【アネクドート2】迷子が泣きながら町をさまよい、大人に助けを求めたが逃げられた。

【迷子が泣きながら町をさまよい、大人に助けを求めたが逃げられた。

 見回りパトロールのボランティアも逃げていく。警官たちも逃げていく。全ての大人たちが逃げていく。

 そしてその子供の保護者には、「迷子の子どもから逃げだす不審者の事案」のメールだけが届いた。】



 傘枝悠斗は自分の高校の教室に、後部の引き戸を開け、屈みながらそっと入室するという典型的な遅刻生徒を演じていた。

 朝のロリシタン狩りで記憶が途絶え、我に返ったときには容疑者たちは全員失踪。警察らも慌てており、どうやらロリサイによって逃亡されたらしい。お蔭で、気絶直前に彼らを庇ったと取られかねない言動もうやむやになって見逃されたのは幸いだった。おまけに、時間は遅刻寸前にまで経過してしまってはいたが。


「おい悠斗!」

 これまた案の定。一時限目の授業を始めていた教師によって、すぐさま彼は発見された。

「遅刻したなんてバレてるから、無駄だぞ」

 これまたお決まりのパターンで、生徒たちが爆笑する。

「ですよねー」

 もっともな指摘に悠斗は立ち上がり、もはやヤケクソで自身の席を目指す。念のために言い訳をしながら。

「いやあ先生、今朝は通学路の教会でロリシタン狩りに巻き込まれて遅くなっちゃったんですよ」

「ほう、そうか」教師は半信半疑のようだ。「ニュースは耳目に入ってる。確かにおまえはあそこが通り道ではあったな、いちおう考慮しておこう。いちおうな」


 自分の机に着くことをどうにか許された悠斗は、気休め程度にはほっとして胸を撫で下ろした。

 とはいえ、安心できたのは束の間。

 授業ではぼーっとしていて内容が頭に入らず、教師に出題されても答えられずに叱られ、体育では珍プレー連発でクラスメイトからブーイングを浴び、昼食では思案に暮れるうちに時が過ぎて自作弁当をほとんど残してしまった。


「おまえ、今日どうしたんだよ?」

 昼休み。集まってきた友人らに本日の奇行を心配されて、悠斗は遠い目でぼやいた。

「……たぶん、ロリシタン狩りに目近で遭遇したのは初体験だから。なのかな」

「なるほど、何事にも初めてには戸惑いもある。無理もないか。おれも彼女の初めてを奪うときには――」

 明後日の話題をしゃべりだした輩はともかく、後続の友人たちはだいたい相応の納得をする。

「まあ、こんな近所にまでロリテストがいたってのは衝撃だったよ」

「逃走されたんでしょ、害虫なんだからさっさと全員殺処分すりゃよかったのにね」

「〝ロリオ〟は凶暴な怪物だもんな」

 ロリオとは、世界的に定着しつつある日本発祥のネオテニーへの蔑称だ。ロリサイをロリさいと書き換え、才をオと読み、彼らの男が目立って報道されるためにロリと掛けたのだ。


 今朝の摘発はもう全国ニュースになっていた。

『少女愛は危険!』

『予備軍も危険!』

『罰則の強化が必要!』

『規制範囲の拡大が必要!』

『ロリコン、キモッ!』


 などなど。

 いつもこうしたことがある度に、似たような観点の意見が垂れ流されるだけだが。

 故にこれまでの授業合間の短い休みにもクラスメイトらから質問攻めにされてはいたが、自分でも気持ちがまとまっていないので悠斗は曖昧にごまかすばかりだった。


 かつて、科学法則を超越するネオテニーがもたらした混乱に、

『あいつらは人類にとって共通の脅威。テロリストならぬロリテストじゃん!』

 と嫌悪するその他の人々が主に数で圧倒し、果てに勃発した世界ロリテスト大戦。

 あまりの被害に世界中の技術をおよそ一世紀停滞させたともされるこの戦後、各地に潜むネオテニーらロリシタン狩りを〝テロリとの戦い〟なる新たな戦争だと、最大の国際組織である旧国際連合が規模を拡大した現〝世界連合〟は表現している。

