醒をした暁には兵器として活躍してもらうべきだ。旧人類を一掃するときだろう」


「相変らずの平行線ですわね」

 極寒でも優雅に団扇で己を扇ぐ白雪姫の感想に、若紫も同調する。

「わらわらの台詞でもあるけどのう」

「いいえ、こちらの台詞ですわ」

「いや、こちらの台詞じゃ」

「こちらの台詞です!」


「そ、想定内だよ」

 始まりそうになったパートナー同士の口喧嘩を諌めて、光源氏は根強く働きかける。

「どれだけ時間を費やしてでも、アルベルト、君を説得してみせよう。富美香と悠斗がワンダーランドにいるんだ、この意義を念頭に置いてもらいたい」

 訴えを、白雪姫は扇子で口元を隠して上品に嘲笑った。

「無自覚なおもしろい戯れ言ですこと。ねえ、王子様?」

「まったくだ」アルベルトも一笑に付した。「光源氏よ。悠斗と富美香を手元に置いて優勢だからと脅すおまえも、武力を振りかざしての強制をしているのだぞ」

「違うわい!」一歩前に出て、若紫は異議を唱える。「彼ら自身がわらわたちといることを望んでおるのじゃ。もとはといえば富美とて、ワンダーランド・アフタヌーンナイツを選んだのじゃからな」

「富美は子孫だろう。スノーホワイトミラーに鞍替えするかもしれんぞ」

 旧友の主張に、光源氏が反論する。

「君たちのこともまとめて、少女愛に関することは分け隔てなく学習できる環境にしているつもりだが」

「貴殿たち自体、あたくしたちをよくご存じないでしょうに」姫が否定する。「どうやって教育なんてできると仰いますの?」

「……了解した」なお動じずに、正午騎士団アフタヌーンナイツの代表は誘う。「では、わたしたちも君らについて勉強しよう。いろいろとご教授願いたいところだが、どうだね?」

「敵対組織に軽々しく暴露できるわけがなかろう」

 アルベルトに一蹴され、困惑する光源氏。

「では、どうすれば得心がいくのだ」

「うふふ」白雪姫は、堪えきれないかのように嗤う。「当初から論決を提示しているはずですわよ」


「源氏、危険じゃ!」

 衣服を引っ張るパートナーの警告と同時、光原輝郎も悟った。

「はめられたか」

 途端。

 周りを囲むように雪原にいくつもの穴があいた。

 雪と氷の破片がきらきらと飛び散る。氷床を抉るほどの空洞が多数生じたのだ。

 穴一つにつき大人と子供、一組のネオテニーが潜伏していたらしく、内部から飛び出して雪上に降り立つ。王子と白雪姫をまぜて六組、十二人。ロリータとハンバートもいた。

 全員が幹部格で、子供はビキニ水着で大人はウエットスーツのロリ彩服装備だ。アルベルトたちも、すでに同様のものに着替えていた。

 瞬く間に、光源氏と若紫は敵陣に包囲されたのだ。この罠のために、アルベルトたちは早く来ていたのかもしれない。

 本来源氏らのロリサイなら見抜けたが、できなかった要因も想像はついた。


「そうだよ、キロー」アルベルトは皮肉る。「おまえは無駄に優しい上、自らロリサイに制限を設けているからな。こんな環境でも平気だろうが、僅かな寒さも懸念して恋人への対策は怠らないと踏んだんだ」

 南極に到着してから手袋を外し手を繋ぐまでの隙に、ロリサイを展開して仲間の潜伏が探知される距離を無限にでもしたのだろう。

「なにより本気で対話するつもりだったのが甘ったるい、幼女との恋愛並みにな」王子はボノボの杖で好敵手を指し、同志たちへと命令を下した。「富美香と悠斗を誘き寄せるための、餌になってもらうぞ!」

