第54話 Web会議
そうだった。
下らない話を延々と続けているのではなくて、きちんと本題を進めないといけなかった。
「……これから、Web会議をしようと思うのだけれど、良いか?」
「良いけれど、あたしはそういったものの類いは疎くてね。出来るかどうかも分からないが」
「それについては問題ない。こちらで準備をする。ただあんたは、心霊探偵の話を聞いてくれれば良い。質問もするかもしれないが、それについても解答をしてくれ」
「へえ」
そこまで言ったところで、殺人鬼は笑みを浮かべた。
「話、通ったんだ。案外早く話が進んだようで良かったよ。……何時やる?」
「さあ? 一応、二十四時間待機しておくとは言っていた気がするけれど、時間も時間だしな……。そんな簡単に出てくれるとは思えない」
取り敢えずメッセージだけでも送っておくか、と思い連絡したらものの一分で返事が来た。
起きているのかよ、今夜中だぞ。
まあ、それはブーメランになってしまうので、あまり言いたくないのだけれども。
「早かったね、助かったよ」
Web会議を開始すると、開口一番に神原はそう言った。
「いや、早かったって言うか……。おまえ、今の時間も起きているのか? 常に? 何時寝ているんだよ」
「その言葉、そっくりそのまま返しても良いかな?」
そりゃあまあ、そういう返事になるよね。
「それはそれとして……。きみが殺人鬼?」
「覚えているかい? 御園芽衣子と言うのだけれど。一応、この世界ではまあまあ名の知れた存在ではあるよ。人を殺して何か生活しているよ」
その『何か』が重要な要素に思えるけれど……、まあ、それは良い。
「御園……。ああ、何か聞いたことはあるな。でも、バベルプログラムで一緒だったかどうかまでは覚えていない。残念ながら、記憶力が弱いんだ。些末なことではあるけれどね」
「探偵なのにか?」
「探偵だからこそ、だよ。探偵というのは、ある特定の分野で類い希なる才能を発揮するからこそ、事件を解決へと導くことが出来る。シャーロックホームズだってそうだろう。完璧な存在ではなかったはずだ。彼は確かに有能な探偵だったが、ある時は薬、ある時はニコチンパッチの中毒者として描かれているケースがあった。つまり、完全無欠な名探偵など、存在しないって証左になるかな」
「幽霊の話を聞きに来たんじゃないのか?」
御園の言葉を聞いて、神原は頷く。
「そうだった、そうだったね……。いやあ、話がどんどん逸れていってしまって、最終的には元々の話題から全くかけ離れたところにやって来ることは存外良くある話ではあるのだけれど、今回は直ぐに行きやすくなってしまうね。何でかな? やっぱり、バベルプログラムの同期……だったからかな?」
「さっきは覚えていないとか言っていたくせに、都合の良いことを言うんじゃねえよ」
至極もっともな発言だ。
「バベルプログラムについては、語るべき思い出といえるものが然程多くはないのだけれど、しかしながらそんなに出会える機会も少ないからね……。他の人間とは会ったことがあるかな?」
「きみはないのか。ぼくはもう何人も会っているよ。それこそ、今目の前に居る彼だって」
ぼくはバベルプログラムを最後まで受けてはいないけれどね。
「何を言う。バベルプログラムはそもそも最後まで終了していない。予定されていたプログラムが全て完了しなかったが無理矢理に放逐しただけに過ぎない。つまり、バベルプログラムを完了させた人間なんて誰一人居ないんだよ」
「そういうものか?」
「そうだったかもしれないね。確かに、バベルプログラムは完結しなかった——はずだ。だからこそ、バベルプログラムの経験者は居ても修了者は誰一人として存在しないはずなんだよ。まあ、自称している人間が居るならまた別の話だけれどね」
「ところで、幽霊の話だが」
神原は御園から指摘されたので、咳払いを一つする。
「そうだった。そうだったね……。幽霊から声を掛けられる、ってのはなかなか珍しい話ではあるんだよ」
「そうなのか?」
「そうだよ。大抵はその幽霊に関係する人間じゃないと、見ることも話を聞くことも——つまり、認識することが出来ないんだ。当たり前と言えば当たり前であって、幽霊というのは、既にこの世から離れようとする存在であるのだから、関係性を持っている存在は細い細い紐のようなもので繋がっているのだと考えていけば良い。そして、その細い細い紐を手繰り寄せて、自らの存在を認識してもらおうとする——大抵の幽霊はそういう感じだ。しかし、違うのだろう?」
「そう。幽霊はね、見ず知らずの存在だった。当たり前だよね、あたしは殺人鬼だ。一応、プライドは持っている。殺した相手のことは、覚えているよ。金輪際、忘れることもないだろうがね……」
そう言って、御園は幽霊と出会った日のことを語り出すのだった——。
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