 呼応するように、少女愛がいかに人類にとって害悪であるかは世界中で幼児期からの教育で徹底的に叩き込まれ、少女と大人の恋愛及びそれに肯定的な思考はあらゆる文化から排除されるのが常だ。


 なので狩りなんて実見したところで、単に珍しく感じるだけだと悠斗は考えていた。

 なのに、靄のようなものが胸中に広がっているのだ。加えて、どうやらそれは摘発の最後辺りで目撃した少女に依存すると確信めいたものまで覚えだしていた。

 もちろん。そんなことなど口外できるはずもなく、自認もしたくなかった。

 かくして、


「ひゃっほー。まったく、あれは衝撃的な場面だったな。ロリ野郎どもの動転っぷりったら半端なかったぜ! ぎゃはははは!!」


 などと、友人たちによる事件に関する試問には異様なハイテンションのわざとらしいごまかしで締めくくるしかなかった。

 余計に心配されたが。頭を。

 放課後も相変わらずだった。

 部活はサボって、サボり魔や帰宅部の誘いも断り、一人で悩みながら下校した。

 心境を象徴するような昼と夜の境目たる夕陽に照らされながら、やがて問題の教会前にまで到ったとき。

 今度は別のものに阻まれることになった。

 

 白人の、大人の男と女の子供である。

 

 悠斗は知る由もなかったが、二人はハンバートとロリータだった。

「おっと、悪りィな」

 出会い頭に、無害タバコをくわえた男性側が謝る。英語だが、大戦によって一世紀技術が停滞したというこの時代でも誰しもが所持し全機種に搭載されているスマホの自動翻訳機能で、即座に乱暴な口調や声質まで日本語にされた。

「道を塞いじまってたか。どくつもりはねェんで迂回しな」


 立ち竦んでしまう悠斗だった。

 容姿も似てない血縁らしくもない少女と手を繋ぐ、今日日危険人物とされる相手と出くわしたわけだ。しかも少女の方は、肩とヘソと太股を露出し過ぎた条例違反の出で立ちである。おまけに、今朝関連する犯罪で摘発されたばかりの現場。極めつけに無礼なやつだ。


 茫然である。


 他の通行人もハンバートとロリータをちらちら気にしつつも通り過ぎていく。まだ教会周辺に疎らにいたマスコミたちや警官たちさえもたまに注視を送ってくる程度で、どうすべきか考えあぐねいている。