 白雪姫の鏡騎士団スノーホワイト・ミラーナイツがいっせいに襲い掛かる。

 ハンバートとロリータは、正午騎士団アフタヌーンナイツがいた地点を彼らが望まなかったがために爆発させた。

 分厚い氷床が陥没。大陸の岩盤が露出するほどの深度で、幅も数十メートルはあろうクレーターが築かれる。

 もっとも、光源氏と若紫はすでにいなかった。

 白雪姫の鏡スノーホワイトミラーにしても想定済みの威嚇だ。

 無限の可能性から逃走先を検知したアルベルトと白雪姫により、彼らはたちまち追尾する。


 不思議の国の正午騎士団ワンダーランド・アフタヌーンナイツの二人は、『黄金の昼下がり学園』まで瞬間移動したつもりだった。けれども何らかの論理超能力による妨害を受け、ただ超高速で日本方向に移動しているだけに留められる。


「〝デイジーワールド〟」

 鏡騎士団幹部の一人の声が聞こえ、南極の氷原に白と黒のデイジーによる花が咲き乱れる。

 もはや花畑となったそこで、上を飛んでいた正午騎士団の二人は停止。墜落した。

 ガイア理論の妥当性を説明する思考実験のロリサイだ。太陽光に対して環境の恒常性を保とうとする機能が働くデイジーしかない世界を仮定するという。

 実験自体には多くの指摘があるものだが、能力としては関係ない。ここでは、環境の恒常性を保つ、という作用が実現しこの花畑という範疇を逃れて変化をもたらす者を阻んだ。即ち、光源氏と若紫がここから出れないよう足止めしたわけだった。


「〝浦島効果〟」

 さらなる鏡騎士団の声。

 今度は、相対性理論から導かれる速く動くほど相対的に時の流れは遅くなり、完全な光速では周りの時間が止まっている間に運動できることによって発生する思考実験だ。

 辺りが刹那的な眩い光に満たされ、消灯したときには撒いたはずの白雪姫の鏡の全員がさっきまでのように光源氏と若紫をまた囲んでいた。光源氏と若紫の時が停止しているうちに移動してきて追いついたということだろう。


「〝マクスウェルの悪魔〟」

 熱力学第二法則に矛盾しそうな思考実験で、燃やされまた凍らされる。

「〝親殺しのパラドックス〟」

 時間的矛盾を起こす思考実験で、過去を改変されて殺され現在で死にそうになる。

 いずれも鏡騎士団ミラーナイツ幹部格の、化け物染みた論理超能力者たちが成せる業だ。


「やり過ぎるなよ」アルベルトが制した。「こんなことで落命はしないだろうが、万が一の事態になったら許さんぞ」

 それで一瞬隙が生じた。

 光源氏と若紫はこれを見逃さなかった。ぼろぼろになりつつも過去の敵を排除して自分たちを蘇生、火傷と凍傷を治し、花畑を枯らし、光の速さで再度脱する。

 この面子を相手にしてもそんなことすら可能なのが正午騎士団トップだった。だからこそ、本気で捕らえにきているのだろう。


 黒い岩肌の露出する大陸端のアデリー海岸にまでは至れた。

 だがまたも徐々に速度を落とされ、フランスのデュモン・デュルヴィル基地とアデリーペンギンのコロニーが窺えるところまで来て停止してしまう。


 防寒装備のフランス人南極観測隊員がちょうど付近で無害タバコを吸っていて、尋常でない疾さで現れた二人にぽかんとする。

 ぽろりと、唇からタバコがこぼれた。

「ネ、ネオテニーの化け物か!?」

 それが断末魔となった。

 彼の頭部は胴体から刎ねられ、肉体が崩れて一帯を朱に染める。

「おれたちが怪物なら――」すでに、遺体の隣に別の二つの人影があった。「――あんたは餌食でしょ」

 交互にしゃべった男女は、ハンバートとロリータだ。


「なんてことを!」

 戦慄する光源氏。ハンバートは死体の懐から新品のタバコを一本奪い、サイで火をつけてくわえながら嘲る。

「多勢に無勢で悪いが、今日はあんたらに勝てそうだな。聞きな。この隊員はこんな死を望まなかったから、アビリーンのパラドックスで現実化したのさ。おれたちも望まない仕打ちを散々されてきた、こいつらみたいに――」

