【アネクドート3】彼女を殺された恋人の男が、犯人と一緒に逮捕された。

【彼女を殺された恋人の男が、犯人と一緒に逮捕された。二人は裁判にかけられ、恋人の男は死刑、殺人犯は有期刑とされた。

 恋人の男は怒った。

「なんでおれまで逮捕されて、あいつの刑の方が軽いんだ!」

 裁判官は答えた。

「あなたは彼女が17歳のうちに愛し合い、一秒後の18歳の誕生日に殺人犯は彼女を殺したからです」】



「あのジジイが直々に現れただと!?」

 白雪姫の鏡スノーホワイトミラーのアジトに帰還したハンバートとロリータ。うち前者に経緯を教えられ、アルベルトは岩の地面をボノボの杖でつき、甲高い音色を奏でながら玉座より叫ぶ。

「めったにないことだ、深い事情があるな。立ち会ったという少年は何者だ?!」


「さぁな。あんたもジジイなのは相変わらずだが」

 不機嫌そうにハンバートは応じる。

 前回同様、玉座を持ち上げる石段の下から上司を睨んでの報告だったが、互いのパートナーがいないのは以前と異なる。

 街での一件を告知されるや、王子がやんわりと恋人たちに席をはずさせたのだ。ほどなくして取り乱しだしたので、心配させたくなかったのかもしれない。

「とりあえず、奴らが庇ったのはただのオスガキだ」ボスの反応にハンバートも内心緊張していたが、平静を装う。「おれにはそうとしかコメントできねぇよ、単に新人少女愛支持者ロリシタンの勧誘じゃないのか?」


「なら、わざわざ奴が出張ったりしない!」

 苛立たしげに王座の前を右往左往しつつ、アルベルトは洩らす。

「誘いなら他者に任せたはず、〝シュレーディンガーの猫箱ねこばこ〟関連か? ――待てよ」

 足を止め、彼は部下に向き直って確認する。

「……件の少年は、あの教会付近の高校生だったわけだな」


「だからそうだよ、それだけだ。別にあんたのために調べてやったわけじゃねーぞ、個人的に気掛かりだったんだ!」

 文句をぼやきつつも、いちおうハンバートも最低限調査するくらいの任務はこなしていたのである。


「なるほどな、そういうことか」

 そんな配慮など意に介さず、アルベルトは独白してほくそ笑む。しかし笑顔は引き攣っており、それ以上の言及はなかった。



 ……悠斗は夢を見ていた。初恋の子の夢だ。

 相手は少女だった。といっても幼稚園児の頃からの同い年な幼馴染みで、小学校まで一緒だった。


 隣家同士で家族ぐるみの付き合いを通して自然と仲良くなり、子供ながらに相手も悠斗のことを好きだと言ってくれるようにさえなった。

 当時。通学路の途中には、仲睦まじい夫婦が住んでいた。

 十歳くらいの歳の差夫婦とは聞いていたが、大人ともなればこんな程度の差など外見からはわかりようもないし、この時代といえども大人同士は問題にされなかった。

 よく庭に出ていたので、行きも帰りも悠斗たちは顔を合わせることが多かった。


「あら、いってらっしゃい」

「おかえりなさい、お疲れ様」


 このご時世に他人の子供である悠斗たちにも、気さくに挨拶をしてくれる人たちだった。

 夫婦は他の誰にでも温和に接し、近所付き合いもほどよくできている人たちで一帯でも評判がよく信頼されていた。


「あんな恋人同士になりたいね」

 小学校低学年頃、その夫婦を見て初恋の彼女は夢を洩らしたほどだ。悠斗も同意し、固く手を繋いで幼いながらの幸せを噛み締めていた。


 事態は、そんなときに急変した。


 黒のスーツに骨伝導イヤホンマイクとサングラスを装備した成人男女数名がやって来たのだ。

「こんにちは、ロリ異端審問会イタんしんもんかいです」

 彼らは件の夫婦にそう名乗った。

 世界連合の一部門、個人活動家リンゼイ・アシュフォードがデザインした少女愛のシンボル『ダブルハート』に✕印を重ねた世界刑事機構のバッジを胸につけていた。重大な少女愛事件専門の特別捜査官たちである。