 あまりに二人が悠然としすぎているので、戸惑っているのかもしれない。あるいは、男と少女がネオテニーである可能性を警戒しているのかもしれない。

 または、朝に摘発があった現場にそんな人物たちが訪問するわけねーという先入観もあったのかもしれない。


「おい、どうした」

 余裕で周囲を見渡しながら、ハンバートは公言した。

「職質もなしか、ビビッてんのか? お察しの通りネオテニーだぞ。おれはハンバートってんだ、こいつはロリータ。礼遇くらいしろよ!」


 空気が激変した。

 通行人は逃げだし、警官は身構え、マスコミはカメラを向けた。

 棒立ちのままなのは悠斗だけだ。恐怖のためというより、解消しきれないネオテニーへの疑問が留まらせていたのだが。


「おまえは動かないのか?」ハンバートも興味を持ったようだ。「変人だな」

 ロリコンの分際でほざく。

「あ、あんたに言われたくないが。おれは……」

 戸惑いつつも、男子高校生は開口してみる。

「ネオテニーのことを不思議に感じたんだ。摘発に出くわして、これまで経験したことなかった感覚があった。あの正体が知りたい」

 周りで人々が何事か喚いていたが、三人には届いていなかった。

 ハンバートはぽりぽりと頭を掻いたあと、興味なさげに返答する。

「……知ったこっちゃねーな。とはいえ……」

 ちらと彼氏からの目配せを受けて、ロリータはロリポップを淫らにしゃぶって口内から出すと宣告した。

「そうね、開戦の狼煙にはうってつけの生贄! なんせ、ここで摘発されたのは不思議の国ワンダーランドだもん!!」


 耳にして、悠斗は対話の選択を間違えたと後悔した。

 そうだ。今朝の事件があったあとにこんなところで平然としているネオテニーは、彼らへの偏見がなくともまずまともでない。中でも、この二人は最悪な部類――。

「まさか!」悠斗は一歩後退るのがやっとだった。「白雪姫の鏡スノーホワイトミラー!?」


「そうよ! 〝あたしらは、ロリ彩服装着を望まない〟」

 ロリータが呪文めいたことを唱えるや、彼女とパートナーの着衣は変容した。望むことを望まないとして、アビリーンのパラドックスで現実化したのだ。

 少女はビキニの水着に、中年男は半袖短パンのウエットスーツに、それぞれ似たものとなる。どちらも黒衣で、以前の衣服の面影がどことなく残存していた。

 悠斗は授業で習っていた。

 こうした彼らの露出過多な格好は、互いの身体が接触することで発動するロリサイを活かすための戦闘用迷彩服――〝ロリ彩服〟だと。

 そして二人の衣装には鏡と剣を組み合わせた紋章が刻まれていた。白雪姫の鏡の戦闘部隊、鏡騎士団ミラーナイツの証だ。


「動くな!」

 警官隊が横から助け舟を出す。複数人で、レーザーから金属弾までを放てる万能拳銃を構えている。

 とはいえ、彼らは標的から顔を背けつつ銃口を向けるというバカをやっていた。

 肌を晒し過ぎた少女は見るだけでも犯罪とされるため、市民の環視がある状況で不祥事扱いされるのを恐れてだろう。

 懐を弄って、赤外線ゴーグルまでも抜く。ああいうもので熱源感知などの視界にすれば視認していいというマヌケな規則もある。マスコミも、カメラに搭載された即興のモザイク処理装置を作動させていた。


「んなことやってる場合かよ!」


 思わずツッコまずにいられなかった悠斗だが、自分も正直目のやり場に困っていた。


「〝アビリーンのパラドックス〟」

 周囲の様相など構わず、ハンバートは一言。それだけで、もたついていた警官とマスコミたちはまとめて吹っ飛ばされた。

 一団は聖堂の扉を破壊。教会に突っ込まされて建物自体も爆ぜる。

 恐れと少女の見慣れぬ露出に、唖然とするしかない悠斗。すでに通行人たちは退避し、燃える建造物前にいるのは三人だけだ。

「サツもマスゴミもこんな結末を希望しなかった、故に実現したんだ」解説したハンバートは、悠斗を褒めた。「連中のイカれた規制を非難しただけ、おまえはたいしたもんか」


 完全なる〝ロリサイ〟だ。

 おとぎ話の時期からあらゆるところでさんざん教えられる、ネオテニー最大の危険性。

「さぁて」ロリータはロリポップに舌を這わせ、意地悪く問うた。「ご褒美をあげましょ、あなたの望まない死はなぁに?」


 途端。


 彼女とパートナーは、自らが着火した火炎に吸い込まれる。

「――ッ。〝おれたちは、燃えないことを望まねェ〟!」

 とっさにハンバートが叫んだ。

 火が退き、彼とロリータを露出させる。二人は火傷一つしていなかった。

 ただし、険しい顔付きで警戒を露にする。

「別のロリサイ? 誰だってのよ!」

 いきり立つロリータとパートナーの面前に、悠斗を庇うように新たな二人組みが文字通り空から舞い降りる。


 平安貴族染みた服装の大人と子供。美青年と美少女だ。

 悠斗にはどこかで見覚えがあった。

「我々だよ」

 青年の方が言う。

「てめェら、光源氏と若紫わかむらさき!!」

 一瞬肝を潰したようなハンバートだが、すぐに臨戦態勢をとる。

「摘発された恨みを代わりに晴らしてやってるってぇのに。……いや、間がよかったか。でけェ騒ぎで旧人類どもを脅すのが目的だったが、あんたらを片付けりゃ連中を守る盾はほぼなくなる」

 まもなく、単純に命じる。

「〝死にたくねぇ〟だろ、死ね!」

「拒否しよう」「お断りじゃのう」

 源氏と呼ばれた青年と若紫と呼ばれた少女は、即答した。

 〝集団的な決定に異を唱えないために誤った結論が導かれる〟のがアビリーンのパラドックスだ。異を唱えられたら通じない。

 初対面のはずが能力を把握されているのではという嫌な予感を覚えながらも、ロリータは続けて吼える。

「〝あんたらは、生き埋めになんてなりたくない〟!」


 炎上する教会の瓦礫が、無数の凶弾となって平安貴族のコスプレカップルを襲った。

 それが到達するまでの刹那に、新たに参戦した青年と少女の衣装もロリ彩服に変化する。

 男側は敵対者とほぼ同じ格好だが、女の子は現代の学校における水泳の授業で一般的な長袖長ズボンのウエットスーツでなく、大昔に使用されていたという伝説の旧スクール水着に酷似していた。やはりどちらのデザインにも先程までの着物の名残があるが、彼らのものは白を基調とし、太陽と剣を合体させたような紋章が刻まれている。


