第55話 つながり

 一応言っておくけれど、あたしは殺人鬼という立ち位置に立っているがそれをどう捉えるかは勝手だ。自分の快楽のために人を殺している——こういうと不条理だったり非常識だったり、そう考えるかもしれないけれども、それはどうだって良い。

 あたしは、こうやって生きている。

 それを取り上げられちまったら、あたしがあたしじゃなくなってしまうだろうな。

 あの日も色々あって一人殺した帰り道だったと思う。近所にあるスーパーマーケットに買い物に行った帰りだよ。……何だよ、殺人鬼がスーパーに行くのがおかしいか? 別にあたしだって生活をするんだ。飯を食べるし調理だってするし掃除だってする。まあ、掃除については部屋の掃除よりも人命を掃除する方が楽かもしれないけれど。……あ、これは殺人鬼ジョークって奴かもしれないかな?

 さて、そんなことはどうだって良い。ともあれその時もあたしはおつとめ品を大量に入れたエコバッグを片手に帰り道を歩いていたのさ。

 その時だよ。

 電柱の傍に、少女が泣きじゃくっていたんだ。

 深夜二時に、だよ。殺しはいつも夜中にやるからね。だから決まってこの時間、って訳。行きつけのスーパーの店員は、あたしと顔なじみだからねえ。もしかしたら深夜パートの女性とぐらいしか思っていないかも? 流石にあたしを殺人鬼だとは思わないだろうね。血のにおいは嫌というほど消している。慎重にもなるからね。


「……変だな」


 少女の前を、何人かの人間がすれ違っている。

 しかしながら、彼女を誰も見てはいない。

 そこであたしは直ぐにピンときたよ。……ああ、やっぱり彼女は違うのだと。

 正直、こんなことをずっとやっていると、見えちまうんだよ。人には見えないものが、ね。そりゃあまあ、厭なことばかりもあったけれど直ぐに受け入れた。これもまた人生であり、他の人間には持ち合わせていない特異性だと思ったからだ。変か?

 とはいえ、だ。

 見えているからといって、そのまま放っておくことも出来た。

 だのに、どうして見捨てられなかった、と思う?

 答えは簡単だ。見捨てなかったのではなくて、見捨てられなかったんだよ。

 見捨てることが、全く出来なかったからだ。

 だからあたしは彼女に声を掛けて、拾ってやったって訳だ。地縛霊だったはずなのにね。



◇◇◇



「……とまあ、これがあらすじってところだね」


 御園はそうさらりと言ってのけた。

 いや。

 いやいや。

 流石にそんなことを言われて、簡単に信用出来る訳がない。幽霊を連れ出してきた? しかも地縛霊を、だと? 地縛霊というのはその地に縛られているから地縛霊と呼ばれているのであって、それを簡単に連れ出すことは出来ないはずだ。


「……地縛霊を連れ出す、ねえ。そんな簡単なことが出来る——」


 やっぱり神原もそれを指摘した。そりゃあそうだろう。そんな非現実的なこと——、


「——確かきみが持っているものって、『つながり』を見つけることが出来る、そんな能力じゃなかったかな?」

「え?」


 神原の質問に、ぼくは目を丸くする。


「神原。つながり、って?」

「抽象的な言い回しだけれど、それしか言いようがないもののことだ。文字通り、繋がりだよ。何かと何かが接続すること。それが見える能力……確かバベルプログラムに居たような気がするけれど?」

「あたしがそうだと分かっていたのか?」

「いいや、全く。話を聞いていて思い出した、ただそれだけに過ぎないよ」


 ほんとうかな。

 最初から分かっていたような、そんな感じだったけれど。

 まあ、ここはアイツの名誉のためにも追い打ちしないでおくか。


「つながり……そうね。確かにその通りだよ。自覚したのは随分と後になってしまったのだけれど、あたしはどんなつながりだって見ることが出来る。友情、愛情、その他の感情だけではなく——抑え込まれている『何か』や、人間の生命のつながりも、だ」

「生命のつながり……?」

「例えば、あたしは簡単にアンタを絶命させることが出来る。それは人間の血の流れとか神経の張り巡らしとか、そういったものが、全て『つながり』として目に見えているんだ。靄のようなものと思ってもらえば良いかもしれないね」


 ……何だか、難しくなってきたな。


「その、つながり、ってのは」

「言っただろう。地縛霊をも解き放つことが出来る。いや、まさか出来るとは思いもしなかったけれど」


 マジかよ。

 それって色々とヤバイ話だったりしないか?


「ヤバイのかヤバくないのかと言うと……まあ、ヤバイ部類に入るのだろうね。さりとて、つながりを切ることが出来るのは、そう簡単ではないのだけれど」


 そう言って、御園は持っていたナイフを近づける。


「……ただのナイフじゃないのか、それは?」

「そう。大抵の人間はこの違いに気付けやしないのだけれど、これは特別な得物でね。世界に数人しか居ないとされる高名な刀鍛冶が造った。まあ、最早その名前も知ることはないし、あたしが会うこともないのだけれど。何故ならこいつは、刃こぼれすることも衰えることもない。自己修復するかというと、そこまでではないのだけれど」

「何かそれ……」


 常識ってものが一切通用しないのか?

 今、ぼくが知っている常識が悉く崩れ去っているような気がするのだけれど、考えるだけ無駄なのだろう。きっと。

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心霊探偵、神原語は仕事しない 巫夏希 @natsuki_miko

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