 これにより、例の夫婦は妻が少女の頃に大人の夫と交際したことがあったのだと発覚した。

 少女愛を実践したからといって、誰もが即座にネオテニー化したり論理超能力が身に付くわけではない。それらの覚醒には個人差が見られ、幸か不幸かこのカップルは当時兆候が表れる前に確保され別れさせられたらしい。

 加えて、彼氏側は極刑はまぬがれたものの長い懲役刑を言い渡され、釈放後も生涯18歳未満の児童全員及び元恋人への接近禁止命令と監視用のGPS機器装着義務が課されていたという。


 ただし、釈放後も互いが想い合っていたがためにGPS機器を破壊。ロリシタンの助けを借りて経歴を偽造して結婚、密かに暮らしていたそうだ。

 それを、異端審問に暴かれたというわけである。


 恐ろしかったのは、なにより周囲の手の平返しだった。


「化け物め、善人面しておれたちを騙してたな!」

「通学路に住んで、子供たちを如何わしい眼で見てたんだろう!?」

「子供たちから離れて、いえ、わたしたちの街から消えて!!」

「ロリコン、キモッ!」


 もはや両方大人であるというのに。夫が留置所に入れられている間、被害者扱いでさえあるはずの奥さんにも罵声が浴びせられた。これまで親し気に接していた近所の住人たちからもである。

 夫婦の家は落書きがされ、ガラスが割られ、ゴミが投げ込まれた。子供たちはもちろん通行人も避けるようになり、そうした対応は悠斗の親とて例外ではなかった。


「もう近づいちゃだめだよ、ネオテニーの化け物かもしれないから」


 幼い彼は、保護者のそうした警告に従うほかなかった。

 まもなく、拘留中の夫は取り調べ中の事故という名目の拷問で死亡。妻はその報せと迫害に耐えかねて自殺した。

 不思議なことなぞ何もなかった。

 子供と大人として愛し合ったからと、老いて死ぬまで生涯その愛が続こうとも犯罪者と被害者の関係との烙印が押され続けるのが、近代以降の彼らを取り締まる法の形であったのだから。


 信頼していた先の夫婦に自分たちを重ねていたこともあって、悠斗はこれ以降初恋の少女と気まずくなり、疎遠になっていった。彼女は猛勉強するようになり、難関の中学に合格して悠斗とは別の学校に進んでそれきりだ。

 みんなあの夫婦の、いやロリシタンのせいだと言いたかった。けれども、憎みきれなかった。優しくされたのだけが事実だったからだ。


 やはり、この出来事からだろう。ロリシタン狩りに小さな疑問を抱きだしたのは。



 ――ベッドで悠斗は目を覚ました。

 見覚えのある容貌が自分を覗いている。

 子供だ。どこかで会った。

 大和撫子を体現したような10歳前後の美少女。幼げながら整った目鼻立ち、床まで届くほどの艶やかな黒髪のツインテール。それでいて西洋のビスクドール染みたエプロンドレスに身を包む、ウサギのぬいぐるみを抱いた、まるで現実を超えた理想みたいな子供。

 朦朧とした意識で、ぼんやりと記憶を辿る。


「そうだ! 教会で摘発されてた子!!」


「きゃっ!♥」

 閃きのあまり上体をいきなり起こした悠斗は危うく、叫んだ少女とキスしてしまうところだった。

 両者ぎりぎりでかわし、そろって赤面しながら対面する。女の子は恥ずかしそうにウサギへと顔を埋めた。

「ってなんで照れる必要があんだ!」

 焦った悠斗も己にツッコみ、とっさに彼女とは反対側に顔を向けた。

 そこは真っ白な広い部屋だった。ベッドがいくつか整然と並び、うち一つに自分がいて病衣のようなものに着替えさせられていた。壁際の棚などには医療器具や薬品みたいな物体もある。


 どうやら病室だ。


 というか、なにより目につくのは人の数だが。

 見覚えのある人物たちもいる。あの教会で摘発されていた面々だった。

 見知らぬ者が遥かに多数だが、みなそろって珍獣でも眺めるかのように室内いっぱいにいて悠斗を観察していた。

 誰より目立ったのは、教科書などにも載っている例の二人。意識を消失する寸前まで対面していたカップルだ。どちらもロリ彩服でなく着物姿に戻っている。


「そうか」そこで、悠斗は想起した。「摘発のときにあんたらもいたんだったな、だから引っ掛かったんだ」

 白雪姫の鏡スノーホワイトミラーと相対する旧人類への穏健派とされ、それでもロリテストと認定されるもう一つの最も大規模なネオテニー組織。不思議の国の正午騎士団盟主、光源氏と若紫だ。

