04.再会の日

「右からアスターク様、その隣にロザリー様。横の二人がゼルナス様とジーク様、か」


 美術書に模写されているのは大破壊を食い止めた偉大な四人の王。


 大破壊の核となった魔物を討伐する最後の決戦の寸前に四人の神を肖像画として残したものだ。わざわざ決戦の寸前を描いたというのは、恐らく死ぬことを覚悟していたからだろう。卓を前に横並びに座るどの王も表情険しく、模写とはいえ背筋がピリつくような威厳が漂っていた。


「いつか実物を見てみたいな。きっと迫力満点なんだろうな」


 この肖像画は原画が現存しており、それはアスターク王都にある王城に飾られている。


 色鮮やかに描かれた原画は十メートルを超えるほど大きく、年に一度アスターク王都で行なわれる祭事で一般市民も拝覧できる。そして、絵画には千年も前にロザリーの施した守護魔法が残ると言われているらしい。なんでも「火でも水でも雷でも、絵画には傷一つつけることが出来ない」とのことだ。そのため祭事当日には魔術を志すものが多くアスタークに集まるという。


「……ーディ」


「決戦前夜か、どの神様たちも若いのにどんな思いだったんだろう。確か全員が二十歳そこらだったっけ」


 多少の美化はあるのだろうが、描かれた王達は史実に残る以上に若く見えた。特にロザリーは神聖な雰囲気を纏いながらもまだ幼さが残る。


「ゼルナス様は――、っふふ。なんかミーシャに似てる」


 卓に肩肘を付き、威嚇するような大きな瞳は「なんでもかかってこい」と言わんばかりの迫力がある。まるで街の悪ガキに喧嘩を売られたときのミーシャのようだ。


「っと、神様にそんな不敬なこと思ったらだめですね。すみません――ゼルナス様」


 神像に祈りを捧げるように「ごめんなさい、僕の罪をお許しください」と胸の前で手を合わせた。


「ルーディ」


「さて、次は――っと」


 今日は世界の美術を通じて歴史を辿る日と決めていた。


 歴史上遺された絵画や美術品の全ては意味や目的が宿る。作者の意図、肖像の本心、遺された意味。時代背景を考慮してそれらを論理的に繋げ合わせることで、真の目的を知ることもできる。

 

 なので、ルーディにとって美術書というのはただの芸術ではなく、歴史を知る上で重要なピースのひとつだった。


 求めているピースを探し、半分も読み切っていない美術書をめくっていく。


「――ほら、ルーディ!」


「うわっ! 何っ――、……ってミラエラさんか。驚かさないでくださいよ。心臓が止まってしまうかと思いました」


 耳元で大声を出されて、開いた本を危うく破りかけてしまった。


「何度も呼んだのに気付かないあなたが悪いんです。ほんっとに、いつもいつも自分の世界に入ると何も聞こえなくなるんだから、次呼ぶときは問答無用でお鍋のオタマで頭はたきますよ?」


 ミラエラのことを無視し続けていたようだ。


 いつもより眉尻の下がったミラエラは大きなため息をついた。


「その――夕食の時間にはまだ随分と早いようですけど」


「違います」


「では、いったいなにが……今日のお祈りもきちんとすませましたし……」


「……あなたに素敵なお客さんと素敵なお届け物が教会でお待ちですよ。あ、でも――それとも会わなくても良いと伝えておきましょうか? ルーディは本に夢中で会えません~って」


 素敵なお客さん――その言葉にルーディの胸が弾んだ。

 さっきまで見ていた本の内容が全部吹っ飛んでしまいそうな衝撃だ。


「ルーディは…本で「ッ、ミーシャ姉さん!」


 本を閉じ、ベッドから跳ね起きる。


 突然の叫びといつになく俊敏な動きに、ミラエラが短い悲鳴をあげたが気にしない。


「ちょっと、ルーディ!?」


「教会内ですね!? ありがとうございます! ミラエラさん!」


 ミーシャが教会にいる。成人の日まではまだ半年はあるが、近々驚くことがあるといった彼女の手紙の答えはこれだったのだ。四年ぶりの再会に胸躍らせながらルーディは自室を飛び出した。寝ぐせがついたままだが仕方がない。教会に向かって駆けだした。



