誰かにとってのロリトピア

碧美安紗奈

【アネクドート0】何も知らない女の赤ちゃんロリーが、何もない部屋で何も学ばずに成長していくとする。

【何も知らない女の赤ちゃんロリーが、何もない部屋で何も学ばずに成長していくとする。さて、彼女が18歳になり部屋から解放されたとき、大人並みな性愛の知能は身に付いているだろうか?

 未だロリーにそうした知能が備わっていないのならば、それは加齢で身につくわけではないことになる。ロリーが単に老いるだけではそんな知能が身に付かず、経験を通して身に付けるのは明らかである。故に年齢でその有無を決める法は間違っているのだ。

 ――思考実験『ロリーの部屋』】



 朝っぱらから、並木とビル群に挟まれた国道の通学路途上に鎮座する教会では、人だかりができていた。敷地の駐車場には数台のパトカーもある。

 事件か事故か。ごく普通の、学ランを着た18歳の男子高校生たる傘枝悠斗かさえだゆうとにもだいたい予想はついたが、答えは野次馬のおしゃべりが教えてくれた。


「〝隠れロリシタン〟だってよ、こんなとこにもいたらしい」


(やっぱりか。多いもんな、いずれ近くでも摘発がありそうだと思ったよ)


 脳内で解答が一致したことを得意がりながらも、誰にも褒められるわけがないまま悠斗は他の連中と同じ根性で人波を掻き分け現場に接近してみる。

 ゴシック建築の小振りな教会の門前は、実体はないがこの時代肉眼で認識できるのが常識となったホログラム投射による拡張現実ARバリケードテープで塞がれ、屋内から押収品の入った段ボール箱を抱えた捜査員たちが出てきていた。

 手錠を掛けられ連行される容疑者たちもいる。人の形をしたものが、いくつかブルーシートをかけられてもいた。抵抗して射殺でもされたのだろう。〝幼形成熟体ネオテニー〟ともなれば人権はない。


(うわ、エグいな)


 若干引くが、声には出せない悠斗だった。


 少女愛的なものを取り締まる世界的な警察組織、〝ロリ異端イタん審問会〟の日本支部、警察のロリ異端審問課による〝少女愛支持者ロリシタン〟狩りなのだ。

 フラッシュが焚かれアナウンサーがしゃべりだして、ようやくテレビ局も来ていたとわかった。そのくらい人で溢れていた。

 教会の正面扉前では、神父が警部と揉めている。


「いきなり殺すだなんて! 我々はただの信徒で、少女愛支持者ロリシタンではないのに!!」

「証拠は充分だし、危険な貴様らに対しては妥当な防衛だ。否定するならこいつはなんだ?」


 容疑を否認する神父に、警部は聖母マリアと彼女の乳房に口づける裸の乳児キリストを模った小さな彫像を、部下のダンボールから取って突きつけた。


「マリア様はイエス様のお母様です!」神父は堂々としていた。「なんら意外ではないでしょう?!」

「ならご存じだろう。聖母マリアは十代前半で老人ヨセフと結婚し、まもなくイエス・キリストを神の子として生んだとされる。つまり、イエスが乳児の頃のマリアは十代半ばの少女だ。そんな新鮮なおっぱいにちゅぱちゅぱ吸いつくなど、け、けしからんロリポルノでしかない! 〝マリアたんノン〟だ!!」


 最後の方は声を上擦らせた警部こそ興奮しているようで、たまらず「キモ」と悠斗の方が誰にも聞き取れないくらいの声量でだが囁いてしまった。

 マリアたんノンとは、キリシタン狩りの時代に作られた観音像に偽装したマリア像――マリア観音のごとく、通常のマリア像を模した少女マリアの像という意味だ。


「違います、断じてマリアたんノンでは!」

「なら、〝フミエ〟を使うか?」


 あくまで否定する神父を、警部は脅した。

 フミエは、綺羅坂冨美恵きらさかふみえに由来する。

 少女愛的なものを禁じる法律、〝少女愛禁止法〟の一環たる〝少女アイドル規制〟が制定され18歳未満の芸能活動が消え去る以前、最期にして最強と讃えられた伝説のアイドルだ。ここでのフミエとは、なんのことはない彼女のブロマイドである。

 これを江戸時代のキリスト教徒狩りで信徒を炙り出す際、キリストの肖像などを踏めるか否かで見分けた踏み絵に掛けているわけだ。

 富美恵は、少女愛に肯定的な者なら確実に惚れてしまう美少女とされ、大人たち、特に少女愛者ロリータ・コンプレックスなどは絶対に踏めないらしい。

 一般人もロリコンの道に入ってしまう危険を封じるためとのお題目で、彼女の動画や画像は検閲され、二二世紀始めの現在では普段閲覧する機会もない。


 現今では、およそ世界中で成人を18歳以上に統一している。該当年齢以上と未満の関与にはあらゆる制限が付き纏い、恋愛関係やそれに関連することは法的に大人側による搾取と決められ犯罪となる。

 もっとも、少女愛支持者以外でも一部はこんな世情に不満を持ち、政治的に風刺したジョークアネクドートで皮肉る向きもあったが。

 なんにせよ、中肉中背で性格も外見も恋愛対象にもこれといった特徴がないと自他共に評価する悠斗には、そんな光景などどうでもいいはずだった。ニュースなどを目にするうちに密かにずっと、やりすぎではとは感じていたが。


 だから苛立った警部が拳銃を神父に突きつけたときには、「ちょ、それは問題じゃないですか!?」ととっさに大声を上げてしまった。

 即座に、しまったと後悔したがもう遅かった。スベった芸人でも眺めるかのように、一瞬静まって環視が自身に注目する。

 少女愛を擁護するだけでも相応の罪になるのだ。さっそく、銃を下ろした警部が険しい眼差しを向けてきた。

「君、学生かね。場合によっては、犯人隠避罪に問われかねない口出しをした自覚はあるかな?」


 脅しが突き刺さった、ときだった。

 警部と神父の後ろ。構わず仕事を続けていた捜査員が教会から連行する少女愛支持者ロリシタンの中に、ある少女を目にした刹那。


「――なんだあの美少女!?」


 と緊迫した状況すら吹き飛ぶ衝撃を覚えて、悠斗はまたもや無意識にさっき以上の失言を絶叫。なぜか、そのまま気を失ってしまったのだった。


 問題の子は、大和撫子を体現したような10歳前後の女の子だった。

 幼げながら整った目鼻立ち。足元に届くほどに長い艶やかな黒髪のツインテール。それでいて、西洋ビスクドールのようなエプロンドレスに身を包み、小振りで可愛いウサギのぬいぐるみを抱きしめる、まるで現実を超えた理想のような子供。


 ただ、意識を喪失したのは悠斗だけではなかった。

 正しくは、件の少女のあと新たに教会から別の二人組が出てきた途端。彼らの知覚範囲の時間が止まったのだ。

 おそらく原因たるカップルは、どちらも平安貴族染みた身なりの美青年とおかっぱの美少女だった。

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