【アネクドート1】酔っ払いが国会議事堂前で、「18際未満の美少女は魅力的だ!」と叫んだ。

【酔っ払いが国会議事堂前で、「18際未満の美少女は魅力的だ!」と叫んだ。

 すぐに公安警察がやって来て、酔っ払いを逮捕し、彼は懲役22年を言い渡された。

 国家反逆罪で2年、国家機密漏洩罪で20年。】



「〝不思議の国ワンダーランド〟は、また摘発されたか」

 暗がりを僅かな照明で染められた、洞窟内。壇上の玉座で、中世ヨーロッパの王子のような衣装を纏った厳つい白人の初老がボノボの頭蓋骨で飾る杖をついて口にした。


 ボノボの杖。これは反少女愛者ロリフォビアが、大人と子供で性行為をすることで知られるボノボの動物園でのその姿に腹を立て、殺害したときの犠牲者のもの。

 年齢で性行為に制限をもうけている動物なぞボノボに限らず人間だけだというのに。故に、このボノボに敬意を評して破壊不可能に加工して飾ったものだ。

 杖の持ち主たる初老の後背には旗も掲げられ、紋章が刻印されている。〝鏡内に王冠を被った銀の長髪で白いドレスに身を包むリンゴを抱えた雪を欺く美少女〟が描かれていた。


 彼らの組織、〝白雪姫の鏡スノーホワイトミラー〟のシンボルだった。


 二一世紀末の第三次世界大戦かつロリテスト大戦において、旧人類を積極的に淘汰しようとした幼形成熟体ネオテニーの最大勢力。

 グリム童話原作で、世界一美しいとされた7歳の白雪姫。彼女に嫉妬し毒リンゴで殺害しようとした義母たる王妃を、年増の醜さと見做しての組織。

 もっとも先の大戦で白雪姫の鏡スノーホワイトミラーは敗北。現在は文字通り地下に潜ってさらなる決起の機会を窺い、各地で小規模なロリコンによるテロ〝テロリ〟を繰り返すテロリストならぬロリテストと化していた。


「懲りんやつだ、旧人類との共存なぞ不可能だというのに」

 その巨魁たる玉座の人物、アルベルト・プリンスは自身の論理超能力ろんりサイキック、通称〝ロリサイ〟で察知した不思議の国ワンダーランドの体たらくにぼやく。

「あらゆる悪行は子供よりも大人が多くをやらかす。そんな大人が子供に判断力はないなどと決めつける旧人類を、いつまで擁護するのか。攻撃を仕掛けたのも向こう、ネオテニーこそが連中を支配すべきなのだ。何人の同胞が犠牲になれば目覚めるんだあのジジイは」

 酷評する相手は、自分たちが負けた主たる要因。旧人類との共存を目指すネオテニー組織不思議の国ワンダーランドの代表、光源氏ひかるげんじに対するものだった。


 論理超能力は、少女と大人が両想いになったときだけ両者の心理が反映されるように身につくとされる。そうなった時点で彼らは不老となり、老い以外の要因でしか死ななくなる。

 各カップルに一種類ずつ宿る超能力は研究の結果、〝基本的に、両者が身体的に接触している間だけ、これまで人類が生んだ思考実験を五感のいずれかで捉えられる知覚範囲で現実にする〟という点で一致するらしい。

 ために、論理超能力サイと名付けられた。今や扱える者たちの傾向からロリータコンプレックス・サイを略したロリサイと誤解されたのをきっかけに、揶揄を交えてそう呼ぶ者の方が多いが。


 ――二〇世紀以降。それまでさして問題にされなかったロリコンは徐々に排斥されだしていたが、二一世紀後半に原因不明ながら彼らの中から突如ロリサイを使える者たちが現れだしたと世上に広く認知されてからは、特に差別が激化した。

 耐えかねたロリコン及びパートナーたる少女たちは、


『うるせえ、自分たちは幼体で成熟した少女とそれを愛することができる。生物にとって最重要な種の保存に適した繁殖を早め、老化もしないで不思議能力も扱える進化した新人類。ネオテニーだ!』


 などと称しだした。主張自体は世間が認めていないものの、いつしかネオテニーという名称だけは一般にも浸透していった。

 過激な反体制勢力のネオテニーも現れ、これまで自身がされてきたことを返すように、

『自分ら以外は進化に取り残された〝旧人類〟だぜ!』

 と逆に普通の人間たちを見下しだしもしている。これも、不本意ながらロリコンとパートナー以外にも浸透してしまっている呼び名だ。


「あんたもヨボヨボのジジイだろ」


 壇の下にふてぶてしい態度で立ち、二二世紀の発明である毒性のない無害タバコをくわえてアルベルトを仰ぐ男が、紫煙と毒を吐く。

 短い赤髪で末成りの冴えないアメリカ人中年男、ハンバート。ヒッピー染みた服装で、同郷の少女と手を繋いでいた。

 女の子は、オフショルダーのヘソ出しTシャツとデニムのショートパンツに身を包んだ12歳くらいで、金髪をツーサイドアップにした生意気そうな子供、ロリータだった。ロリポップをくわえている。