  


「よう、ルーディ。っと、どうした? なんでそんなに息切らしてんだ?」


「……」


「なんだ、変なやつ。お? また身長伸びたんじゃないか?」


「……先月会ったばかりです。身長は変わってません……」


「そうだっけな。すまんすまん」


 息を吐くことも忘れて教会まで走ったせいか、酸素が薄く眩暈がしそうだった。


 額に浮かんだ汗をぬぐい、深呼吸を繰り返す。


 なんとまあ、この男は人の気も知らずいつも陽気で。と目の前にいる長身の男を見る。

 

「……ライナ兄さん。どうしたんですか」


「おう、今日は休みだからな。お前に会いにきたんだ」


「素敵な人っていうからてっきり――」


「何の話だ。ん? それとも俺が素敵な人じゃないってか?」


 四年前、孤児院を旅立ったうちのひとり、ライナ。


 孤児院を出てから、ライナはベルージにある冒険者組合の事務員として働いていた。

 孤児院近くに住まいを借りているようで、休みがあればこうして弟妹たちの顔を見に来てくれる。


 もちろん、親しく過ごしてきたライナが顔を出してくれるのはルーディも嬉しいことだったのだが、今日ばかりはタイミングが悪い。期待に大きく膨らんだ胸から、しおしおと空気が抜けていく。


「何と勘違いしたかは分からないが、そんな残念そうな顔するなって。可愛い弟の顔を見たくなるのは兄の性分だろうよ」


 確かに――折角の休みにわざわざ顔を出してくれるのだ。

 

 無碍に扱うことなんてできない。勝手に勘違いしたルーディが悪いのだ。


「……ごめんなさい。ライナ兄さん。来てくれてありがとう」


「そうこなくっちゃな」


 わははと笑いながら、ライナはわしわしとルーディの頭を撫でた。


「お仕事の方は順調ですか?」


「ん~。まあそれなり忙しいかな。最近は面倒な魔物の数が増えているみたいでさ。依頼の量の処理が半端ねえのが困り事かな。ハンコの押し過ぎで、手のひらに柄の跡が残っちまった」


「ほら」とライナが手のひらを広げると確かに冒険者組合を示すマークに赤みを帯びていた。


 ライナの仕事は冒険者組合に寄せられる依頼の受注処理と、冒険者の依頼完了手続きだ。「こんな仕事楽勝だぜ」と嬉々としていたライナの顔に疲労が浮かんでいることから「忙しい」というのは本当のことなんだろう。


「それはそれは……大変ですね」


「まあ、たまには誰しも忙しくなるさ」


「それで? 特別に僕に用があるってどうしたんですか? いつもなら何も言わずにひょっこりと来て、いつの間にかいなくなるのに」


「おっと、そうだ。今日はお前にプレゼントだ」


 そう言ってライナは懐をまさぐる。


「ほらこれ。やるよ。特別だぜ?」


 取り出したのは「――新聞?」


 受け取り、思わずルーディは尋ねる。


「ああ、冒険者組合が今後冒険者新聞とやらを出していくことになったんだ。その第一号。まだ大量印刷に回ってないからな。稀少だぜ?」


「へえ。冒険者新聞か。おもしろそうですね。何を発信していくものなんです?」


「まあ、広げりゃ分かる。見てみな」


 ライナに促されて四つ折りになった新聞を広げると、その意味がすぐに分かった。


「うわあ――」無意識に、息を飲む。


 新聞の一面に広がったのは青空を背景にした色鮮やかな街、そしてその中心に壮大に聳え立つ真っ白な城。城の真っ白さも、白を際立たせる空の青さも、まるで現物を見ているように鮮明に印刷されている。空に飛ぶ鳥は今にも動き出しそうなほどだ。今まで見てきたどんな模写よりも精巧で、全く比べ物にもならない。記事の中には中見出しで王都アスターク、と書いてある。