 続きは、生首を踏みつけてロリータが紡いだ。

「――あたしたちを化け物扱いする連中のせいでね。なら、噛みつかれる覚悟くらいしとけってのよ! そんな理不尽がこの能力を与えたんだから!!」

 彼女は唾液に塗れたロリポップを口内から出すと、自身の胸や股間に這わせたあと、恋人のタバコを取って代わりに彼の口に入れた。

「だな」でれでれしながら、ハンバートはパチンと指を鳴らす。「でなきゃこうなる」


 デュモン・デュルヴィル基地までもが爆ぜた。

 建物とまとめて火達磨にされる人々。どうにか免れた生存者たちが、蜘蛛の子を散らすように炎から逃れようとする。

「無関係な人員を巻き込むな!」

 光源氏は喚き、若紫はパートナーを叱責した。

「源氏、お主もわらわへの配慮を緩めい!!」

 はっとする源氏。

 即座に二人の装束も、少女はスクール水着に青年はウエットスーツに、というロリ彩服になる。そして抱き合う。

「ち、くしょう結局敵わねえのか……!」「こ、れが全能の逆説……!?」

 ハンバートとロリータは一言ずつだけをやっと発して、気絶させられた。

 彼らの防御など紙切れの如く打破し、絶大なサイがあらゆる言動を剥奪したのだ。

 先ほどから片鱗をちらつかせていた、不思議の国ワンダーランド頂点による真の実力だった。


 まさしく噂通りに、光源氏と若紫は少女愛を取り巻く全ての問題を解決したいという心理で覚醒した、全能に関する異能者。〝全能の逆説〟の主人なのだ。

 とはいえ、あくまでネオテニーは超能力を有するだけの人間。ロリサイを持つ以外は従来の人と同等だ。全知なわけでもない。

 全能の強大さは、二人で制御できる範疇を超えていた。自身が、全能過ぎてそれを制御しきれないという逆説を体現してもいる。

 このため暴走して死にかけたことも、周りに多大な被害をもたらしかけたこともある。以来、彼らは一度に発動できる全能性を一定方向のみに絞る制限を自らに科していた。縛りを解除して自在に操縦できる自信もないままだ。

 複数の方向で操るなら、おのおのの出力を弱めざるを得ない。

 南極ではまず極寒に対策せねばならなかった。事前に防寒着は纏っていたが、サイを発現するために繋ぐ片手は無防備だ。光源氏自身はまだしも、若紫にこんな環境で素手を晒させたくないという気遣いが裏目に出た。

 躊躇しながらも本人から承諾を得たことで、光源氏はなるべく才能を戦闘に割くよう決意したのだ。

 論理超能力については、宿った途端にネオテニーのパートナー同士が関連する思考実験などを自覚でき、触れている間は想いも共有できる。同時に、使う内容は両者で一致しなければ発揮できない。

 みるみる繋いだ片手が悴んでいくのを自認しながらも、若紫もそちらを優先するよう頼んだのである。ほぼ、抱擁による互いの肌の温もりだけが頼りとなった。


「〝二分法のパラドックス〟」

 どこからか、またもアルベルトの声がした。

「日本までの距離を無限にしたんだ。複数のネオテニーに狙われては、君らは帰れるほどの方向性に集中できんはずだぞ。故郷の香りくらいは味合わせてやろうか」

 直後。光源氏と若紫はそこから消え去った。


 二人が気づいたときには、夜空にいた。飛ぶことには意識を向けていなかったため、自由落下する。

 真下に建物群が窺えた。そのまま、黒い球体にぶつかる。

 寸前、ロリサイで身体を頑丈にするのがせいいっぱいだった。

 球体は多目的アンテナのレドームで、頂上に二人はめり込んでいた。

 〝限定されかつ無限定である〟により、南極の別地点に移動させられたのだ。

 そこが日本の旧昭和基地である現〝令和基地〟だと、光源氏は素早く気取った。

 時差ゆえの闇夜を切り裂く、いくつかの照明。によって浮かび上がる、目前に並ぶ管理棟を中心とする建物たち。

 極地にありながら局所的に温暖な気候により、地面には猫の額ほどの範囲だが翠が満ち、草花や木が息づき蝶などの春の虫もちらほらと窺える。宇宙服のような満身を覆う服装で、生物たちを調べさせられている大人と少女のカップルも複数いた。