「いかにも、わしもジジイだが」アルベルトは杖をついて立ち、おちゃらけた態度で開き直った。「ヨボヨボではない、しゃっきりジジイだ。腕試しで確認してみるかね」


「無礼者に礼儀を教えるにはちょうどいい提案ですわね、王子様」

 次いで不敵な言葉を発したのは、玉座の陰から現れた7歳ほどの幼女。老人の横に並んで手を繋ぐ。空いた片手では羽根団扇を持ち、上品に揺り動かしていた。

 スノーホワイトミラーの肖像とそっくりな子、白雪姫だった。


「やってみな」ハンバートは好戦的だ。「おれたちは自由に生きて、旧人類どもをぶっ飛ばしたいだけなんだよ。まともに暮らせねえからちょっとは共感できるここに来てみりゃ、早々に幹部になんかしやがって。組織のしがらみなんざごめんなんだ、手を貸すに値するか測ってやる!」

「ならば、掛かってくるがいい」

 老いた王子が言い終わるや、ハンバートたちは寸分の間も置かずに仕掛けた。


「くらいなよ! 〝アビリーンのパラドックス〟!!」


 中年男のパートナーたる少女が口にした途端。洞窟は崩落を開始した。

「あんたらのロリサイは高名だ」補足したのはハンバートだ。「こっちも名称くらい明かしといてやる」

 あちこちに降り注ぐ岩盤たち。しかしそれをもたらした二人のみならず、アルベルト・プリンスと白雪姫も平然としていた。

「……余裕のつもりらしいが、どうするよ。もっと詳細を教えてやろうかロリータ?」

「そうしよっか、ムカつくし」

 苛立つパートナーに同意して、ロリータは講義する。

「あたしたちのロリサイは、〝指定した二人以上の集団が望まないものをもたらす〟のよ。それをあんたたちに与えたの、だからアジトが崩れ始めてるわけ。どう、ビビッた?」

「ぜーんぜん、ですわね。そんなことくらい承知していますし」

 肩を竦める白雪姫に似た少女の即答に、挑戦者たちは怒りを堪える。


 アビリーンのパラドックスは、経営学者ジェリー・B・ハーヴェイが提唱した以下のような思考実験だ。

 ある家族が団欒していたとき、一人が遠方のアビリーンへの旅行を提案した。家族は提案者を含め誰もそんなことを望んでいなかったが、それぞれが他の者は行きたがっているのではと思い、旅は決行された。しかし道中は不快なものとなった。本当は誰もアビリーンになど出掛けたくなかったとみなが知ったのは、旅行が終わったあとだった。


 つまり、〝集団的な決定に異を唱えないために誤った結論が導かれる〟状況などを示唆している。

 なおも微動だにしないアルベルトの真上でも、大規模な崩落が発生した。


「そろそろお返しの時期か、〝ゼノンのパラドックス〟」


 詠唱した老人の頭上数センチで、ピタリと岩石は静止する。全体の崩壊も止まった。

 唖然とするハンバートとロリータへと、白雪姫が扇で口元を隠しつつ補う。

「――の一種、〝二分法のパラドックス〟ですわ」


 ゼノンのパラドックスは、古代ギリシャの哲学者ゼノンが提唱した思考実験だ。無限に係わるもので、アルベルトと白雪姫はそれを扱えるが故に最強のネオテニーともされている。

 二分法のパラドックスはこの一部。例えば、特定の考え方をすれば有限の道を横断できない、というものがある。

 なぜなら、道を横断するには半分を超えねばならない。半分を横断するには半分の半分も過ぎねばならない。それを渡るには半分の半分の半分を通過せねばならず……。と、考察が無限にできるので、どのような道の幅も無限であり、悠久に横切れないというわけだ。