「これが……アスターク。すごい、すごいや。こんなこと、誰が……どうやって。とんでもない絵描きさんがいたものですね」


 感動のあまり、そう口にするとライナは「だはは」と笑った。


「絵じゃないよ、ルーディ。これは魔力転写って言ってな? 実際に記憶した風景を魔法を使って紙に転写してんだ。だから、そっくりそのまま記録された風景が載ってるってわけよ」


「魔力転写……すごい。知らない言葉だ」


「ああ、俺も驚きだが、世の中にはとんでもないことを思いつく奴がいるもんだ。夢でも見てるんじゃないかって思うよ。これで世界のどこにいても、見知らぬ国のことを街のことを、そして村のことを、鮮明に知ることができるんだ。どうだ? おもしろいだろ」


 これが――魔法の力。


 原理原則は分からないが、非常に興味深い内容だ。どのように風景を記録として残すのか、そしてそれを精巧に映し出すためにどのような魔法原理が働いているのか。調べてみたい、知ってみたい――未知の力と触れていつもの知りたがりが疼きだした。


「それで。なんでこれを僕に?」


「その、お前が喜ぶかと思ってな。ほら。ミラエラさんが言ってたんだよ。ルーディは勉強を頑張ってるってさ。聞くと高等級の知識は完璧なんだろう? だからなんだ? お前は頭良いんだからさ。何か役に立てないかなってな。十五歳も近いだろ。それと、これまでプレゼントらしいこともできなかったし」

 

「兄さん……ありがとう」


 ぽりぽりと頬を搔くライナを見て、嬉しくも恥ずかしい想いが込み上げてきた。すぐに会えるからといって、ミーシャ、ミーシャとライナを適当に扱ってしまった自分を恥じた。気を抜けばついつい泣いてしまいそうだった。


「よせよ。というか、その新聞の中面見てみな。もっと驚くことがあるからさ」


 涙でせっかくのプレゼントを滲ませてはいけない。そう思ってルーディは袖で目元をこすった。

 鼻をすすりながら新聞を1ページ開く。


「あ……」と、次はそれ以上の言葉が出てこなかった。


 王都アスタークよりも見たかったものがそこにはあった。


 どこかの教会で記憶されたものか、神の使いが描かれたステンドグラスを背景にして、五人の若者たちが映る。そしてその中央、魔力転写で印刷された赤色は、ルーディの記憶と合致した。


「ミーシャ姉さんだ……」


 すらりと伸びた四肢、数年前よりも大人びた顔立ち、遠目からでも分かるほどに大きな瞳には自信の炎が宿る。身に着けたメイルは白銀か、散らした雪が光を纏ったように細かく煌めいていた。


「どうだ、今話題の赤虎について特集なんだ。といってもこれは実は半年くらい前に記録したもんなんだけどな? 驚いたろ」


「随分と……大人になった……ね」


「ああ、俺も驚きだ。お転婆ミーシャが良い女になったもんだぜ、ほんとによ」


 記事本分にはこれまでの赤虎メンバーの活躍が事細かに紹介されているらしい。


 今日の夜は勉強を一休みして、ミーシャたちの活躍を夢想しようか、そうルーディは思った。


「……ライナ兄さん、こんな素敵なプレゼント本当にありがとう」


 ライナに抱き着くなどいつぶりだろうか。逞しい身体に手を回すと「気にすんな、無理だけはせずに頑張れよ」とライナは頭を撫でた。


「それとさ――実はそれは本当のプレゼントじゃねえんだ」


 感謝の抱擁もそこそこに、にまりと笑って「なあ、そうだろ?」と、ライナが言った。


 静まり返った教会内。


 もうすぐ夕方を告げる鐘が鳴りそうだ。


 静寂を裂いたのは、ルーディにとっては聞き慣れた優しい声。


 記憶を蘇らせる甘い香り。



「――ええ、そうね」



 ドキドキと心臓の音がやけにうるさい。

 瞬きすることも忘れて。ただ茫然と立ちすくむ。


「久しぶりの再会を、紙のなかで済ませるのって味気ないじゃない?」


 四年ぶりのミーシャは「ただいま、ルーディ」とニコリと笑った。



 ◇

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運命を変えたい主人公と、重要イベントキャラの脇役。脇役は真のエンディングを迎えるために抗う @nekoyamanekota2

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