 ロリ大戦後の荒れた環境の復興と、不老のネオテニーを加えていずれもたらされるだろう人口過多の問題に対処するためとの名目で、旧人類が新天地開拓を目指して転リシタンたちを徴用し、論理超能力も利用して南極でテラフォーミングの実験をしだした第一号拠点として有名だ。

 成果が、月の世界連合共和国である。

 令和基地のネオテニーたちは全身を包む宇宙服のような衣装でパートナーと直に接することもできず、無許可のロリサイ使用を禁じられている。旧人類であろう武装した歩哨に銃火器まで向けられていた。

 両者とも、光源氏と若紫がいきなり出現したために硬直していたが。


「存じているだろう」

 いつからか宙に浮いていた白雪姫とアルベルトのうち、後者が友に語りかける。

「ここにいる同胞はロリ異端審問会の少女愛者狩りに遭い、拷問されたがなお互いを想っていた。鬩ぐを免除され恋人同士で一緒にいることだけを許されるのと引き換えに、強制労働に従事させられている」

「……救ったことがある」苦しげに上体を起こしつつ、光源氏は嘆く。「元に戻されたようだがな」

「旧人類どもを懲らしめる程度で、止めを刺さないからだ」

 スノーホワイトミラーの巨魁は断罪した。

 やおらに、騒ぎを察知した屋内の旧人類たる日本人たちも、続々と戸外に出てきた。


「ロリオだ! アルベルトに白雪姫!!」

「光源氏と若紫もいるぞ!」

「化け物の親玉たちだ、殺せ!!」

「ロリコン、キモッ!」


 彼らは口々に吼え、武装した者は万能銃を発砲。ネオテニーたちへと弾丸の嵐が飛来した。

「〝限定されかつ無限定である〟」

 一言、アルベルトが発した。

 鉛と光弾の豪雨はネオテニーに届く前に塵となり、風に流されていく。

「もうやめとくれ!」

 若紫の絶叫に、光源氏も基地の人々へ警告する。

「みんな避難しろ、敵う相手じゃない!」

 無駄だった。

 令和基地は旧人類もろとも粉微塵とされ、雪と見分けがつかなくなって寒風に散乱した。

 光源氏と若紫は阻止したかった。けれども、無謀すぎた。

 複数の方角から白雪姫の鏡スノーホワイトのロリサイによる攻撃が継続し、極寒にも適応せねばならないとなれば、それらの相殺に専念するのがせいぜいだ。

「〝限定されかつ無限定である〟を分子以下ほどの単位で適用すれば、どんなものでも分解できると何度も襲撃して教えているのに。学習しないな、旧人類どもは」

 勝ち誇るアルベルトは、無事で残された転リシタンたちへとボノボの杖を掲げて鼓舞する。


「さあ同志たちよ、少女愛を奪還しろ! 諸君らは自由だ!! 旧人類たちと差異はなく、単に愛する人が異なりそれを貫けるぶん優れているだけだ! 君たちを迫害してきた旧人類どもは、法の許可がなければ人を愛せないような下劣な人種だ!! 情けを捨て、彼らを淘汰することに賛同する者は白雪姫の鏡スノーホワイトミラーが歓迎する!!」


 転リシタンたちの死んだ瞳のいくつかには、希望の光が灯る者たちもいた。

「だめだ!」光源氏が制止する。「本気でぶつかり合えば、旧人類にもネオテニーにも大量の犠牲が出るぞ!! 最悪、人類が滅亡することだってあり得――」

 アルベルトと白雪姫が敵対者を睨む。

 彼らのサイで、ワンダーランド側の言葉は失われた。

 意識までもが朦朧としていく。

 途切れる寸前。

 光源氏と若紫はせめてもの抵抗で明後日の方向へと保険として計画していた〝全能の逆説〟を放ったが、成功したかも判然としないまま、気絶させられてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る