 ハンバートとロリータの攻撃は、標的に命中する寸前で跳ね返された。

 火事は消され、破片も教会の敷地に戻って散らばる。そばには、吹き飛ばされたはずの警官やマスコミたちさえ無傷で横たわっている。眠らされているだけのようだ。


 ハンバートは舌打ちした。

「……被害すらなかったことにしちまうとは、やっぱあのロリサイか」

「君らはアビリーンのパラドックスだな」見抜かれていたと驚く白雪姫の鏡スノーホワイトミラーを差し置いて、青年は断じる。「我々は、これでも元通りに修復する方向に威力を傾けただけだ。勝機がないのは自覚しているだろう。おとなしく――」


「〝あたしたちは、あんたたちのロリサイを超えないことを望まない〟」

 寸分の間も置かずロリータが宣言。

 彼女とパートナーを包む不可視で球体のエネルギーが出現。足元の地面をクレーター状に抉り、接触した教会の断片が塵と化す。


「往生際が悪いのう」

 毒づいた若紫は繋いでない方の腕を薙いだだけで、巻き込まれる前に警官やマスコミを遠くの歩道に浮かせてどかす。

 真似をされた彼女たちの論理超能力はやすやすと扱えるものではないとは、当人たちが誰より自覚しているところだ。実際、ハンバートとロリータは単純なエネルギーを纏うだけになっているし、自分たちのボスを真似て失敗もしている。

 けれども敵対者の影響範囲は拡大し、やがて教会の土地を根こそぎ粉微塵にするとさらに街へと被害を拡大しようとしていた。


「喧嘩はしとうない」和風童女が今度はロリータとハンバートを指差して、先を上に向ける。「おとなしゅうしてくだされ」

 だけで、対立するカップルはロケットみたいに上空の彼方にふっ飛んでいった。いくつもの雲を突き抜け、視認さえ不可能となる。

 隙に、光源氏も空いてる手を指揮者のごとく振るい、跡形もなくなっていたはずの教会を敷地ごと瞬く間に再生する。

 見届けて、若紫は次に指を下に向ける。

 と、ハンバートとロリータはとてつもない勢いで墜落。直ったばかりの大地に新たなクレーターを築いて埋もれた。


 土煙が満ちる中で、沈黙する相手に再度光源氏は訴える。

「アルベルトの使者なのだろう。彼に伝えてはくれないか、〝よからぬ企ては正午騎士団アフタヌーンナイツが阻止する、代わりに話し合いの場を設けよう〟と」


 二組のやり取りをよそに、悠斗はまだ立ち尽くしていた。あまりに異常なことが続発したためだ。


 旧人類を淘汰しようとする白雪姫の鏡スノーホワイトミラーに対し、双方の共存を目指すネオテニー組織が不思議の国ワンダーランドだという。その戦闘部隊は〝正午騎士団アフタヌーンナイツ〟。

 これらの代表者たる暗号名が、光源氏とパートナーの若紫だった。

 ニュースや教科書でも馴染み深い有名人たち。大人の側は容姿も周知されており、実際にそれとそっくりだった。若紫はロリサイで容貌を撮影できなくしているそうで、資料は寡少で初めて拝見したが。


 どおりで悠斗にも覚えがあるわけだが、若紫まで含めてごく最近も目にしたような違和感があった。

 ともあれ彼らの団体としては、プラトニックな少女愛の実践者とされるルイス・キャロルによる児童文学『不思議の国のアリス』に。二人のトップは紫式部による平安時代の小説『源氏物語』の大人の主人公と、彼の愛した少女の名に。それぞれ由来するという。