「おまえたちの攻撃とわしらとの距離は無限になっている。瓦礫は永久に落ちてこんぞ」

 老いた王子は退屈そうに、ボノボの杖で頭上の石礫を指す。


「へっ、マジかよ」

 自棄になったのか、ハンバートは冷や汗を掻きつつもニヤついて煙草を吐き捨てた。そうして立て続けに叫ぶ。

「おもしれえ。――てめえは死にたくもねえ!」

 初めから殺すつもりまではなかったが遠慮のないシンプルな指摘だ。これで、大抵の相手は即死させられる。

 ところが当然のように存命な相手へと、重ねた。

「刺されたくもねえ! 燃やされたくもねえ! 凍らされたくもねえ! 感電したくもねえ!」


 虚空から出現した、刃物、火炎、氷柱、電撃が老人を襲う。いずれも、王子と姫に到達することはなかったが。


「こちらの番かな」老人はゆったりと明言する。「〝限定されかつ無限定である〟」

 ゼノンのパラドックスが内包する要素だった。

 事物を限定するならばそれ以外もなくてはならない、これは他の全てにも当てはまるので限界はない。ようするに、無限の可能性から望むものを選定して現実化できる。

 老人たちを襲っていた即死以外のものが、遥かに大規模となって反射される可能性へと移行した。そいつらは、ハンバートとロリータを包囲する。


「あたしたちは」受け身となった少女と中年は、覚悟を決めて交互に宣言した。「〝ゼノンのパラドックスを超える論理超能力者になることを望まねぇ〟!」

 望まないことを実現する。要するに、ボスたちを超越しようというのだ。

 能力の理論上はそうなるはずではある。ただ、この種の応用で他の論理超能力と同等になったり超えようとした場合、初めから本物のそれが宿った当人たちは超えられないという定説もあった。


 もちろんそんなことは承知の上で、ハンバートとロリータは挑んでみたくなったのだ。


 刃物、火炎、氷柱、電撃、どころか、視認できる範囲の岩盤全部が少女と中年を全方位から押し潰そうとした。ために除去された洞窟天井から窺える地上は、地球とかけ離れた灰色の大地だった。

 玉座すら消えてなくなったが、アルベルトは空中に変わらぬ様子で掛け、手を繋ぐ白雪姫と退屈そうに観察する。

 圧縮され融合し、もはや不定形なエネルギーと化したそれをハンバートとロリータは自分たちを包むごく小さな球体となったところでどうにか抑えていたが。


「わしらは、旧人類どもを永遠に超越していたいという想いから無限の才を得た。閃く限りにおいて、できぬことなどない」


 本気を出していなかったのか、アルベルトの宣告と同時に挑戦者たちは呆気なく潰され、エネルギーはただの岩となった。

 もはや、そこには丸い岩が転がっているだけ。失われたはずの洞窟は別に再生し、元の玉座から白雪姫は止めをさす。


「あなた方のロリサイを受けることも拒絶しますわね」


 典型的な攻略法だった。

 アビリーンのパラドックスは〝異を唱えないために誤った結論が導かれる〟ものなため、きちんと拒否の意思表現をされれば効果を発揮できないのだ。王子と白雪姫は知っていながらこれまで遊んでいただけだった。


「……ま、参ったわ。もういい、負けよ負け」

 岩の球体内部から、ロリータがくぐもった声で観念する。

 殺されるほど押し潰されてはおらず、あえてそこまではされなかったこともすっかり自覚しての降参だった。

 呼応して、球体は消滅。そこには中年と少女が、苦しげながらどうにか立っていた。

「確、かに」大人の側は認める。「あんたは無駄に強い糞ジジイらしい。するとなおさら疑問だ。実力で劣るおれたちに、〝ハンバート〟と〝ロリータ〟なんてたいそうな暗号名コードネームをくれた理由がな」


 白雪姫の鏡スノーホワイトミラー不思議の国ワンダーランドも戦闘部隊である前者の鏡騎士団ミラーナイツと後者の正午騎士団アフタヌーンナイツに共通で、団員は主に暗号名を名乗る。

 『ロリータ』はロリータコンプレックスの由来となった小説で、同作のヒロインたる少女。ハンバートは彼女に恋する中年男だ。


「そうね」ハンバートの気持ちを、ロリータも苛々しながら代弁する。「世間にインパクトを与えるためだけの捨て駒ってわけ?」

「弱くてはアピールにもならん」アルベルト・プリンスがフォローする。「それなりの強者に頼むのが道理だ。定期的にテロリを仕掛けねば、旧人類に嘗められるからな」

「じゃあ、どうして新入りで反抗的なおれたちなんだ」根強く疑問視するのはハンバートだ。「古参の幹部とかの方が忠実で強いんじゃねえのか?」

「そうだがな、どうせ正午騎士団に妨害されるだろう」

「チッ、はっきりしてやがる。ちょっかいで失うかもしれない戦力に主力はもったいないってか」


「勝つつもりでわしらに挑んだではないか。敵わぬのは当然、おまえたちは充分な実力者で度胸もある。ロリサイも鍛えられているし、今後の成長も見込める。そんな点を買っているんだ。無事に戻れるさ、そうしたらもっと重要な仕事も任そう。いずれ、君らの望む世も築いてみせる。気に入らんなら、ここを離れて自由にやるといい」


「下手糞な擁護だぜ」

 悔しそうな眼下のカップルに、老いた王子は親しげに命令した。

「本心だよ。今回はちょうどいいから不思議の国が摘発された現場の尻拭いをしてやれ。敵とはいえ同じネオテニーに手出しした旧人類どもに、相応の罰を与えんとな」

「ふん、連中をぶちのめすのは悪くない。出発するぞ、ロリータ」


 もはや反論をあきらめ、ハンバートとロリータは背を向けて、反響する足音を残して忌々しい老人から離れていった。

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