 同時に、ここがどこかも察しがついてしまった。


「ようこそ、不思議の国ワンダーランド本部へ」

 先頭にいた光源氏が先手を取った。

「初対面時は発見されないうちに時を停止させたつもりだが、さすがにが見込んだ少年だ。戻ったかいがあったよ」

 場所は予想通りだったが、一部わけのわからないことを言われて首を捻る男子高校生に構わず、継続する。

「無理やりのようですまなかったね。旧人類の医学では治療が間に合わない怪我だったので、この医務室に招待してしまった。どうにせよ近々うちには誘うつもりだったが、理由を明解にしたい。よければご清聴を賜りたいがどうかね?」


 確かに、頭部の外傷は完治しているらしい。触っても傷跡すらない。ロリサイを用いたならありうることだ。

 やや考えたあと、悠斗はぐるりと周りを見渡した。十数人ほどのネオテニーに包囲されている。

 当然ツッコんだ。

「いやめっちゃ囲まれてるし。こんなんで、いくつか選択肢を用意してるつもりですか?」


 ここは彼ら、ネオテニーのアジトだという。

 実際、軽蔑すべきとされてきた大人と少女の組み合わせがうようよいる。幼い頃から人類を脅威に曝すと教え込まれ、実際それだけの力量を持つ連中がだ。

 彼らに対する迫害への疑問や傷を癒された恩はあれど、拒否権はなさそうだった。

 自覚もあるようで、ネオテニーたちが苦笑する。


「是非もないな」

 やがて光源氏が認め、傍らにいた若紫と手を繋いだ。

「あれから数日経っているし、旧人類社会でもすっかり君は何者かに誘拐されたと報道されている」

「あんたらにだろ」

「というわけで。少々、出掛けてくるよ」

 スルーして、光源氏は仲間たちに断った。


 瞬間。


 三人は新東京、渋谷のスクランブル交差点ど真ん中にいた。

 光源氏と若紫、悠斗と彼の寝ていたベッドだけがだ。

 歩行者用信号は青。車の流れは停滞し、辺りはゆうに千人は超えるだろう一般の通行人に占拠されている。

 全能性による瞬間移動テレポートあたりのロリサイだろう。


 十字路中心に突如現れた三人に、すぐに都民たちは異変を察知したようだ。

 彼らから円形に人が退き、ざわめきを伴って拡大していく。

 民衆は喚いた。


「なんだあいつら!」

「いきなり出てきたぞ、ロリオじゃないのか!?」

「間違いないわ、あの姿。光源氏と若紫よ!!」

「誰か、警察か自衛軍を呼べ!」

「ロリコン、キモッ!」


 一挙に、立場が逆転した。

 さらに、光源氏と若紫は距離を置く。信号が替わってから駆け寄り、ようやく握手できるほどに。とっさにサイも発動できない無防備状態だ。

 まだ警察などは見当たらないが、近場にどんな人間がいるかは判然としない。ずっと前から、少女愛支持者どころかそれと間違えられた人が少女愛嫌悪者ロリフォビアに殺されたりする事件さえ発生しているのに。


「これでどうかな」

 改めて、光源氏は試してきた。

「君はもう歩けもするし、帰りたければ歩行者に紛れて去ればいい。信号が変われば、わたしたちだけでアジトに帰還する。こちらの提案に同意してくれるのならベッドにいてくれ、一緒に戻ろう」


 信号が点滅しだしていた。

 不思議の国ワンダーランドの覚悟を疑う余地はほぼなくなった。悠斗が彼らの立場なら、こんな危ういことはできそうにないからだ。

 ――そうだ、自分が彼らのようだったらどうなのか。

 今朝までろくに脳裏を過ぎりもしなかった疑念。それが気になるようになっていたのだと、このとき初めて実感した。


 ……歩行者用信号が赤になり、青の許可を得た自動車が十字路を席巻しだしたとき、通報を受けた警官たちがようやく参上した。

 けれどももうそこには、謎の三人組はいなくなっていた。

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