 噂では、ロリ大戦で旧人類を救うのに多大な貢献をしたともされる。ネオテニー全体を危険視する一般社会はこれを否定し、白雪姫の鏡スノーホワイトミラーとまとめて人類の敵認定だが。


「頼みは呑んでくれるかのう?」

 付言したのは光源氏のパートナーとして同伴する11歳で不老となったとされる少女、若紫だ。

「まいったぜ」ようやく穴から這い出てきた中年と少女のうち、大人側が愚痴る。「アビリーンのパラドックスであんたらを超えようとして、一時的に同じ能力になって自覚したよ。こいつが、〝全能の逆説〟だな。制御しきれなかったが、ジジイと渡り合えるわけだ」

「方法としては間違っちゃおらんな。全能の定義をを崩壊させる有名な逆説には、『全能者は自分より全能なものをつくれるのか?』という問いがあるからのう」

 そう、ハンバートとロリータはこれに賭けていたのだ。

 全能の逆説は、全能者への疑義と反駁からなる思考実験だ。確定はしていないが、光源氏と若紫は、あらゆることを実現するこの能力を有するのではと一般社会でも憶測がある。


「敵わねぇから仕方ねぇ」自分たちの掘らされた穴の前でどうにか立つと、素直に吐露してハンバートは肩を竦めた。「今回は要求に応じてやる。アルベルトが拒絶したら、改めてあんたらとは敵対させてもらうけどよ。どっちも嫌いだが、あっちのジジイの方が共感できるんでな」

「彼らは無知なだけじゃよ。旧人類とも一緒に歩めるという可能性についてな」

「共生できないのは事実でしょ」若紫の反論を、ロリータは真っ向から否定する。「そこまであいつらは利口じゃないわよ」

「わらわらはそう思わん、心身の出来に差異はないでのう」

「は? あるし」

「ないわい」

「あるわよ」

「ないわ!」

「あるし!」


 高等っぽかった口喧嘩は外見の歳相応染みたものとなり、両者涙目で停止した。恋人の大人たちはバツが悪そうだ。

 二組のカップルが対峙したまま、しばし不言の時が経過する。

 悠斗だけが、彼らの迫力にもはや立つ気力もなくして座り込んでしまっていた。若干、白けたせいでもあったが。


「……平行線ね」冷たく、ロリータが言い放つ。「だから、殺すしかないってのよ」

「いいや」若紫が返した。「だから、認め合うしかないのじゃ」

「殺すしかないんだっての!」

「認め合うのじゃよ!」

 また繰り返しかとパートナーたちと男子高校生がうんざりし掛けたとき、サイレンの騒音が助太刀した。

 警察車両やらなにやらの応援が、騒動を察知して駆けてくるのだろう。

 ハンバートは、潮時と悟って提言する。

「ひ、退くとしようぜ。ロリータ」

「もうっ! しょうがないわね!!」

 少女のパートナーがふて腐れて首肯するや、ハンバートとそろって二つの人影は消失した。


「やれやれ」逃亡者たちの墜落跡をロリサイで修復しながら、光源氏はぼやく。「せめて、後片付けくらいは自分たちでやってほしいものだな」

「無理じゃろうに」若紫は呆れて指摘する。「あの調子のスノーホワイトに好きにさせれば、旧人類の生存権ごと更地にされるばかりじゃわい」

 ことを終えたワンダーランドの二人が、悠斗の方を向いた。

 男子高校生は、何事かを口にしようとした。

 言いたいことは山ほどあった。

 ネオテニーに対して芽生えた感情、そんな矢先に遭遇した事態。これまで目にしたことがなかった少女の露出度の高い水着姿への高揚の理由。

 しかし、質問をする以前に真紅のフィルターが逢魔時の帳よりも濃く、視界を遮った。

 僅かな体温の上昇が、流れとなって頭髪の狭間を掻き分け、顔を伝いだしたのだ。

 それに触れた己が手を検める。


 血だ。


 幸か不幸か鼻血ではない。

 あまりの事態に忘れかけていたが、そういえば頭部に鈍痛があった。教会が倒壊した頃からだった。

 おそらく、建物の破片でも直撃していたのだろう。

 光源氏と若紫が心配そうに近寄ってくる光景を最後に、悠斗の視覚はぐらつき、石畳の地面にぶつかって、本日二度目の気絶をした。

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